第1話:二つの世界とわたしのはなし・Ⅰ
・・・夢を、見ていた。
一面の草原。
青空には鳥が飛び、
草原には草食動物のような生き物が群れをなしている。
遠くには雪を被った山が連なり、ザ、大自然と言った様相。
知っている場所では無いけど、心地よい場所だった。
その中に私は立っている。
柔らかな風が、制服のスカートや、少し毛先にクセのあるロングヘアを揺らす。
捲り上がるほど強い風ではないので、私は気にせず空の青と、大地の緑、そして山々の白をぼんやりと眺めていた。
ふと下を見下ろすと、一輪の花が私に話しかけてきた。
「ねえ、アンタ、何か水、持ってない?最近晴れ続きで根が乾いてるのよ」
見れば、その花は少し萎れているようにも見える。
「水・・・?」
私は鞄の中から、スポーツドリンクを取り出した。
これ・・・大丈夫かな・・・?
液体ではあるけど、なんかいろいろ入ってるし・・・
私は今までスポーツドリンクの植物にあげたことは無かった。
「これでよければ・・・」
「何?それは、水なの?」
「スポーツドリンクって言って、運動した後とかに飲むといい飲み物・・・かな」
「私運動とかしないけど、平気?」
「別に運動しないと飲んじゃいけないって訳じゃないから、平気だと思う」
「そう、じゃあお願いするわ」
「わかった」
私はペットボトルの蓋を開け、花の根元にちょろちょろと垂らしてあげた。
しかし、花は花弁を少し歪ませて、
「うーん・・・なんかヘンな味。本当に大丈夫?これ」
と、苦言を漏らす。砂糖とか、植物にはやっぱりまずかったかな・・・
「私たちにとっては、美味しいんだよ、それ」
「へー、やっぱり種族が違うと感覚が全然違うわね。ま、とにかく、ありがとうね。生き返ったわ」
「どういたしまして」
そういいながら、私はその花と別れどこへ行くともなく適当に歩き出す。
・・・・・・
「もしかして・・・本当に腐ってたりしてないよね・・・?」
歩きながら、一応、スポーツドリンクを一口飲んでみる。
・・・うん。おいしい。
これ自体が変になってるわけじゃなくて良かった。
・・・・・・ん?
・・・・・・・・・・美味しい?
夢で・・・・・・・・・美味しい?
夢に、感覚なんてあったっけ?
風を感じる。
太陽の暖かさを感じる。
踏みしめている地面の感覚を感じる。
・・・おかしいな?
これは・・・本当に夢?
増大する疑問が不安に変わる。
・・・あ、でもさっき花と喋ってたよね。
やっぱり夢?
妙に混乱してきた私は、さっきの喋る花の元に戻る。
「ねえ」
「ん?何よって、またアンタじゃないの」
「うわっ!喋った!」
本当に喋ってたんだ!この花!
「はぁ?いきなり何よ、さっきまで普通に喋ってたクセに!やっぱりアレ、変なの入ってたんじゃないでしょうね!?」
「ちょ、ちょっと待って!聞きたいことがあるだけだから!」
「そう?いきなり錯乱して、思いっきり怪しいわよ」
「うっ・・・い、いや。その、あの時私これが夢の中だと思ってて・・・」
「・・・寝ぼけてたって事?」
「そんな感じ・・・」
ホントはちょっと違うけど、そういう事にしておかないと、話が進まなそうだ。
「はぁ・・・まぁ、そういうことにしておくわ。で、聞きたい事って、何?」
「ここって、夢?現実?」
後で思えば、喋る花にこれを聞くって、相当どうかしてたと思うけど、今の私にそんな判断能力は無かった。
「やっぱりおかしくなってるじゃないの・・・」
「だから・・・そうじゃなくて・・・」
「まぁめんどくさいから答えてあげるけど、質問の答え。夢じゃないわ。現実よ」
「現実・・・?」
私は、高校生として暮らしていたはず・・・制服だって今着ているし、
鞄の中には、ペンケースやノートだって入っている。
友達と階段を上ってて、それでバランスを崩して、転びかけたところまでは覚えてる。
でも、こんなところ知らない。一面の平原なんて。テレビでしか見たこと無い。
これが、現実・・・?
