第4話:はじめてのおしごと・Ⅳ
「あ、あの・・・これは・・・?」
エモンドさんは不安げに聞いてくる。
荷車一杯のフウオウワシは、青い羽と黒いコゲの塊にも見える。
一ヶ所に集めたからか、そこからは食欲をそそる匂いが漂う。
「一応お仕事中に会った事なのでこのフウオウワシは、所有権はエモンドさんにあるのですが・・・」
マリナさんはフウオウワシを指しながら説明している。
「いえ・・・私は何もしていませんし、受け取れませんよ・・・。それに、そんなにあっても食べきれませんしね・・・」
エモンドさんは両手を横に振りつつ否定の意思を見せている。
「まぁとにかく、これで依頼は終了ですかね?」
「ええ、そうですね。水やりは全区画まんべんなくやりました。そうよね?ユイちゃん?」
マリナさんがいきなり私に話を振ってくる。
「は、はいっ!バッチリです!」
思いっきりテンパって敬礼をしながら答える。
「うふふっ。まぁそう言う事です。依頼は完了いたしました」
あー!今マリナさんに笑われた!
「ありがとうございます。もう少し依頼を受けてくれるのが遅かったらダメになっていたところでしたよ」
「そうね。見た感じかなり弱っていたものね」
「ええ。本当に・・・さて、ではこれが今回の依頼の報酬になります」
とエモンドさんは、一旦母屋へ入ると、荒い布で出来た重そうな袋を持ってきた。
マリナさんはその袋を受け取ると、軽く振った。
ジャラジャラと音がする。硬貨がいっぱい入ってそうな袋だ。
その後中身を確認したマリナさんは、満足そうに言う。
「ええ、ありがとう。今年も良いチェラ菜、期待してるわよ」
「任せてください。窮地は脱しましたからいいものが出来ますよ?」
チェラ菜はここアウフタクトの名産品。
気分を落ち着かせてくれる成分が入っているらしく、私も何回かお世話になった。
初めてのお仕事を終え、私たちはアウフタクトの町へと戻って来た。
だけどまだ教会には帰れない。
大量のフウオウワシの丸焼きを運んでいる。
あまりにも多いので、フウオウワシの肉一体分と引き換えに、エモンドさんから借りた荷車で運んでいる。
・・・一人一台。
筋力が貧弱な私も、山盛りの丸焼きが乗った荷車を引かされている。
「はぁ・・・ふぅ・・・」
「がんばってユイちゃん!・・・・・・今ここに癒しの力を、内に篭りし魔力の解放を命じます・・・」
同じく荷車を引いているマリナさんから緑色の光が流れて来て、随時溜まってくる疲労を癒してくれる。
これがあるからようやく私はこの荷車を引くことができるのだ。
これをアウフタクトの中心部にあるギルドまで運ばなければならない。
食べきれない量のフウオウワシをギルドに寄贈するために。
道行く人達は私達の事を見て、不安そうに見たり、心配してくれたり。
マリナさんが居るからかもしれないけどね。
ギルドに近づいてくると、人の層が変わってくる。
ここらの人々は、この黒焦げの正体を知っているようで、心配よりも驚愕の声の方が多い。
ギルドに到着する頃には、日が落ちかけて、オレンジ色の日が町庁舎のガラスの窓に反射して、周囲を染め上げている。
「はぁ・・・はぁ・・・うっ・・・はあ・・・」
最早疲労で、喉の奥から何かがこみあげてくる気さえしてくる。
「お疲れ様。後で美味しいジュースでも飲みましょう」
「・・・は・・・はい・・・そうですね・・・うっ」
ダメだ、ちょっと喋ると吐きそうになる・・・しばらく安静にしていよう・・・
「ギルドの人を呼んでくるからちょっと見張っててくれる?」
「・・・はい・・・」
とマリナさんはギルドの中に入っていった。
その間の私の役割は、この荷車二台分のフウオウワシの丸焼きを見張っておく事。
ギルド前はいつも人が多くて、これから夕食時となればさらに人は増す。
ギルド横にある少し開けた場所に荷車を止めてあるとは言え、目の前を鎧を身に纏って武器を担いだ強そうな人々がいくつも通り過ぎる。
案の定、私と同じ、高校生くらいの男の子がこちらを見て叫ぶ。
その男の子も、簡素な布の服の上に、野球のキャッチャーが付けているような形の革製の茶色い防具を付けていて、腰には剣がぶら下げられている。
きっとこの子もギルドでそういう仕事をして生活をしている人なのだろう。
「おっ!これフウオウワシじゃねぇか!こんなにいっぱい!」
こんな黒焦げの塊を見て一目でフウオウワシだと分かるくらいだし。
「・・・あげませんよ?」
「ん?もしかしてアンタがこれやったのか?」
その子は目を丸くして聞いてくる。
「うん・・・一応ね」
「マジかよ・・・本当か?」
