表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/84

第4話:はじめてのおしごと・Ⅲ

畑を荒らす鳥、フウオウワシ。

私はどんな鳥なのか姿を見たことも無いけれど、けたたましい鳴き声はとても大きく、

大きくて獰猛そうな鳥だという事はわかる。


「ど、どうすればいいんでしょう・・・?」


マリナさんが言うには、それがこちらへ向ってきているらしいのだ。

雑食で、放っておけば畑は荒らしつくされてしまうだろうと言われた。


そんなどうすればいいか分からず畑のど真ん中でオロオロとする私に、マリナさんは言った。



「ユイちゃん・・・あなたが撃退するのよ・・・!」


「・・・わ、私ですか!?」


私に何が出来るの!?

私に出来るのは、普通の水を出す魔法と、シャワーのような水を出す魔法と、任意で出せない拒絶の魔法くらいだ。

それで撃退できるの・・・?


そんな私に、マリナさんは言った。


「ユイちゃんならきっともう使えるはずよ。雷の魔法を」

「雷・・・ですか・・・」


確かに雷は私の属性の1つだ。

だけど暴走したら危険と言う理由で今まで使わせてはくれなかった。


「雷属性は、火と並んでかなり攻撃的な属性だから、フウオウワシも追い払えると思うわ」


そう言ってマリナさんは懐から分厚い本を取り出して、

パラパラと何かを探すように流し読みしている。


「えーっと・・・あったあった。遠距離雷撃魔法"サンダースパーク"」

「さ、サンダー・・・スパーク・・・?」


急にいきなり名前が出てきたぞ・・・?

今までそんなの無かったじゃん!


「一部の戦闘用魔法は、戦闘中に素早く詠唱できるように固有名詞を付けて呪文を短くしているのよ」

「なるほど・・・」

「ほら、サンダースパークの呪文はこれね」


とその本を見せてきた。


その本はいろんな魔法の呪文が書かれた図鑑のようだ。


中級遠距離雷撃魔法「サンダースパーク」

区分:B型3級魔法、放出系

呪文

「炸裂する雷よ、轟け、サンダースパーク」





「確かに短いですね」


シャワーの水を出す魔法よりも短い。

これなら噛んだりすることはなさそうだ。


他に書いてあったB型とかの意味はわからないけど。


「これで撃退するのよ」


「本当に大丈夫なんですか?」


フウオウワシも見たこと無いし、

サンダースパークも見たこと無い。


知らないものに知らない物をぶつけるんじゃあ、何も分からない。



「私の見立てではきっと大丈夫。もしダメでもあなただけは私が守るわ」

「マリナさん・・・」


どうしてマリナさんはここまで私を信用してくれるんだろう。

どうしてマリナさんはここまで私を守ってくれるんだろう。


そう思った時、またしても遠くの森からけたたましい鳥の声が聞こえる。

前に聞いたときよりも、声が大きく、そして多く、そして明らかに興奮しているような声だった。


「ユイちゃん!準備してっ!」


マリナさんが叫ぶ。

音のする方を見ると、森の上空の方から、大きな鳥の群れがこちらへやってきているのが見えた。

あれがフウオウワシ・・・?


「は、はい!」


とりあえず返事をするが、準備と言われても何をすればいいのかはわからず、

フウオウワシの方を向いて立っている事しかできない。


「群れの方に手を向けて、水の魔法と同じように唱えれば出るわ」

「わかりました!」


フウオウワシの群れに対して、斜に構えながら右手を上げて、群れの方へと向ける。


「雷の魔法は"指向"の特性があるから対象に強く意識を向ければちゃんとその方向へ向くわ!」

「はい!」


マリナさんの声に毎回二つ返事で応えながら、言う通りにフウオウワシの群れをしっかりと見据える。


そうしている間に、ワシの群れはこちらへ突進するかのように一直線に向かってくる。


もう・・・やるしかない!








右手に力を込めながら、息を吸って、


「・・・炸裂する雷よ・・・」


フウオウワシの方へと向けた右手とは反対側の手に図鑑を持ちながら、呪文を唱える。


右手の平から光が生まれた。

それは黄色くて、バチバチと何かがはじけるような音がする。


そんなものが掌にあるのに、手の平は熱くも、痛くもない。

けれど、そこにはとてつもない量の魔力が集まっていると、私は感覚で理解できた。



フッと一瞬息を吸って、フウオウワシを睨みつけながら叫ぶ。






「・・・轟け! "サンダースパーク"ッ!!」






私はあんまり大声とか得意な方では無いけど、

それでも頑張って出せるだけの大音量で叫んだ。




瞬間、手の平の光球は弾け、

私の視覚と聴覚を塗りつぶす。



「うわっ!」


視界はカメラのフラッシュを間近で喰らったように真っ白に染まり、

耳は爆音で覆われて耳鳴りがする。


私の驚きの声も、良く聞こえなかった。



私がどうなっているのか、何処に立っているのか、フウオウワシはどうなったのか、マリナさんはどこにいるのか、一切何もわからず、視覚と聴覚が戻るまでただ何もせず立ち尽くしていた。










