第5話:新たな旅立ち・Ⅲ
・・・
馬車が揺れる。
全身が跳ねるような衝撃がお尻に伝わる度に、元の世界で乗っていた自動車が、いかに振動抑制に優れていたかを思い知らされる。
サスペンション・・・?だっけ?
って、大切だったんだなぁ・・・
っていうか、この世界にゴムってないの?
車輪にゴム被せるだけで大分違うと思うんだけど・・・
私は今、港湾交易都市アウフタクトを発ち、マリナさんの仕事現場になるらしいローチェ村へと向かう馬車に乗っている。
・・・正確には、更にその先へ向かう馬車に途中下車させて貰うために乗せてもらっている感じらしいけど。
魔女狩り。
いったいどんなことが行われるのかとても不安だけど、私に万一の事があった際のケアはマリナさんにしか出来ないらしく、怖いけど同行している。
だから、どうせならと少し前向きな考え方をしてみよう。
そう思って、今も私の隣で座っているマリナさんに話しかけた。
「あの、マリナさん」
「何かしら?」
「ローチェ村って薬草が名産品なんでしたよね?」
「ええ、そうよ」
「って事はやっぱり植物由来の化粧水とかありますかね?」
考えることは美容の事。
スキンケア用品がこの世界は乏しいのだ。
「・・・家にあるあれじゃ嫌なの?」
「いや・・・だってあれ・・・」
あるにはある。
けど・・・
「アウフスライムは保湿能力バッチリじゃない!」
スライムの体液は勘弁して欲しい。
実際、保湿液として考えるならば効果は高い。6月なのに乾燥気味なここの気候でも、お肌の水分は保たれている。
だけど、動物由来すら飛び越えたゲテモノには抵抗がある。
無味無臭、無色透明な保湿液ではあるけれど、スライムの体液だという先入観と、多少手を振った程度じゃ剥がれない程のねばつきを持つそれを顔に塗りたくるのは勇気がいるよ?
だから、薬草から作られる植物性の化粧水とか無いかなぁ・・・
と、そんな希望を抱きながら馬車に揺られる。
馬車はガタガタとかなり揺れるので、暇潰しに困る。
こんな状態で持ってきた本でも読もうものなら、すぐさま車酔いしてしまうだろう。
外の景色も、山、森、平原!といった代わり映えのない景色がずっと続く。つまらない。
こんな時は、雑談するに限る。
馬車の騒音に負けないように、そこそこ声を張りながらマリナさんに話しかけた。
「そういえば、少し気になった事があったんですけど・・・」
「何かしら?」
「一昨日魔道具を作って貰うときに、うっかり普通の魔道具を触っちゃったんですけど・・・」
「え!?大丈夫だったの!?」
凄い勢いで心配してくる。
マリナさんは私が魔道具に触れると異常稼働して暴発してしまう事を知ってるから当然か。
「あ、はい。大丈夫です。で、ですね・・・それで触れちゃった魔道具から、炎の魔法が出たんです」
火の玉を飛ばす武器と、キャンプファイヤーが出てしまったけど、おそらくライターだと思われるもの。
その二つ。
「・・・でも、私、炎属性は持ってないですよね?何で使えたんでしょうか・・・?」
そう。私の属性は、雷・金・水・氷・光、の五つ。そこに炎は無い。
マリナさんの魔法教室の話から考えると、私は炎関連の魔法は使えないハズなのに。
「・・・魔道具はね、本人の属性は関係無いのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。すこし、魔道具の構造について話しましょうか」
揺れる車内、ゴトゴトと車輪が石畳を転がる音に負けないよう、お互い声を大きくしながら、魔法教室の出張版を開始する。
何かを書けるスペースも道具も無いし、振動で字が読める状態でもないので、完全に口頭での教室になる。
「・・・まず、魔道具は二つのパーツから成り立っているの。稼働部と、変換部の二つね」
マリナさんは、持って来ていた銀色の金属の筒。
確か懐中電灯と同じ機能を持つものだった筈。
それをカチャカチャとひねり、分解していく。
「ほら、この筒の中には、二つのパーツがあるでしょう?」
二つに分解した筒の中からは、きらきらと光る宝石が埋め込まれた何かと、無機質な石のようなものが埋め込まれた何かの二つが出てきた。
マリナさんはそのうちの宝石が付いた方を見せてくる。
「これが可動部よ。これは、光属性が含まれた魔力を流す事で光を発するのよ」
そうは言っているけど、マリナさんは光属性は持ってないので、それはうんともすんとも言わない。
私は持っているので、触る訳にはいかない。
「そして、これが変換部」
もう一つの石の方を見せてくる。
「これは、流された魔力を光属性に変換する道具よ。これがあるから、どんな人でも光属性の魔道具を利用できるの」
「へー、便利ですね」
・・・あれ?って言うことは・・・?
