第5話:新たな旅立ち・Ⅰ
第二章のあらすじ・・・
見知らぬ世界に迷いこみ、知らない文化を次々と突きつけられながらもなんとか初仕事を終えたユイ。
そんな彼女居候している教会に、一通の手紙が届く。
それは近くの村で起きた異変の解決依頼だった。
そこに出向くことになったユイとマリナのもとに待ち受ける様々な人々や出来事、そして村の異変の真相とは・・・?
アウフタクトの朝。
私、マリナ・レイフィールの一日は祈りを捧げるところから始まる。
「ああ、我らが聖堂教会の信奉します聖母クァイラ様よ・・・今日という一日の平穏と幸福を・・・」
宗教に身を置く者として、崇拝する神様への礼節は欠かせない。
ケリー君とアンナちゃんにもやらせてはいるけれど、ユイちゃんはどうしようかしら。
あの子、宗教という存在そのものにあまり馴染みが無いようだし・・・
ま、追々考えていけばいいわね。
とりあえず、あの子たちの朝食を作りましょうか。
今日の朝食は麦パンとサラダと目玉焼き、あとベーコンも付けようかしら。
そんな事を考えながら、貯蔵庫から必要な食材を取り出して、キッチンに並べたその時、
ドカーンッ!
と、何かが破壊されるような轟音が鳴り響き、教会の家屋が揺れる。
「えっ?な、何!?」
何が起きたのかはわからないけれど、何かが起きたことは分かる。
と、なればやることは1つ。
今この教会で面倒を見ている子供たちの安否を確かめる事。
それは祈りを中断してキッチンに飛び込んできたカレンも同じみたい。
「マリナさん!・・・は、大丈夫か・・・」
「あなたも大丈夫みたいね。って事は・・・」
二人で軽くアイコンタクトを交わし急いで2階へ登る階段へと足を急がせる。
2階にはケリー君、アンナちゃん、ユイちゃんの部屋がある。
そこで何かあったのかもしれない。
カレンがケリーとアンナの部屋へと向かったので、私はユイちゃんの部屋へと駆け出す。
「ユイちゃん!大丈夫!?」
年頃の女の子の部屋をノックも無しに開けるのは少し失礼な事だけど、そんなことは言っていられない緊急事態。
私は扉を撥ね飛ばしかねない勢いでドアを開けた。
「あっ・・・」
ドアを開け放った先に待ち受けていた光景は、見慣れた教会の一室ではなかった。
まるで嵐でも起きたかのように破片が散らばっている室内。
部屋の真ん中で寝巻きのたま呆然と立ち尽くすユイちゃん。
そして、壁があったはずの所から一望できる早朝の街並み。
ユイちゃんの部屋にはとても大きな穴が穿たれていた。
その大きさ、およそ2メルトほど。
「ま、マリナさん・・・」
私が部屋に入ってきたことに気がついたユイちゃんが、とても申し訳なさそうな顔をしながら振り向いてきた。
「な、何があったの!?怪我とかはしてない!?」
誰がどう見ても普通ではない事態。
事件か、事故か。
とにもかくにもユイちゃんに何があったか聞かないと。
「えっと・・・マリナさん!ごめんなさい!」
「ゆ、ユイちゃん・・・?」
いきなり謝ってくるユイちゃん。
本当に何があったの?
「あ、あの・・・朝起きて外の景色をみてたら、鼻がムズムズして、それでクシャミしたらこうなっちゃって・・・」
「クシャミ?」
「はい・・・」
とても落ち込んだ雰囲気のユイちゃん。
普通のクシャミでこんなになるはずは無いから、恐らくは魔法の暴走ね・・・
良く見ると、周囲に散らばっている破片のうちいくつかはキラキラと朝日を受けて輝いている。
最初ガラス片かと思っていたけれど、触れてみるとそれは冷たくて、氷だと分かった。
確かユイちゃんの属性には氷属性もあったはずよね・・・
って事はこれはユイちゃんの魔法の暴発で作られたもの?