世界に色が戻り、耳鳴りが治まってゆく。


「・・・ちゃん!」


声が聞こえる。


「大丈夫!?ユイちゃん!」


マリナさんの声だ。

声のする方へと体ごと向きを変えると、マリナさんが心配そうな顔をしながら駆け寄ってきている。


「は、はい。大丈夫です・・・」


私は大丈夫だと答えた。


撃った直後は眩しいし、五月蝿いしでキツかったけど、

それが治まった今は全く辛くない。

疲労感もない。


「良かった・・・思ってたより凄かったからビックリしちゃった」

「そ、そうなんですか・・・?」

「本当はあんなに規模の大きい魔法じゃないのよ、あれ」

「うっ・・・」


やっぱり私が全力で魔法を使うと規模が大きくなってしまうようだ。

見ると、私の周囲の土は少し焦げていて黒くなっている。


私の周りに植えられていた植物の何本かは焦げていて、未だにバチバチと帯電しているようだ。

畑に植えられてたチェラ菜、何本かダメにしちゃったかなぁ・・・


何故かはわからないけれど、私が身に纏っているビショビショで透けている衣服には一切の焦げすらない。

水で塗れていたからだろうか・・・


・・・いや、だとしたら濡れた衣服に雷って、もっと危ない事になってるハズだし・・・

とりあえず私は無事なので、これが魔法の力なのだろう。


そう、私は考え理解することを放棄した。

魔法は私が知る物理法則とは別の動き方をするもの。それでいい。




そう私は結論付けて、マリナさんの方を見た。


「とりあえず森の方へ様子を見に行きましょうか」

「そうですね・・・」


青空にはフウオウワシの姿は見えない。

鳴き声も聞こえない。

爽やかな午後の日差しの降り注ぐ畑だ。


私は無事だけど、あちらがどうなったのか、結局閃光と爆音でどうなったのかわかっていない。

とりあえず襲ってくる気配は無いので、撃退できたのだろうか?