「って事はその変換部だけ使えば誰でも全部の属性の魔法が使えるんじゃ無いですか?」
私も炎属性の魔法が使えるなら、セルフでお湯が作れるので、一人でお風呂に入れるんだけど・・・
しかし、そんな希望は一瞬で打ち砕かれた。
「それは無理ね。一度変換部を通した魔力はもうその人の持つエーテルじゃなくなるから、その人の詠唱には応じてくれなくなるわ。簡単に言えば、魔道具専用の魔力に変わっちゃうわけね」
「そうですか・・・残念・・・」
やはり私は一人でお風呂には入れないようだ。
悲しい。
その後、昼食のサンドイッチを車内で食べ、相変わらずガタガタと揺られていると、不意に馬車が止まった。
そして、馬車の前の方から声が聞こえる。
「御二方、着きましたよ?」
馬車の操縦をしていた人の声だ。
「あ、ありがとうございますー。さ、ユイちゃん。降りるわよ」
マリナさんに手を引かれて馬車を降りる。
そこは、平原と森の境目のような場所だ。もう辺りを見渡してもアウフタクトの石壁は何処にも見当たらない。
石で作られた街道が、二手に分かれている。
そのまま平原を通る道と、森の中に入っていく道だ。
「ここを森に入って真っ直ぐ行けばローチェ村さ」
馬車の人は森を指しながら言う。
まだ村に着いたわけじゃないのか・・・
最初に途中下車目的で馬車に相乗りさせてもらうという説明は受けたけど、あわよくば・・・なんて事も思ってたが、そんな事は無いようだ。
「わざわざ乗せていただいてありがとうございます」
マリナさんは、運賃を馬車の人に渡すと、そのまま馬車は平原を通るルートへと馬車を走らせて行った。
「さ、ここからは徒歩よ。ちょっと大変だけど頑張ってね」
「は、はい・・・」
体力に自信の無い私は、露骨にテンションを落としながら答えた。
舗装の荒いデコボコとした道は、平坦でも中々体力を使う。
アスファルトに慣れ親しんだ現代っ子の私には荷が重い道程だ。
そして、さらに追い打ちをかけるように、とある感情が私を襲う。
「あの、マリナさん・・・ここら辺に、トイレって、あります・・・?」
昼食の水分補給、揺れる馬車、お腹全開のファッション。
様々な要因によって、ちょっとそういう状態になってきている。
「うーん・・・ここらには無いわね。村まで我慢できる?」
「あとどのくらいですか?」
「ユイちゃんの体力を考慮しながらなら・・・日が落ちる頃には着くんじゃないかしら?」
日が落ちる?
咄嗟に空を見上げるが、太陽はさんさんと天上高くに鎮座している。
日暮れまではあと五時間くらいはあるだろう・・・
「その・・・我慢できない時とか、いつもどうしてるんですか・・・?」
私が住んでいた町では、大抵探せばコンビニがあるので、トイレに困る事はそうそうない。
けど、町と町の間に、こんなに距離があるこの世界、そういつも上手くはいかないだろう。
「私?まぁ・・・その辺の草木の影とかで処理するしかないわね」
「本当にそれしかないんですか・・・?」
「殆どの人はそうだと思うわ?一部ではトイレを召喚する魔法とかあるらしいけど、私は知らないし・・・」
「えー・・・」
文化の違いというか、文明の違いというか・・・
郷に入れば郷に従えなんて言葉があるが、流石に・・・
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諸々は全部省くけど、やる事は全部やった。
この際恥は捨てた。
村まで我慢できる自信無かったし・・・マリナさんの前でうっかりやらかしてしまうくらいなら、安全な時にやってしまった方がいいし・・・
あれこれと自身の行いを正当化していく。
そうでないと、この先やって行けそうになかった。
こうやって人間は強くなっていくんだ。
・・・うん・・・
あと、スリットの多いロングスカートの纏めにくさを実感した。
そして、この選択肢が結果的に正しかったことが、即座に証明された。
「その・・・お待たせしました・・・」
速攻新たな黒歴史を作り上げた私はあまりの羞恥心に、掠れるような声しか出ない。
「そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫よ。遠出するときは皆こんなだから」
そんな事言われてもですね・・・
ともかく、スッキリはしたのでローチェ村へと向かおうとしたその時、ガサガサと木陰の方から音がする。
さっきまで私が居たところとは別の所だ。
「え、何?」
何かの気配に身構える。
マリナさんも、懐から銀色のナイフを取り出して音のした方向へ向けている。
「早速かしら・・・?」
「な、何がですか・・・?」
「バグよ」
っ!
