第4話:はじめてのおしごと・Ⅱ
翌日
眠い目を擦りながら部屋に降りてゆく。
意識もぼんやりしてるし、視界もさほどハッキリしては居なかったけど、
階段を躓かずに降りる事は出来た。
おそらく、この世界に来る前も寝起き状態でリビングに降りる事があったから慣れているんだと思う。
「・・・おはようございます・・・」
下りてきた先では、朝食が出来ていたらしく、
家族・・・あ、違う。
マリナさんとカレンさん。
そしてケリー君とアンナちゃんが食卓についていた。
皆も私の恰好にはもう慣れたらしく、何も言わない。
「おねえちゃん遅ーい!」
寧ろ、普通に私が最後に降りてきたことに関して急かしてくるくらいだ。
「ユイちゃんもちゃんと食べなさいね?今日はお仕事の日なんだから」
「・・・はい・・・でもあの・・・」
私のお皿に取り分けられた朝食は他の人の倍くらいある。
朝食は元から少な目とはいえ、二倍の量があるとインパクトがすごい。
「魔力を沢山つかうとお腹が減っちゃうのよねー。だからあらかじめ一杯食べましょう?」
「・・・は、はい・・・いただきます・・・」
「ご、ごちそうさまでした・・・」
胃が重い。
何とか全部食べ切る頃には、子供たちは既に食事どころか学校へ行く準備も終えていて、
私が朝食のお皿をキッチンに返すのとほぼ同タイミングで教会を出て行った。
「よく食べたわねー。偉いわ」
マリナさんはお皿を返しに来た私の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。
「あ、あの・・・私そんなに子供じゃあ・・・」
「あ、ごめんね、前に面倒を見ていた子供の中に、食べるのが苦手な子がいて、それを思い出しちゃったの」
「はぁ、そうだったんですか・・・」
そう言えばマリナさん何歳なんだろう・・・
私の初めてのお仕事は畑の水やり。
水の魔法以外全然使えないけど、魔力の量だけなら一級品以上の私にはピッタリのお仕事だ。
魔法が私のお仕事なので、準備するものも特にない。
衣服のポケットにスマホとギルド証くらいあれば大丈夫かな。
マリナさんがお昼ご飯のお弁当を作っているので、私はそれまで待っていた。
・・・暇なのでスマホの電源を入れた。
充電は8%。そろそろ切れてしまう。
今まで最低限の事しかしてなかったので、2週間と言う期間、長く持った方だろう。
圏外なので、通話、メール、SNS、ブラウジング、どれも使えないし、時計の同期も取れていない。
使えるのは、カメラ、メモ、アルバムくらいだ。
ここに来て使っている機能はアルバムくらいだけど。
アルバム機能を起動し、そこに残された元の世界の頃の写真を見る。
体育祭の写真、文化祭の写真、なんてことの無い日常の写真。
「・・・はぁ・・・」
だめだ。悲しくなる・・・
会いたいという気持ちが先行して、やる気が失われてゆく。
「あら、ユイちゃん何してるの?」
少し暗い気持ちになっていると、マリナさんが近くによって来ていた。
そう言えばマリナさん達が居るところでは今までスマホを取り出したことは無かったかもしれない。
「あ、これですか?スマホなんですけど・・・」
「光ってるわね・・・あなたの世界のものよね?」
「はい」
「って事は、魔道具じゃないわよね。何で動いているのかしら・・・」
「電気で動いてます」
「そっちにも不思議なものがあるのねぇー・・・」
こちらの世界には電子機器というものが何一つない。
代わりに似たような機能を持つ魔道具が溢れている。
「それは何をする道具なの?」
「えっと・・・遠くの人とコミュニケーションが取れたり、写真を撮れたリ、メモを取れたり、いろんな機能がありますね」
大半の機能はネットワークに依存していて、ここでは使えないけど。
「しゃしん・・・?」
「あれ、マリナさん写真知らないんですか?」
「ええ、聞いたことはないわね」
「えっと・・・こういうやつです」
バッテリーももう少ないけど、再度アルバム機能を起動してマリナさんに見せた。
本当は写真って紙に印刷されて出てくるものだけど、そんなものは持っていなかった。
マリナさんはスマホの画面に映った、私の学校での写真を興味深そうに見ていた。
「こうやって、過去の景色を残して置けるんです」
「・・・って事は・・・ここにあるのは元の世界の景色なのね」
「・・・・・・はい・・・」
画面の向こうにあるそれは、妹や友達と笑う私の姿。
「大丈夫よ。きっと私が帰してあげるわ」
と、マリナさんがスマホに触れたその時、画面がフッと消えてしまった。
「えっ!?あれ!?ど、どうしたのかしら・・・?」
マリナさんは不安そうにおろおろしている
多分消えてしまった原因は、バッテリー切れだと思う。
マリナさんに見せていた時、充電は2%だった。
実際、5%を切るといつ消えてしまってもおかしくはないし。