壁に開いた大穴から下を見下ろしてみると、大量の木片に紛れて、氷の塊がいくつか見える。
それは魔法としての効力を失って、細かい粒子となって風に吹き散らされてゆく。
「あの・・・私、どうしたらいいですか・・・?」
そんな考察を巡らせていたら、ユイちゃんが私の肩を摘まみながら今にも泣きそうな声で聞いてくる。
「そうね・・・とりあえずこの壁は大工さんに修理してもらうとして、今は着替えて朝食を食べましょうか。具体的な対策はそのあと考えましょう?」
「・・・はい・・・」
「じゃあ私は朝食を作ってくるから、ユイちゃんは気持ちが落ち着いたら降りてきてね」
そう言って私はユイちゃんの部屋を後にした。
さて、そうは言ったものの、どう対策したらいいものか。
クシャミなんて生理現象だし、我慢してね。なんて言えない。
あれこれととりとめのない案を出しつつキッチンへと向かう最中、玄関の前を通った時、ふとポストに手紙が入っているのを見つけた。
なにかしら・・・朝には無かったわよね・・・
朝食を作らなきゃいけないとは思いつつ、私はそれを手に取った。
-----------------------------
「はぁあああ・・・」
最悪っ!本当に最悪!
やっちゃった。ついに実害が出てしまった。
今まではびしょ濡れになったり、強盗を弾き飛ばしたり、鳥を丸コゲににしたり、それくらいだったけど、
今回は完全に器物破損。
ベッドの横に目を向けると、そこにはアウフタクトの街並みの屋根が広がっている。
教会の木製の壁を容赦なく破壊してしまった。
そんな大穴から下を見ると、粉々に砕いた壁だったものが庭に散らばっている。
マリナさんは、大工さんに頼んで直してもらうって言ってたけど、もし普通の家に居候だったら、全額弁償、場合によっては即追い出されても仕方のない失態だ。
・・・とりあえず、着替えて下に降りてもう一回謝ろう・・・
「おはようございます・・・」
朝からあんなことがあったのでは、テンションは上げられない。
リビングに入るときも、極力音を立てないよう、そそくさと入る。
リビングには、私以外の全員が既に揃っていた。
「あ、ユイちゃん。おはよう。大丈夫だった?また暴発とかしてない?」
「はい。大丈夫です・・・教会の壁、壊しちゃってすいませんでした・・・あのっ、修理費は弁償しますから・・・」
私の必死の謝罪に、マリナさんは朝食の配膳を中断して、ゆっくりと近づいてきたかと思うと、私の肩に優しく触れた。
「大丈夫。私はあなたの味方だから、追い出したりはしないわよ。まぁ、ちょっとくらいはお仕事頑張って貰うけどね?」
「は、はい。わかりました・・・」
お仕事を増やす位は当然の償いだ。
明日とかまたギルドにお仕事を探しに出かけてみようかな・・・
「じゃあこの話は一旦おしまい。今は朝ごはんを食べましょうか」
「ごちそうさまでした!」
ケリー君とアンナちゃんの元気のいい声が響き渡る。
この子たちも、きっと私のクシャミによって引き起こされた爆音で起こしてしまったのだと思うと、申し訳なく思う。
子供たちは食器をキッチンへと戻してゆくと、各々の部屋へ、学校へ行く準備をしに階段を駆け上ってゆく。
その姿が見えなくなると、マリナさんが私とカレンさんの方へと向き直り、私達にしか聞こえないような小さな声量で話し始めた。
「・・・あの子たちが学校へ出かけたら、少し話があるから、朝食が終わったら少しここで待っててちょうだい?」
「・・・?ああ、いいけど」
「はい。わかりました」
何だろう。
やっぱり私の魔力暴走の件だろうか・・・
今ここでクシャミしたらリビングが大惨事になるし、早急に解決すべき案件ではある。
とりあえずマリナさんの言う通り、朝食を終えたあとはトイレ等を済ませた後、テーブルで待機していた。