マリナさんの少し後ろを付いて、畑を離れて森の方へと向ってゆく。

少しなだらかな丘のような所にさしかかり、少し前を歩いているマリナさんが丘のてっぺんあたりにたどり着いた時、


「あっ・・・」


と小さく声を漏らした。


「な、何かあったんですか・・・?」


マリナさんの所へ駆けよって、マリナさんの横に立ってみる。


「・・・うわっ!」


思わず声が漏れた。

そこには焼け焦げて黒くなった何かが沢山転がっていて、プスプスと煙を上げている。


恐る恐る近寄っていくと、ほんのり肉料理のような匂いが漂ってくる。


「全部倒しちゃったみたいね」

「これ・・・全部フウオウワシなんですか・・・?」


確かに肉の焼ける匂いはするし、当たりに羽が散らばってはいるけど、私の知る鳥とは大きさが違い過ぎる。

足元に落ちている羽を拾い上げてみると、根元から先端までゆうに50センチはあるだろう。

そんな大きな羽を私は見たことが無い。


マリナさんはそんな巨大な鳥の死体に躊躇なく近寄っていく。


私はまだ怖いので、数メートルほど距離を開けて近寄る。



「うーん・・・それにしてもー・・・」


マリナさんはぶつぶつと何かをつぶやきながら、懐からナイフを取り出した。

長さは15センチくらいだろうか。短い包丁より少し短いくらいの長さかな。


何をするのかと何も言わずに眺めていると、

マリナさんはフウオウワシのすぐそばに座り込むと、黒く焦げた翼を持ち上げて、

その腹をその場で捌き始めた。


「うぇ・・・」


とっさに目を逸らした。

間違いなく心地のいい光景でない事はわかる。


目を逸らした先にもフウオウワシの死体があるが、捌かれるその身を見るよりも何倍もマシ。



さくっ・・・

ぶつっ・・・


ぺちゃぺちゃ・・・


肉を断つ音、何かが滴り落ちる音、

生々しい音が聞こえてくる。


嫌な感じ・・・


「ねぇユイちゃん!」


しかしマリナさんが私を呼ぶので、その音の方を向くしかなかった。


「マリナさん、何してるんですか・・・?」

「見てこれ。こんがり焼けてるわ!美味しそうよ?」


手招きするマリナさんにしぶしぶ近づいていくと、マリナさんが捌いたフウオウワシの腹の中は、

綺麗に焼けて、薄茶色の美味しそうな鳥肉になっていた。


確かに中身は焼き鳥みたいにはなっているけど・・・


「これ・・・食べられるんですか・・・?」


まるで仔馬のような大きさの巨体と、黒く焦げてはいるけれど、所々見える青色の羽は、あまり食べるのに適しているようには感じない。


「フウオウワシはとっても美味しいのよ?まぁ普段は険しい山岳地帯に住んでいるから市場には出回らないけどね」

「へぇ・・・そうなんですか・・・」


美味しいんだ・・・

青い色はあまり食欲をそそられないのだけれど・・・


「でもこの量は多すぎるわね・・・ギルドでパーティできるわよ」

「すいません・・・」


辺りには20羽以上のフウオウワシの焼けた死体が転がっている。

一体一体が大きいので、一羽でも相当な人数分満足させられるだろう。


「謝る事はないわ、多すぎるならギルドに寄贈すればいいのよ」

「・・・そうですね」


鳥の丸焼きを寄贈しても喜ばれるのかな・・・

完全に調理済みみたいになってるけど・・・



「・・・とりあえず、残りの水やりを終えてエモンドさんに報告しましょうか」









残った区画の水やりを終え、

私たちはエモンドさんの待つ母屋へと帰って来た。


「エモンドさん?お仕事終わりましたよ?」


マリナさんが母屋の扉の横のベルを鳴らす。インターフォン的な役割のものだろう。


「ああ、レイフィールさん。終わりましたか」


しばらくして、エモンドさんが出てきた。

しかしその顔は少し不安げだ。


「・・・あの・・・ちょっと前に凄い光と音が聞こえたんですけど・・・」


うっ・・・

完全に原因は私なので、すこし縮こまってしまう。

代わりにマリナさんが前に出て説明してくれる。


「その点も含め、何点かご報告があるのですが、少しお時間、大丈夫でしょうか?」

「時間ですか?ええ、大丈夫ですよ」


と母屋の中へと案内してくれたので、私もマリナさんの後に付いて行って、

応接間のような所のソファに座った。


「ご報告とは・・・何でしょうか」


エモンドさんとの応対には、全部マリナさんが対応した。


「まず、畑の水やりの最中に、フウオウワシの群れの襲撃がありました」

「ふ、フウオウワシだって!?」


エモンドさんも、まるで近所で事件があったのを聞いたような驚きの顔をしている。


「ええ、私も驚きました。フウオウワシなんてこんなところに降りてくるはず無いものですから・・・でも、本当の事なのです」


とマリナさんは懐から、さっき手にいれたフウオウワシの青い羽を見せた。


「・・・本物のフウオウワシの羽・・・」

「ええ、先の閃光と轟音は、フウオウワシを撃退する際のものです」

「ああ、そういう事でしたか・・・」

「フウオウワシの群れは撃退出来ましたよ」

「・・・そ、そうでしたか・・・ありがたいです。放っておけば根こそぎやられてもおかしくないですからね・・・」


そんな和やかな雰囲気で話すエモンドさんとマリナさんだったけど、

ふとマリナさんの言葉のトーンが少し下がる。


「ええ、本当に・・・ただ・・・」

「・・ただ?」

「迎撃の際、チェラ菜にいくつか被害が出てしまいまして・・・」

「ごめんなさい」


絶賛当事者の私は、ソファに座ったままだけれど、深く頭を下げて謝罪する。


「そうですか・・・被害はどのくらいで?」

「私はあまり詳しく無いので詳細はわかりませんが、目に見えてダメになったと分かるもので20本ほどでしょうか・・・」

「・・・まぁ、フウオウワシを撃退してくれたのならばそのくらいは問題ないですよ」


「・・・ありがとうございます」

エモンドさんは許してくれるそうだ。

良かった。



ほっと一息ついて胸を撫でおろすと、

マリナさんがさらに言った。


「最後にもう一つ、ご報告があるのです」

「報告?」

「ええ、少し母屋の外に来てもらえます?」


あ、あれの事か。


マリナさん、エモンドさん、私の順に、母屋を出ると、


「うぉっ!」


と、叫び声がする。


そりゃあそうだろう。




今母屋の外には、フウオウワシの丸焼きが山の様に積まれた荷車が置いてあるのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