「多分、充電が無くなっちゃったんだと思います。マリナさんは悪くないです」
「そ、そう?ならいいんだけど・・・」
「・・・でも、これで使えなくなっちゃいましたね・・・」
電源ボタンを長押ししたが、反応はない。
「ごめんね」
マリナさんは謝ってくる。
「いえ、マリナさんのせいじゃないです。起動してると、ずっとエネルギーを使い続けるので、いつかはこうなる運命だったんです」
「・・・どうにか出来ないのかしら」
「・・・多分・・・どうにもならないですね・・・」
充電器は持って来ては居るけど、この世界には電気は通っていない。
当然コンセントだって無い。
「・・・まぁ、そうよね・・・それはあちらの世界の道具だものね」
・・・バッテリーが無くなっちゃった時点でスマホはもう使えないし、部屋に戻しておこう。
マリナさんが作ってくれたお昼ご飯はサンドイッチだった。
パンにハムやキャベツ、トマトのようなものが挟まっている。
この時点では、まだ確証が持てない。
・・・見た目は同じなのに名前が全然違う食品とか、ここにはいっぱいある。
ポケットは容量も数もそこそこあるのに、中はギルド証しかないので、サンドイッチなんて余裕で入る。
二人の準備が出来たので、教会を出て、初めての仕事場となる畑へと向かった。
畑は町の北の方にあるらしい。
もう衣装には慣れたので、ピクニックにでも行くような気分だ。
北の方はまだ行ったことは無い。
基本的には、一般的な住宅街のようだ。
極端に大きな家も、ボロい家も無い。
もちろん、民家は皆私の知る民家の作りではない。
漆喰とかは使って無さそうな家達。
そんな家々を間を進んでいくと、ふと民家が途切れ、街の壁と、外とを繋ぐゲートが見えてきた。
「あれ、外に出るんですか?」
「畑はすぐ壁際にあるし、所々に退魔石もあるから心配はないわよ」
とマリナさんが言うのでそれを信用して、
町の外に出ると、すぐに一面の畑が姿を現した。
「あったわ。ここね」
とマリナさんが言う・・・が。
「あの・・・広くないですか・・・?」
ずらりと視界を埋める広い畑が広がる。
植えられている植物は何なのかはわからないんだけど、
面積で言うと東京ドーム何個分とかで例えられるレベルだ。北海道の畑。まさにそんな感じだ。
所々に柱が立っていて、先端に淡く光る青い石が添えられている。
あれが退魔石かな?
・・・これの水やりをするのかぁ・・・
よく見ると、植えられている植物は元気が無さそうだ。
「まずはこの畑を管理している人の所に行きましょうか」
「はい」
と畑の脇にある道を進んでいくと、
まさに農家みたいな家が鎮座していた。
大きな二階建ての木製の母屋と、脇にある大きな倉庫。
そこには、名前はわからないけど大きなフォークのような農具も立てかけられている。
そんな家の玄関の前に立って、マリナさんは戸を叩いた。
「すいませーん。エモンドさんのお宅ですかー?」
私はマリナさんの後ろで何も言わず立っている。
すると、玄関の扉が開かれて、健康そうな男性が出てきた。
「あーはいはい、エモンドですが・・・と、レイフィールさんじゃないですか」
やはりマリナさんはこの人とも面識があるようだ。
「でも、レイフィールさんがなぜここに?」
「エモンドさんのお仕事を受けに来たのよ」
とマリナさんは手持ちの鞄から、ギルドで貰った依頼の紙を見せた。
ギルドの依頼システムは、掲示板で見た依頼をカウンターで受けると、その依頼の詳細が書かれた紙を貰えて、それを依頼者本人に見せる事で正式に受注完了となるようだ。
「おや、いいんですか?私としてはありがたいですけど・・・」
「ええ、チェラ菜はここの名産品だし、それに今日は新しい子が来てるのよ」
「新しい子ですか・・・」
「どうも、ユイです」
マリナさんが私の事を話題にしたので、エモンドさんに向かって深々と礼をする。
「この子の初仕事として依頼を受けさせてあげたいのだけれどいいかしら?」
「ええ、まぁ・・・レイフィールさんが言うなら信頼は出来ますし、私はいいですけど、この仕事二人でやるにはちょっと大変じゃあありませんか?」
「そこは心配しなくても大丈夫です。策はありますから」
「ええ、じゃあお願いしますね」
そうして私の最初のお仕事が始まった。
「まずは水やりに適した新しい魔法を教えるわ」
私はそんなマリナさんの話を日焼け止め液を肌が出ている部分に塗り込みながら聞く。
畑全体草と肥料の臭いが濃いし、日焼け止め液も薬品臭いし、このお仕事が終わったらお風呂入りたいなぁ
「広範囲に細かい水をばら撒く魔法よ。基礎魔法と違って呪文が少し長いからよく聞いてね?」
「はい」
「いくわよ・・・"魔力よ恵みの雨となれ、我が手にその力の一端よ来たれ"・・・!」
とマリナさんが唱えると、マリナさんの手のひらからは、水の勢いが強いシャワーの様に、幅広く水を吹き散らす。
