第7話:友達・Ⅳ
「ねぇ、その魔法のパワーを見込んで、一つ、お願いがあるんだけど・・・」
リズちゃんのアドバイスのおかげで、特性複合魔法を会得・・・した、って事でいいよね?
とにかく、会得したその日の午後、まったりとしたティータイムの途中で、
真剣な顔をしたリズちゃんに、そんなことを言われた。
お願いと言われても、内容次第、としか言えないので、とりあえず詳細を聞いてみる。
「な、何かな・・・?」
「ユイちゃんのそのパワーで倒してほしい敵が居るの」
「敵・・・?」
そう言われて、ハッとする。
そういえば、この村には魔女を退治するために来たんだっけ。
「うん。きっと、その魔力なら倒せると思うんだ」
「もしかして・・・その敵って・・・」
「魔「そう、バグ」
魔女・・・じゃ、無かったね。
村長さんから、魔女の存在は秘密にしておくようにって言ってたっけ・・・
「ば、バグか・・・」
どうもこの世界には、優先して人間を襲う黒いモンスターのようなものが居るらしく、それをバグと呼んでいた。
町や村の至る所にある青い石、通称退魔石には近寄ってこないけど、数に限りがありどこもかしこも、とはいかないようで村の外は危険と言われている。
リズちゃんの家から村に戻る途中にも、一回遭遇したことがあったね。リズちゃんが追い払ってくれたけど。
けど、私も何回か戦ったことはある。
真っ黒いもやに覆われた体と、そこから光る赤い目。どうみてもこの世の物とは思えない不気味さで、私はどうも苦手だ。
「最近この辺りに厄介なバグが住み着いちゃったらしくてね・・・」
「それって、前に私達を襲った奴とは別・・・?」
「うん。あんなのは雑魚だね」
「雑魚なんだ・・・」
「多分、ユイちゃんも普通に雷とかぶっぱなすだけで倒せると思うよ?」
明らかに狩り慣れている人の発言。
薬草の為に、森で生きるという事はこういう事なのだろうか・・・
「私が困ってるのは、もっと厄介なバグでね・・・」
ずずいとテーブルを乗り出してくるリズちゃんからは、とてもげんなりした感情が読み取れる。
「なんとそのバグ、"擬態"するんだよ」
「擬態・・・」
えーっと・・・生き物が、他の生き物とか、植物とかの真似をすることだよね?
虫とかがやってるやつ。
ああいう虫、苦手なんだよね・・・
「今までのバグって、真っ黒で、もやもやー、っていうのが通例でしょ?」
「うん・・・そう聞いてる」
「そう。それが常識だったんだけど、そいつ、色を変えられるっぽいんだよ・・・」
まるで怪談話でもするかのようなトーンで、リズちゃんは語り続けた。
「で、森の草木に紛れて獲物を待つっていう狩り方をしてるんだけど、倒そうにも、仕留めきれないとまた周囲に溶け込んでにげちゃうんだよ」
リズちゃんの真剣な目は私の目から離れようとしない。
「だから、ユイちゃんのその魔法パワーで、一撃で倒す作戦を立てたい!」
「な、なるほど・・・」
理には適ってるかもしれない。
戦いは苦手だけど、十分な準備時間を貰って一発叩き込む、狙撃みたいな戦いなら、私にもチャンスはあるかもしれない。
「既に被害も出てるみたいだし、早めに手は打っておきたいんだ。だから、お願い!」
両手を合わせ、真剣にお願いをしてくる。
そんな頼み方されたら・・・断れないよね・・・
「わかった。いいよ」
「本当!?」
「で、でも、倒せる保証はないし、その・・・多分追撃とかは無理だよ?」
一瞬で目を煌めかせて来るリズちゃんに、ある程度の保険はかけつつも、お願いを承諾した。
「本当にありがとう!!ってわけで早速・・・」
勢いよく椅子を鳴らしながら立ち上がったリズちゃんは、そのままゆっくりと腰を下ろした。
「ん?」
「流石に今からは時間が時間だし、明日にしようか・・・」
「そ、そうだね・・・」
また真っ暗になるまでここに居るわけにもいかないしね。
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そしてその日の夜。
いつもの宿屋に戻ると、難しい顔をした、完全仕事モードのマリナさん作業をしている。
「た、ただいま・・・」