・・・あり得ない。
私の学校の近くにこんな場所は無い。
「でも私こんなところ・・・」
「って言われてもね・・・あ、そうだ、あっちの町に行けば何かわかるんじゃない?」
花の指さす?先を見ると、そこには、遠くに町のようなものが見える。
いくつか煙も上がってる。
でもそれは、私がよく知る町ではなく、なんていうか、世界史で見たような、昔のヨーロッパのような・・・とにかく、行ったことは無い街並みのようだった。
見れば見るほど知らない風景。
右を見ても、左を見ても、上も、下も帰り道は見つからない。
スマホの電源を入れてみたが、圏外表示だ。
とにかく、今欲しいのは何よりも情報。
町があるということは、そこには人がいるかもしれない。
「私以外にも、人はいるの?」
「居るわよそりゃあ、たまに通りかかるわね」
「わかった、ありがとう・・・」
「いい結果になるといいわね」
私はそう言って、町の方へと足を進ませた。
私に何が起きてるのか、
私は何処にいるのか、
私は何をすればいいのか。
何もわからない所からのスタート。
私は一度、記憶喪失になったことがある。まだその記憶は戻ってはいない。
だから、いきなり初めての場所に放り出されるという現象で、まず一番に思うのは、それだ。
私は、また記憶喪失になってしまったのではないかと。
そんな不安に駆られた私は、自分が誰なのか、自分の身の回りの環境はどうだったのか、
一つ一つ思い返しながら、再確認していく。
私の名前は、六依 由依。
・・・うん。名前は憶えてる。
妹の名前は・・・六依鈴
お母さんの名前・・・六依千尋・・・
お父さんの名前・・・六依勇・・・
大丈夫、人の名前はちゃんと覚えてるみたい。
次は、私自身の過去・・・
記憶の引き出しを開けて、私が事故から目覚めてからの二年間の記憶を漁る。
事故の事、家族の事、妹の事、友達の事・・・
・・・うん。覚えてる。平気。
・・・自分の名前もわからない。会いに来た親の顔も初めて見る。友達の存在すら覚えていない。
そんな事を経験すると、ちょっとやそっとの事態じゃあまり動じなくなる。
・・・・・・なんてことはなかったけど、
諦めが悪くなったのは確かだと思う。
だから、今だっていきなりよくわからない所に一人で放り出されるなんて絶望を味わっているけど、
諦めるわけにはいかない。
けど、
諦めが悪くなったからといって、パッと何かがひらめくわけではない。
どうやって帰ろうかな・・・
サバイバルとかに慣れてる人だと、周りの山並みとか、生えてる草とか、星の位置とかで、自分の位置とかを知ったりできるんだろうけど、
そんな心得の無い私には、サッパリ皆目見当もつかなかった。
私がもといた場所は、小高い丘にあったのか、町に近づいてくると私の視点は、どんどんと下がってゆく。
それに伴って、大きく目立ってくるのは、町を囲う高い壁。
家一軒軽く覆えるほどの高さだ。
間違いなく、平成の世で当たり前に存在している街並みではない。
世界遺産とかで見るようなやつだ。
私の貧弱な足腰が悲鳴を上げ始める頃、私はようやく町の入口へと到達した。
入口は、テーマパークの入口のように、大きなゲート状になっていて、
鎧や槍を持った人が左右に立っている。
ゲートには、日本語で「アウフタクト」と書かれていた。
ここは日本?外国?それとも、日本っぽい外国?
もしかして壮大なドッキリ!?