この子疑ってるなぁ・・・
まぁ確かにマリナさんが言うにはフウオウワシは山岳部に生息する獰猛な猛禽類で、
並の戦士では二体に挟まれると危ないとも言われているらしい。
それをこんなにちっちゃい子が大量に持っているのは意外と言われてもおかしくは無いのだろう。
「うん。本当だよ?」
私はその証明をするためにちょっと魔法を使ってみる。
「・・・炸裂する雷よ・・・」
最後まで言わなければ発動まではしないらしいので、ここで止めておく。
そうすれば、魔法は準備段階の光球で留まる。
想像通り、私の手の平の光球は、バチバチと危うい音を立てながら電撃を纏っているが、
それ以上の事は起きる気配は無い。
マリナさん曰く、この段階で魔法に慣れている人なら魔力の出力の違いが分かるらしい。
「・・・スゲーな・・・大魔導士級の魔力じゃねーか・・・」
「これで信じてくれた?」
その男の子はきちんとこの段階でわかってくれたようで安心した。
私はそのまま魔力の流れを止めて魔法を中断する。
もし信じて貰えなかったら撃つべきだっただろうか・・・
こんなところで撃ったら大惨事になるかな・・・
しかしその男の子はこのまま去ろうとはしなかった。
「なぁ、アンタさ、アウフタクト自警団に入らないか?」
「アウフタクト・・・自警団・・・?」
「そう。自警団。って言っても成人してないギルドメンバーで集まって依頼をこなしてる集団なだけだけどな」
「へぇ・・・そんなのあるんだ・・・」
ギルドで依頼をこなすサークル・・・的なものかな?
「そう、俺はその自警団のリーダーをやってるカイン・レーベンスだ。よろしくな!」
「あ、あの・・・私まだ入るって決めた訳じゃ・・・」
私はマリナさんの教会で居候させてもらっている身だし、好き勝手に色々は出来ない。
「頼むよ、アンタがいれば戦力が大幅アップするぜ?」
「私・・・戦いとか苦手だし・・・それに・・・」
マリナさんの事を話そうとしたとき、
「お待たせ、ユイちゃん。遅くなったわね」
「あ、マリナさん!」
マリナさんがギルドの係の人を連れて戻って来た。
それを見たカイン君が私に聞いてくる。
「ん?アンタレイフィールさん所の子か」
「うん。そうだよ」
マリナさんもカイン君に気が付いた。
「あら、レーベンス君じゃない。どうしたの?」
「いえ、この子がこのフウオウワシを全部やっつけたって聞いて、自警団にスカウトしようと・・・」
そこまで言ったところでマリナさんは私の横にやってきて、さりげなく肩に手を回して来た。
「うーん・・・まだユイちゃんはこの世界の事よくわかってないから、まだ待ってね?」
「・・・世界・・・?」
「まぁ・・・この子には色々事情があるのよ。私が面倒見てるって事は、まぁ大体想像はつくでしょう?」
「そうですね・・・」
そうだね・・・
一仕事終えてなんか自信が付いた気になってたけど、よく考えればそうだ。
今までもずっとマリナさんに付いてって、言われたことをやってるだけだもんね。
私はまだこの世界の事、何にも知らない。
「えーっと・・・ユイだったか?準備が出来たら、自警団の事も考えてくれよな!」
「う、うん・・・」
そういってカイン君は去って言った。
「さて、少し待たせちゃいましたね・・・」
マリナさんは連れてきたギルドの人と話している。
フウオウワシの丸焼きの寄贈の手続きをしているようだ。
「さぁ!なんと今日は特別な食材が入ったぞ!」
酒場と化したギルドに、大声が響き渡ると同時に、さっきまでざわざわとしていた店内が静まり返る。
「なんとぉー!?北の大地の山間に生息する獰猛な珍味、フウオウワシだー!」
「「うおぉーー!」」
ギルドのカウンター前にさっきのフウオウワシが少し見た目を整えられて出てきた。
黒焦げの部分や羽を取り除いて、美味しい肉の部分だけになっている。
周囲から歓声が沸き起こる。
そんな仰々しく紹介しなくても・・・
ギルドのテーブルの一つに座った私とマリナさんはちょっと特別扱いなのか、赤いテーブルクロスが敷かれている。
「凄い盛り上がってますね・・・」
「ギルドは何処もこんな感じよ。珍しい物品が入った日はいつも大盛り上がりなの。フウオウワシなんて滅多に食べられるものじゃないものね」
「皆珍しいものが好きなんですね」
「そうねぇ。ギルドの人には未知を求める冒険者も多いものね」
見れば、強そうな武器や、頑丈そうな防具を持っていたり、
なんとなく冒険者感のある人が沢山居る。
「さぁて、今回のフウオウワシを捕まえて来てくれた勇者をご紹介しよう!」
えっ!