「あっ、ユイちゃんおかえりなさい。無事だった??」
私が帰って来たのを確認すると仕事の顔から、保護者の顔に変わり、優しい声で心配してくる。
「う、うん。私は平気だけど・・・」
森の木々の方が心配になる位には、私は絶好調だ。
体質的には、寧ろ魔法はガンガン使っていった方が体調が良い。
リズちゃんとの交流で、精神的にも満たされているのかもしれない。
「そう。なら良かった。ただね、私の方が問題で、もう少し、ここに居る必要があるかもしれないわね・・・」
「そ、そうですか・・・」
マリナさんの魔女探しは難航しているようだ。
その分リズちゃんとも長く会えるな・・・なんて不謹慎な事も頭によぎる。
「なんとか我慢して頂戴ね。その分、後で何かしてあげるから」
「わ、私は大丈夫だから・・・」
「そう?それならいいけど」
そんな他愛も無い会話もほどほどに、マリナさんはまた、真剣なお仕事モードに入ってしまう。
沢山の資料を並べながら、ああでもない、こうでもないと唸っている。
そんなマリナさんの邪魔は出来ないと、私はベッドに座って夕飯を待っていた。
マリナさんが魔女狩りという一大任務を抱えているその裏で、
私もバグ退治という重要なミッションを抱えている。
でも、今のマリナさんはかなり忙しそうだし、下手な相談はしない方が良いかもしれない。
魔法の師としてはリズちゃんもいるしね。
今日の夕飯は、白米・・・のようなものと、川魚の塩焼きと村野菜の炒め物、味噌っぽい味のスープだった。
魚はちゃんと骨も取り除かれていて美味しく食べることが出来たけど、
魚って事は、この近辺に魚の住む水辺があるわけで・・・
私、湖思いっきり凍らせちゃったけど、大丈夫かな・・・?
確証の得られない、得も言われぬ不安要素は残ってしまったものの、その日もぐっすりと寝る事が出来た。
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翌日。
今日は朝霧で出ていなくて、早い段階から温かくなってきたため、早い時間にリズちゃんの家に行くことが出来た。
因みにマリナさんはもっと早い時間から活動をしていたようで、起きた頃にはもう居なかった。
マリナさん・・・寝てる?
そんな心配が残りつつも、リズちゃんの家のドアを叩く。
「おはよう!今日はちょっと早かったね」
「朝霧がなくて、寒くなかったからね」
「そんな恰好してるからじゃないの・・・?」
「こんな格好じゃないと魔力が貯まり過ぎて体の負担が大きいんだってさ・・・」
「へぇ・・・魔力の暴走は良い事ばっかじゃないんだ・・・そっか・・・」
なんか惜しそうな口ぶりのリズちゃん。
何する気だったんだろう・・・
「それはおいといて、早速作戦会議に入ろう!」
「え、あ、うん」
早々に招かれた私は、いつもの椅子に座る。
ほんの数日しか経ってないけれど、既に定位置になってる。
「とりあえず昨日考えた作戦なんだけど・・・」
リズちゃんは真剣な顔をしながら、やや低いトーンで話し出した。
「まずは私が識魔法でヤツを探す。そして、見つけたら気付かれない内にユイちゃんがあの指向性氷魔法で撃ち抜く!・・・って奴なんだけど、どうかな?」
「この上なくシンプルな作戦だね・・・」
「だって、作戦なんて立てたこと無いし・・・」
「それはまぁ・・・私もだけど」
見切り発車二人。
ともあれ、作戦的にはそれで良いと思う。
あんまり複雑な動きはできないし、敵を見たこと無い私は見つけられない。
・・・ん?
「識魔法で見つけられるんなら、取り逃しても追撃出来たんじゃない?」
「そうなんだけどさ、識魔法って消耗激しいから、何回も使ってるとジリ貧になるんだよね・・・」
「成る程ね」
じゃあ、マリナさん結構識魔法使ってたし、実は結構無理してるのかも・・・
「とりあえず、作戦はこれでいいね?」
「良いよ!」
「よし!じゃあ、景気付けにお菓子食べてから出発!!」
「出ぱ・・・お菓子?」
大事な作戦の直前だというのにこの呑気な感じ。
・・・美味しいから良いけどさ。
「でさ、そのバグは何処に居るの?」
「村の北の小道だね」
・・・北の道?