カレンさんも暇をもて余してリビングのそこかしこをはたきで掃除している。
魔導具を暴走させてしまう私は、下手に部屋にあるものをベタベタ触るべきでは無いので、無理に手伝おうとはしなかった。
しばらくすると、マリナさんが封筒を1つ持ってリビングに入ってきた。
「お待たせ。これは皆に影響のある話よ」
と言いながら。封筒から一枚の手紙を取り出した。
「・・・」
割りと真剣なトーンだったので、私も緊張して、唾を飲み込む。
「ギルドの方から、私達聖堂教会へ直接の依頼がやって来たわ」
「なるほど、そういうことね」
カレンさんはこれだけで何かを察したみたいだけど、
私にはサッパリ。
「ギルドからの依頼ですか?」
ギルドから直接依頼が来ることもあるんだ。
「ええ、数ある依頼の中で、深刻なもの、公に出来ないものとかは、その手の専門家にだけ内密に依頼をしてくることもあるの」
公に出来ないものって・・・もしかして裏の世界とかそういう感じの・・・
「今回の依頼は、私達聖堂教会に宛てられた依頼。つまり、教会が所有する聖なる力を必要とする依頼。そして、一般市民が知ると厄介な事になる依頼・・・つまり・・・」
マリナさんがいったん貯めて、封筒の中の手紙をこちらに向けて宣言する。
「魔女狩りよ」
「う・・・ウィッチ・・・?」
カレンさんは深刻な顔で頷きながら手紙を読んでいるんだけど、まだ私は理解できていない。
ハントって言うからには何かを狩るんだろうけど・・・
「ウィッチというのは、魔女の事よ。ユイちゃんの世界に魔女は居ないのかしら」
「魔女・・・お話ではたびたび聞きますが、現実には居ないですよ」
白雪姫とかシンデレラとかには出てくるよね。魔女。
良い人だったり悪い人だったり、作品によって扱いはまちまちだけど、
大体三角帽子の白髪のおばあさん。
「そうなの、じゃあ魔女についての説明からするわね。魔女というのは、私達人間とは敵対している化け物の事よ」
「化け物って事は、バグの仲間ですか?」
私が見たのは丘に行ったあの一回だけだけれど、化け物と呼ばれているのはあれしか聞いたことはない。
「いいえ。バグとは関係ないわ。魔女は、人間に化けて私達人間社会に紛れ込む。そして油断させたところで人間をさらって、食料にしたり、薬の材料にしたりするのよ」
「し、食料・・・!?」
・・・そういえばヘンゼルとグレーテルのお話でも、食べようとしてたような・・・!
「ええ、だから魔女が狙いを定めた町では、不審な失踪事件が起きるの。だから一刻も早くなんとかしないといけない案件なのよ」
「なるほど・・・そうなんですか・・・」
「それで、その失踪事件がここから少し北東に行ったところにあるローチェ村で起きたらしいの」
「で、私達に調査の依頼が来たって事ね」
カレンさんが手紙を見ながら話に入ってくる。
「そうよ。それが本当に魔女の仕業なのかの調査、そして魔女を発見した場合、討伐する。それが今回の仕事ね」
「それ・・・危険じゃないんですか・・・?」
「危険よ?だから専門家である私たちに直接依頼が来たの」
よく見ると、リビングの壁に、バグと戦った時見た大きい十字架が立てかけられている。
確か貴重品の借り物だからあんまり使えないって言ってたやつだ・・・
「だ、大丈夫なんですか・・・」
「ええ、知識や対策の無い一般人は危険だけど、私達なら大丈夫」
「ほっ・・・」
ほっと胸を撫でおろす。
マリナさんに何かあったら頼れる人が居なくなっちゃうもん。
ギルドの人たちは力になってくれるって言ってたけど、マリナさん程信用を寄せている訳では無いし・・・
「あら、ユイちゃんも一緒に行くわよ?」
「え・・・・・・えぇ!?」
わ、私も!?