そんな事するの!?
「アウフタクト聖堂教会のビショップ級シスター、マリナ・レイフィールさん!そして、その教会所属の少女、ユイ・リクエ・レイフィールさん!」
そんなギルドの管理人さんの声と共に、
私達の席にいきなりスポットライトのようなものが当てられる。
「ひゃぁっ!」
突然の事に軽く悲鳴を上げてしまったが、周囲は歓声で騒がしく、マリナさん以外には聞こえていないみたいだ。
「では御二方、前へ」
「え、ええっ!?」
「ほらユイちゃん、行くわよ」
「え、ちょっと、まっ・・・」
まだ状況を呑み込めていない私も、マリナさん腕を掴まれて壇上に上げられてしまう。
スポットライトは的確に私とマリナさんを追尾してきて眩しい。
壇上に上がると、ギルドの面々の視線が突き刺さる。
「へぇ・・・あの二人が・・・」
「剣士・・・って感じじゃないな」
「そりゃあフウオウワシ相手なら魔導士でしょう?これだから脳筋は・・・」
「俺だって剣でフウオウワシ狩ったことあるぞ?」
「ねぇ、結構可愛くない?」
「えー?まだ子供じゃん。そういうシュミ?」
「違うよ、シスターの方」
「ばっか、おめぇアウフタクトに居ながらマリナさん知らねーのか?」
「しかも可愛いって・・・マリナさんは美人って感じだろ?」
ざわつきの中から、いくつかの会話が聞こえる。
私子ども扱いされてる・・・
なんて会話を盗み聞きしていたら、管理人さんがマイクのようなものをマリナさんに渡した。
「では、お二人から一言どうぞ!」
へっ?
一言!?そんなの考えて無いよ!?
そんな私の狼狽をよそに、マリナさんは意気揚々と喋り出す。
「わたくしは、アウフタクト聖堂教会を管理しております、マリナ・レイフィールと申します・・・」
と、マリナさんは聖堂教会と呼ばれる宗教の教えを説き始めてしまった。
やっぱりマリナさんは宗教関係者だなぁ・・・
言っている事は素晴らしい事なんだけど、どうも宗教って好きになれない。
なんていうか、"素晴らし"過ぎるんだよね。都合が良すぎるというかなんて言うか・・・
なんて事はマリナさんの前で言うわけにもいかないので黙っている。
「・・・心労に病み、救いが必要な時はぜひ聖堂教会にお越しくださいませ」
マリナさんは深々と礼をする。
「さて、私の長くなりましたし、もう一人の方にお話を移しましょう」
マリナさんが私の方へ手を向ける。
それに対応して視線が一気に私に集中する。
「実は、このフウオウワシを倒したのは、全部この子よ」
いきなりのネタバラシ。
会場がざわつく。
そしてマリナさんはマイクを私に向けてくる。
私はそれを手に取ろうとしたが、それはマリナさんに止められてしまった。
これも魔道具なのかな。私が触れたらハウリングとか起きちゃうのかな?
と、とりあえず何か喋らないと・・・
「え、えっと・・・どうも・・・ユイです・・・」
どうしよう!何喋ろう!
「あ、あのっ!確かにフウオウワシを倒したのは私ですけど、それはマリナさんのアシストがあったからで・・・えっと・・・」
言いたいことがまとまらない!