そこって確か、魔女の被害者が出たっていう・・・?
マリナさんからは、近寄るな、って言われてる・・・
「そ、そこって、危なくないの?」
「危ないかどうかっていうとまぁ・・・危ないよ?バグが居るし」
「だ、だったら・・・」
「その危険を倒すって作戦なんだってば」
「あ、そ、そうか・・・そうだよね・・・」
・・・
・・・いや、ちょっと待って?
だとしたら、魔女による被害だと思ってた犠牲者って、もしかして、この擬態するらしいバグのせいなんじゃ・・・
といってもこれは仮説でしかないし、当のマリナさんはここには居ない。
とりあえず、今夜相談してみるかな・・・
これからの事を考えつつ、お菓子を食べてこれからの作戦に備える事にした。
備えると言っても、何か必要な道具があるわけでもないし、ただ単純に、ゆっくり休んで心と体を落ち着かせるだけだ。
そしてとうとう、私とリズちゃんは北の森へと踏み入れる事になる。
「とりあえずここから私は識魔法を使いつつゆっくり進むから、後ろをついてきてね」
「・・・わかった」
草木をかき分けつつ慎重に辺りを見渡しながら進むリズちゃんの後ろを、
同じく慎重に進む私。
基本的に村を囲む森の東と北でしかないので、生えてる植物などはさほど変わりは無く、東の森と同じ光景が広がっている。
ただ、以前のように、既に小道が出来ているというわけではないので、足場の悪い所を進んでいかなくてはならない。
枝が服に引っかかるのも嫌だし、肌に直接当たるのも嫌だ。
けど、服は全体的にヒラヒラしてるし、肌の露出部位も多い。
・・・金属性の拒絶の力で勝手にかき分けてくれないかな・・・
なんて思ったりもしたけど、これからって時に無駄に魔力を使うわけにはいかない。
割と無尽蔵感のある魔力だけど、本当に無限な訳じゃないしね。
そうこうしながら森を歩いていると、リズちゃんが突然立ち止まった。
「・・・あそこ、見える?」
耳打ちするような小さな声で話しかけつつ、正面を指さしている。
「・・・あれが例のバグだよ」
「えっと・・・どれ?」
同じくらいの声量で聞き返す。
指を差す方向を見ても、そこには鬱蒼とした森が見えるだけだ。
「・・・あそこに赤い花があるでしょ?」
「うん」
「・・・あれ」
「えっ!?」
確かに視界の先には、ヒマワリとバラの中間のような形をした赤く大きな花が咲いている。
でもあれ、今までもたまに見たよ?
この森の中では、割とありふれた花だったと思う。
「あの花、結構見たでしょ?アレに化けてるんだよね」
「そうなんだ・・・完全にソックリじゃん・・・」
あれがバグだとは誰も思わないと思う。
植物にこそ見えど、バグ特有の黒い体やもや、赤く光る瞳などはどこにも見られない。
そこらに生えてる花と同じ見た目だし、あれは確かに油断してそばを通ってしまうかもしれない。
もしかしたら、魔女を追う過程で、マリナさんもここを通る可能性だってある。
新たな犠牲者を出さないためにも、私が頑張らないと・・・!
「多分、あいつの頭はあの花だと思う。チャンスは一回、よく狙ってね」
「・・・わかった」
息を潜め、バグの様子をうかがう。
こちらには気が付いていないのか、微動だにせずじっと一輪の花を演出している。
草木を音を立て無いよう慎重に体制を整え、右手をバグに向かって突き出した。
「・・・ふぅー・・・」
軽く息を吐きながら、右手に魔力を集中させる。
大丈夫。一度成功してる。
右手に青白いキラキラとした氷の魔力が集まり、うねりながら密度を増していく。
次に、雷の力を混ぜる。
氷を霧散させないよう気を付けながら、右手に雷の力も集めていく。
最初は静電気のような小さな音が鳴り始め、徐々に眩しい閃光が混ざり始める。
「これ・・・光と音でばれたりしない・・・?」
「・・・大丈夫みたい」
よかった。
結構バチバチピカピカしてるから、これでばれてしまっては本末転倒だ。
ばれてないなら、もっと慎重に準備が出来る。
次に、まっすぐ発射できるよう、雷の力を直線状に線を引くイメージ、だったね。
今回は明確なターゲットが居るからわかりやすい。
私の手のひらから、バグの頭・・・花の部分に向かって頭の中で線を引く。
そうすれば、手のひらの魔力は自然と形を変えて、その線に沿うような形になっていく。
ここまで行けばもう大丈夫。
あとは・・・
「あいつはまだ気が付いてない!行ける!」
「わかった・・・!」
ふぅ、と一呼吸おいて、
「発射っ!!」
まぁまぁの声量で叫びながら右手に力を込める。
ズバッァ!!