どう見ても平成の日本ではないビジュアルに、大きく書かれた日本語。
そのあまりにも大きい違和感によって、私は半ば混乱状態にあった。
鈴が居れば何か分かるだろうか、それとも、なんか○○ってゲームの町に似てるね。とか、そんな感じだろうか。
少なくとも、私一人では、結論は出なかった。
ともかく、話を聞かねば始まらない。
とりあえずゲートの前で立っている人に話しかけてみた。
「あのー・・・すいません」
「見ない格好の娘だな・・・導院生か?たった一人でこんなところで何をしてるんだ?もしかして行商とはぐれでもしたか?」
言ってる事は日本語だったけど、何言ってるのかよくわからなかったので、とりあえず自分の状況を説明する。
「えっと、あの・・・私、気がついたらそこの平原にいて、それで、ここが何処なのかわからなくて・・・」
言いたいことも、聞きたいことも、いっぱいありすぎてまとまらない。
「うーん話が見えないな・・・」
門番のような人は、首をかしげて黙り込んでしまう。
・・・そりゃそうだよね。
気が付いたらそこで立ってたなんて言っても、信じてくれる人の方が少ないだろう。
・・・でも、それが真実だから、そういうしかない。
だから私は、逆にここがどこなのか聞くことにした。
「あの・・・ここは何処なんですか・・・?」
「ここか?ここはアウフタクトだよ。オルケス王国の西の方の港湾都市だな」
「アウフタクト・・・オルケス・・・王国・・・?」
聞いたこと無い町の名前に、聞いたこと無い国の名前を聞かされる。
そんな地名は知らない。
・・・私の住んでる場所を言ってみようかな・・・
「えっと、その・・・私、神奈川県に住んでたんですけど・・・」
「カナガワケン?いや、知らないな」
「え?じゃ、じゃあ日本って国は・・・」
「知らん」
「で、でも今しゃべってるのは日本語じゃないですか」
「ニホンゴ?なんだそれは、共通言語はジャパニズじゃないか」
「ジャパニーズ?やっぱりそれ日本語・・・」
「ニホンゴなんて言語は知らん。あるのはジャパニズだけだ」
ここはなんなの!?全然わかんない!日本語とジャパニーズは別物なの!?
日本を知らないのに日本語は話すの!?
どういうことなの!?
「うーん・・・一度教会に連れていくか・・・おい、ちょっと来い。合わせたい人がいる」
「え?あっ・・・はい。わかりました」
最早私の理解の範疇を大きく飛びぬけてしまって、この人とはまともなコミュニケーションが取れそうもないので、
言われるがままその人に付いて町の中に入る。
街並みは、やはり私の知る町とは遠くかけ離れていた。
道路もアスファルトじゃなくて、石畳のようだし、
家もレンガような、石壁のような、そんな壁で作られているし、
どの家にも、絵本で見たような、金属パイプじゃない、レンガ作りの煙突がある。
私がよく見慣れた、木造なんだけど、どこに木が使われてるのか分からないような一般家屋はどこにも無かった。
平成とは思えない町並みに、
どう聞いても日本語なのにそうではないと言い張る謎の言語ジャパニズ。
時折すれ違う人も皆、世界史の教科書に出てきたような、現実では見たことのない衣服を着ていて、
なのに
「珍しい格好の女の子だな」「あれじゃない?ほら、導院生の制服ってあんな感じじゃなかった?」
「へー、」
ばりばりの日本語で喋ってるし、
髪の毛の色も、金、赤、黒、・・・青?
様々だ。
ここは、いったい、何処!?
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私が連れてこられたのは、大きな教会だった。
大きな十字架と、"聖堂教会アウフタクト支部"という看板が目立つ。
「さ、付いたぞ。あとは中のマリナさんに話を聞いてもらえ」
「マリナさん?」
「ここを管理してるシスターだよ。迷い子とかの保護も行ってるから、きっと話を聞いてくれるはずだ」
「は、はい。わかり・・・ました。・・・ありがとうございます」
「自分の素性が分かるといいな」
「いや、だからあの・・・」
自分が誰なのかとかはわかってるんです。
ここがどこなのか知りたいだけなんです。
反論する暇もなく、門番・・・?さんはさっさとゲートの方へ戻っていってしまった。
なので私も、門番さんの言われるがままに教会のドアを開けた。
「・・・・・・あのー・・・」
恐る恐るドアを開けた先は、今までとは違う空気を感じた。
ステンドグラスに彩られた窓から、優しい陽光が差し込み、
暗い色の木材で作られた長椅子が規則正しく並んでいる。
そして、その最奥。
太陽の光がひと際強く入り込むそこは、
大きな十字架と机、
近寄りがたい神聖な雰囲気を醸し出している。
奥には、シスターのような人が後ろを向き、十字架の方を向いて何かをしていた。
意を決して、一歩前へ足を踏み出だすと、
奥のシスターが振りむき、私に話しかけてきた。
「あら、どちら様?」