えーと・・・何なのかは忘れたけど、とにかく私達人間の敵。
出会うのは2回目だ。
私は腰のポケットから護身用の銃型魔道具を取り出して、構えた。
銃なんて使ったこと無いけど、水鉄砲はあるから大丈夫!
根拠のない自信で銃口を木陰に向けたその時、
ガササッ!
っとそこが大きく盛り上がり、大型犬よりも更に一回り大きい真っ黒な獣のようなものが飛び出してきた。
黒い靄の様なものを纏い、目は赤く光っている。
「出たわね・・・!」
マリナさんはそう言うなり、ナイフから緑色のヒモみたいな何かを飛ばし始めた。
それが何なのかはよくわからないけど、それがあの獣に当たる度にザクザクと音を立てて黒い靄を切り裂いていくので、何かしらの攻撃なんだと思う。
私も応戦するために、今にもマリナさんに飛びかかろうとしている獣に向かって、銃の引き金を引く。
パスパスっ!
と気の抜けた音と共に、氷の固まりが飛び、その獣の横っ腹にドスドスと重い音を鳴らす。
『グルル・・・』
獣が私に振り向いてきた。
注意が私に移ったようだ。
「えっ、うそ!」
そんな事は予想外だった。
慌てて銃を何発も撃つが、手が震えて当たらない。
運良く前足とかに当たった数発も、あまり効いていないようだ。
しかも、それが逆に逆鱗に触れてしまったらしく、
その獣は凄まじい叫び声を上げながら飛びかかってくる。
咄嗟に後ろへ下がろうとするが、不安定な足元をとられ、尻餅をついてしまった。
「あっ・・・」
終わった。
そう思った。
そう思っている間にも、急速に真っ暗な獣の牙が迫る。
「聖なる光よ!剣となれ!」
マリナさんの声が聞こえる。
・・・
あれ。
死んでない?
我にかえると、目の前の獣は、大きく口を開いたまま固まっている。
もう少し視野を広げると、その獣は、何本もの光の剣に貫かれ、地面に縫い止められていた。
これは・・・マリナさんの十字架の剣・・・?
まだ状況が見えてこないでいると、
「ユイちゃん!頭を狙って!」
とマリナさんの叫び声が聞こえる。
ハッとして手元に落としてしまった銃を拾い上げて、獣の頭狙って、引き金を引いた。
バスンッ!
という音と共に発射された氷は、獣の頭部にめり込み弾けた。
そして、獣は電源を失ったようにぐったりと動かなくなった。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ」
荒い息をしながら立ち上がる。
こんな危険な思いをするなんて・・・
さっき用を足してなければ失禁していたかもしれない。
よかった。出しておいて。
「大丈夫!ユイちゃん!」
マリナさんが大きな十字架を担いで走ってくる。
「良かった、間に合ったようね・・・」
「はい。なんとか・・・助けてくれてありがとうございます」
「ここで傷つけたらあなたの両親に申し訳ないもの・・・それにしても、こんな大きなバグ、この辺には居なかった筈なのに・・・」
マリナさんが不穏な事を言い出す。
それって、マリナさんが思ってた以上にここら辺が危険な場所になってたって事?
「・・・村までは気をつけて行きましょう」
「・・・はい」
私も、護身用の銃をずっと手に持っておく事にした。
・・・が、その後は何にも教われることはなく、マリナさんの予想通り、太陽が沈みかける頃、
「さぁ、着いたわ。ここがローチェ村よ」
森の中を通っていた道が、突如視界が開け、簡素な柵や、畑の用なものが見えてきた。
遠くには、木造の民家の様なものも見える。
「ここですか・・・」
そこは、家の間隔も広く、まるでログハウスのあるキャンプ場のような所だった。