と空を切る音共に光が弾け、氷のレーザー真っすぐにバグへと向かい、その花を木っ端微塵に・・・
「嘘っ!?あいつ、耐えてる??」
出来てない!?
魔法は確かにバグへと命中した。というより、今も射出し続けている氷のレーザーが、まさに花に直撃している。
けれど、そのレーザーは花弁のような部分に当たったまま、撃ち抜くことが出来ず拮抗している。
私の魔力は常人の600倍とか言われてるんだよ!?
それを正面から耐えるなんて・・・
「でも、あっちも逃げるほどの余裕は無いみたいだね」
バグは、私の攻撃を正面から受け止めるので精いっぱいなのか、リズちゃんの言っていたような、
撃ち漏らしたら逃げてしまう、といった行動はとってはいなかった。
・・・だったら、
まだ私は全力じゃない。
特性複合魔法なんてやや複雑なものを扱うために、確かに出力は絞ってた。
それなら、もっと強力な一撃を、叩き込んであげようじゃないか!!
「私の魔力は・・・」
私の感情に呼応するように、
ブワッと、私の全身から大量の魔力があふれ出て来るのを感じる。
これを右手に集めて、
「こんなもんじゃない!!」
全力でぶっぱなす!!
ドォン!!
と地鳴りのような音と共に、氷のレーザーが、一回りも、二回りも太くなる。
一点に集中させ、周囲の被害を抑えた攻撃の筈なのに、周囲の木々に霜が付き、強烈な風圧が霜を葉っぱごと吹き飛ばす。
当然私やリズちゃんもそのあおりを受けて、髪や衣服がバタバタとはためき、
「すご・・・」
私の一撃が収まった頃には、辺り一面滅茶苦茶になっていた。
レーザーの周りだけ、吹雪と嵐が同時にやって来たみたいになってしまった。
実際、吹雪と嵐を同時に起こしたみたいなものだけども。
「ふぅ・・・やったかな・・・?」
軽く汗をぬぐうような動作をしながら、バグが居た方を見てみる。
実際は汗なんかかいてないし、寧ろ氷の力で気温が下がって寒いくらいだけど。
視界の先には、さっきまでのバグの花なく、
根元から吹き飛ばされた茎のようなものから、黒い靄を立ち上らせつつ消滅していく何かがあった。
倒した・・・のかな?
「やった!やったよ!!」
「うわっ!」
突然横から衝撃を受けて体勢を崩しかける。
正体は勿論リズちゃんで、喜びの勢いのままに抱き着いてくる。
「倒した!やっぱりすごいね!!」
「そ、そうかな・・・」
なんとなく、妹を思い出すその勢いに若干気おされながらも、ちゃんと奴を倒せたのだという安堵感からか、
猛烈にすり付いてくるリズちゃんの猛攻を受け入れてしまっている私が居る。
「そうだ、あれやろう!ピースサイン!」
「えっ、あ、うん。いいよ?」
リズちゃんがそういうので、お互いにちょっと距離を取って向きあう。
そしてお互い両手を出し合って、
「「せーのっ」」
「「ピース!!」」
ピースサインを向け合った。
なんとなく使い方が違うような気もするけど、まぁ、いいか。
「さ、バグも倒せたし、帰ってパーティしよ、パーティ!」
「行く前もお菓子食べたのに?」
「なんと、今度はケーキだ!!」
「えっ!ケーキあるの?」
「もちろん!昨日材料買ってきたからね!」
「・・・もしかして・・・これから作るの?」
「・・・い、一緒に作れば美味しくなるかなーって・・・」
「そうかもだけど、それ、今考えたよね?」
「・・・うん」
「まぁ、いいや、一緒に作ろう?」
そんなことを話しながら、私達二人はリズちゃんの家への帰路についたのだった。
また、草木をかき分けながらね!