「わ、私はまだ魔法とか全然使えなくて・・・それで・・・」
「ユイちゃん、落ち着いて」
マリナさんはマイクを私の口から離し、自分で喋り始める。
「この子は少し前、このアウフタクトにやって来た子です。この子は、この世界とは別の世界からやって来た子です」
ギルド全体がざわつき始める。
そりゃそんな事言ったらそうなるよ。
「信じられないという人も居るでしょう。ですが、私は本当だと思っています。私はこの子を元の世界に戻すための情報を探しています。なので皆さんも、もし世界転移の魔法やその技術に、何か覚えがあるのなら、教えて下さるとありがたいです」
そこまで言って、マリナさんはマイクを私に返してくる。
「えと・・・マリナさんが言ったのは本当です・・・私はこことは違う世界から来ました・・・だから、この世界の事も全然知らなくて・・・」
マリナさんから、会話の切り口を作ってくれたので、私もきちんと内容に方向性を持って話せる。
「帰れるようになるまでは、この世界の事、もっと勉強していきたいと思います・・・皆さんにも色々分からなくて迷惑かける事もあるかもしれないですけど・・・手を貸してくれたら・・・ありがたいです・・・皆さん、よろしくおねがいします・・・」
深々と礼をする。
すると、
「「まかせとけ!」」
「情報探しは得意だぞ」
「異世界なんて面白そう!」
「空魔法は得意よ」
と口々に言い出し盛り上がり始める。
「え、えっと・・・」
どうしていいか分からずおろおろする私にマリナさんが声をかけてくれた。
「前に言ったけど、ギルドに居る人は皆人助けを生業にしてる人達だから、みんなお人好しなのよ」
と、
人助け・・・親切な人が多くて良かった・・・
もしこれで、「は?何それ?」とか言われたら心が折れちゃってたかもしれない。
「ま、情報提供分の報酬は考えておかないとね。それがギルドのシステムだもの」
マリナさんはそのままマイクを口元に当ててギルドの皆に言った。
「だからってユイちゃんに変な事しようとしたらダメよ?」
ギルドから笑いが起きる。
・・・それ笑いごとなのかな・・・?
変な事なんてされたくないんだけど・・・
「さ、私達のお話はこれでおしまい。ここからはパーティにしましょうか」
そんなマリナさんの一言と共に、ギルドのパーティは始まった。
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そんな二人に盛り上がるギルドの隅の二人掛けのテーブルに、二人の男女が居た。
一人は白い長髪を搔き上げたような気取った髪型の、黒いロングコートを着た青年。
もう一人は艶のある長い蒼髪を持ち、大胆な露出をした、妖艶な美女。
派手な出で立ちではあるが、この辺りでは特に珍しい格好ではない。
「異界から・・・本当かなぁ・・・?」
男が聞く。
しかし顔は女の方を一切見ておらず、その視線はシスターとその付き添いの少女へと向けられている。
「さぁ?でもあり得ない事じゃないわ。異空間開通魔法はあるじゃない?」
女もテーブルに置いてある酒を飲みながら答える。
「しかし・・・厄介だな・・・」
「そぉ?こんな事、時々ある事じゃない?」
「ああ、お前は視えないんだったな」
そう言って男は光るメガネを女に手渡す。
女はそのまま受け取ったメガネをかけ、ユイを見た。
「・・・え?・・・何これ・・・」
驚愕の表情をする女に、男が難しい顔をして言う。
「あいつ・・・とんでもない魔力を持ってる・・・外に漏れだしてる時点で異常だが、その分だけでも数十人分は軽くあるだろう・・・」
「・・・あんな魔力・・・人間が出していい量じゃないわよ・・・?」
「だろう?才能なんてもんじゃない。きっと暴走か何かでもしてるんだろう」
「暴走・・・ねぇ。下手すると危ないかもね、魔力の暴走なんて、碌な事にならないもの・・・昔感応器を意図的に暴走させて莫大な魔力を得ようとした男がいたんだけどね・・・?」
女は同情か、警戒か、心配か、どれともつかないような不思議な表情で言う。
「お前の話は長いから聞きたくない」
「あっそ・・・じゃあさっさと帰りましょうかアコニタム?」
「まて、フウオウワシを食ってからだ」
「はぁ・・・相変わらず呑気だこと」
「そう言うなローズ。フウオウワシなんて俺らリコリスでも滅多に食えない代物じゃないか」
「もぅ・・・お仕事忘れないでよ?」
・・・そんな男女の会話は、ユイ達には聞こえていない。