学校のグラウンドのスプリンクラーみたいだ。
「さ、やってみて?」
「は、はい」
一応暴発や誤詠唱の事も考えて、畑とは関係のない町の壁の方へ向けて呪文を唱える。
「え、えっと・・・ま、魔力よ、恵みの雨と・・・なれ・・・?」
「我が手にその力の一端よ来たれ、ね」
「わが手に、その力のいったんよ・・・来たれ!」
唱えながらいつものように右の手の平に意識を集中させると、掌からいつものように青い光が生まれる。
ここまでいけば魔法は成功だ。
ちょっと待てば魔力の流路が繋がって魔法が発動する。
ふぅ、と小さな息を吐いた瞬間、その青い光から水が噴き出した。
スプリンクラーのような細かい水の粒が連続で飛んでいく。
出力調整はもうできるので、水の強さはマリナさんと同じくらいだ。
「うんうん。ちゃんと出来てるみたいね」
「これで水やりをすればいいんですね」
思ってたよりもかなり水やりに適している魔法だ。
「~~♪」
鼻歌交じりに水を畑に撒く。
パワーを強めたら、一区画全部をカバーできるほどの勢いで出せたので、
楽々水やりが出来る。
「一人でも魔力が尽きないからって理由でこのお仕事を受けたけど、この調子なら早く終わりそうね」
「そうですね」
「さて、そろそろお昼ご飯にしましょうか」
畑も半分くらい水やりが終わったが体全体の疲労感はまるで感じない。
マリナさん曰く魔法を使うとお腹が減るらしいが、それほど過度な空腹感も感じない。
もうお昼なので、普通にお腹は減っているけれど。死にそうなほどじゃない。
けれど、広い畑を歩く足腰の疲労感はあるし、水を撒く際に右腕を上げっぱなしにしているから右腕も疲れている。
やっぱり魔力は日常で使う分には使いたい放題だけど、持ち前の筋力は少なくて、あまり激しい行動はできない。
疲労を回復させる魔法もあるけど、どうやら属性の関係で私には使えないみたい。
畑の真ん中あたりにあるベンチに腰掛けて、ポケットの中に入っていたサンドイッチを取り出した。
その時気が付いたけれど、水を凄い勢いで出し続けていたせいか、水滴がそこそこ飛び散っていて、結構私自身も濡れていた。
ポケットは違う素材で作られていて防水だったのかサンドイッチは濡れてはいなかったけれど、
それ以外の部位は濡れていて、若干ではあるけれど透けてしまっているようだ。
衣服が白い分簡単に透けてしまう。
「うーん・・・透けちゃってるなぁ・・・」
「そこそこ乾きやすい素材で作られているから、この天気ならお昼ごはんが終わるころには乾くんじゃないかしら」
「だと良いですけど・・・」
「ま、後半の水やりを始めたらまた濡れちゃうけどね」
ケープやスカートである程度守られているとはいえ、その内側が濡れてしまうと大事故が起きる。注意しなければ。
マリナさんの言う通り、サンドイッチを食べ終わるころにはすっかり乾いて、透け感は無くなった。
サンドイッチ自体も美味しくて、降り注ぐ柔らかい太陽の光の中でマリナさんと食べる昼食はとても楽しかった。
・・・畑のど真ん中だから肥料臭いのがちょっと気になったけどね。
後半の水やりも順調だった。
昼食の際、マリナさんに疲労を取ってもらったので、体調は万全だ。魔力が尽きる気配も微塵もない。
暴走体質とは言うものの、放出さえきちんとしていれば、特に辛いことは無い。
元の世界で流行っていたアイドルソングを口ずさみながら綺麗なお花に水をあげるような気分で畑に水を撒いてゆく。
傍から見れば移動式スプリンクラーだけど。
撒いていない区画も残りあと二区画となった頃、
町とは反対方向にある森の方から、けたたましい鳥の声が聞こえた。
カラスでもないし・・・もっと大型の鳥の鳴き声のようだ。
平原とか、森とか、ここら辺は自然が豊かだ。まぁ、人間の生活圏が狭めなのでそういう理由もあるのだろう。
なんてことを思っていたら、マリナさんが駆け寄って来た。
「不味いわよユイちゃん」
「・・・?なんですか?」
「フウオウワシの群れが来たわ」
「・・・フウオウ・・・ワシ・・・?」
なんだろうそれは・・・?
「さっき大きな鳥の声が聞こえたでしょう?」
「はい」
「あれの声の主よ。フウオウワシは大型の鳥で、農作物を荒らす鳥なのよ」
「あれ?ワシって肉食じゃあ・・・?」
・・確かそうだったはず・・・
「フウオウワシは雑食よ。放っておけば個々の作物も根こそぎやられちゃうかもしれないわね・・・」
「えっ!?ど、どうすればいいんですか?」
この大きな畑を根こそぎやっちゃう群れって、相当な数じゃあ・・・
しかも雑食という事は、私たちも餌の内に入るのだろう。
逃げる・・・?でも畑は・・・?
どうすれば・・・?
そんなおろおろする私に、マリナさんは私をはっきりと見据えて言った。
「・・・ユイちゃん・・・あなたが撃退するのよ」