第7話
「っへ〜〜〜!お前、剣士になったのかっ!さすが、7年前に大見得切って出て行っただけのことはあるぜ」
「そうなのよ〜。ディランってすっごいんだからっ!」
リビアとルークが加わり、その場から逃げられなくなったディランは2杯目のコーヒーを飲んでいた。
今は、シャンヌがこの村に来るまでのディランの戦いを話している。「ダー!!」とか「ガーー!!」などという擬音が多いのは、きっと説明が難しいためであろう。それでも、ディラン本人を除く三人は熱心に彼女の話を聞いていた。
(・・・よくそんなに話せるよな)
徐々に薄れ行く空。村のあちらこちらから灯が点る。この村にもまだイーガスというエネルギーは普及してはいないようだった。炎が影を揺らしている。
「もう7年か・・・。変わって無いよね、ここ」
リビアのそんな呟きが聞こえたのは、ディランがコーヒーを飲み終えたところだった。彼女に相槌を打ったのはルーク。
「まぁな。田舎だしな。・・・ま、変わったっちゃあ、お前の体くらいじゃないか?」
言うと、ニヤニヤした笑みを広げ、リビアを見つめる。リビアはぱぁぁと頬を染めた。
「ちょっと!!そんないやらしい言い方しないでよっ!そっちだってサル頭になったじゃないっ!」
「あ!またサルって言ったな!オレはコレが気に入ってんの!!」
お互いに頬を膨らませにらみ合う。ディランはちらりとルークを見て、リビアの意図していることを理解した。ルークは短く刈った髪を赤く染めているのだ。もともと明るい茶色の髪だったが、こうなるともはや『赤毛サル』に見えて仕方が無い。
(サル・・・か。性格も変わって無いな)
未だキーキーと騒いでいる赤毛サルからリビアに視線を移す。7年前よりもずいぶんと大人っぽくなっていた。
すらりと伸びた手足、丸みを帯びた身体、明るい茶色の癖毛。どことなく面影は残してはいるものの、泣き虫だったあの頃のような弱さはどこにもなかった。
(・・・7年か・・・)
小さく息を吐き、手の中の空っぽのカップを見つめる。
(・・・戻ってこなければ良かったかも・・・な)
リビアの細い首に巻かれている赤いスカーフ。それを見た時から、ディランは故郷に帰ってきたことを後悔していた。
(あいつ・・・まだ持ってたのか・・・)
「ディーーーラン!!」
シャンヌの声にディランは我に帰った。知らずにリビアを見つめていたらしい。彼女とばっちり目が合い、ディランは顔を下に背けた。そこにシャンヌが声を掛ける。
「ディラン、どうしたの?」
「・・・別に。部屋に行っていいか?」
誰に聞いているのか、ディラン本人にも分からない。それに答えたのは以外にもリビアだった。
「どっか・・・痛いとか?」
「・・・いや。そんなんじゃない」
彼女から目をそらしたままで、ディランは椅子から立ち上がると二階への階段目指して歩き出した。
「ちょっと〜〜!私の護衛は〜〜?」
「・・・今はそいつらに頼めよ。・・・・ちょっと、一人にさせてくれ」
階段の一番下の段に足をかけ、ディランはシャンヌを振り返る。心配そうに見つめる少女にディランはきっぱりと言った。
「・・・シャンヌ。寝るなら母さんかリビアのとこにしろよ」
「ディラン」
それに反応し、赤髪の男がじろりとディランを睨む。
「それって単にオレがシャンヌちゃんに何かするって言い方じゃないか?」
「・・・違うのか?」
問われ、逆にルークは黙る。
(そこで黙るなよ・・・)
くっと口の端を持ち上げると、ディランは階段を登った。階下からはシャンヌの「ルークっていやらしい〜!」という声とリビアたちの笑い声が聞こえてくる。
「はぁ〜・・・・」
長いため息をつき、階段を上がって左の部屋の扉のノブを回した。
古ぼけた机と椅子。少し開いた窓からは一番星が瞬いているのが見えた。部屋にあるベッドに身を投げ出してみる。ギシっときしんだ音がなんだか懐かしいように感じられた。
(部屋も母さんが掃除しててくれてたんだろうな・・・。ほんとならもっと埃っぽいはずだし・・・)
ごろりと寝返りを打ち、天井を見上げる。そこには一人の剣士の写真が貼られていた。幼い時に兄のロイドからもらったもの。黒い鎧に身を包み、左手に長剣を持っている。
(・・・名前は・・・ロード・・・だったよな・・。ローズ戦争の英雄だった)
兄のロイドはその英雄に憧れていた。それにつられるように、ディランも剣士になりたいと思うようになった。そして、今は二人とも立派な剣士として働いている。
(ロイドは・・・うまくやってるだろうか・・。王の護衛・・・。剣士の最高位か・・・)
「俺には関係ない、か・・・」
目を閉じると、リビアの声が蘇ってくる。「おかえり」と言われて、何故か心が安らぐのを感じていた。
(リビアは・・・まだあのときのを持ってたんだな・・・)
7年前、二人の別れのとき。
べしょべしょに泣くリビアにディランは途方にくれて、首に巻いていたスカーフを手渡した。
「やるよ」そういうと、ディランは出発しようと走り出した。しかし「待ってよ!ディラン!!」という声に、その足は止まる。
「何だよ?」
「・・・あげる」
言うと、リビアは当時長かった髪を縛っていた緑のバンダナをディランに渡した。
「絶対帰って来てね!」
言うと、泣きながら手を振り、ディランが村から見えなくなるまで見送ってくれていた。
(あれから・・・7年・・・か・・・)
キッチンからいい匂いが立ち上ってきた。途端にお腹が空いてくる。今までの懐かしい記憶は全て夕飯の匂いに掻き消され、思わずディランは苦笑していた。
(・・・俺もまだガキだな・・・)
起き上がり、長い前髪をかき上げるのとほぼ同時、
「ディラン!ご飯よ〜!」
というシャンヌのかわいらしい声。
「分かった」
声だけで返事をすると、ディランはマントと長剣とベッドに置くと、自分も階下へと足を運んだ。
その夜はディランの好物が食卓を埋め尽くしていた。