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第5話

「・・・変わって無いな」

 

 マトゥーラに着くと、ディランは開口一番そう呟いた。山に囲まれた静かな農村。時折、ブタや牛の鳴き声が耳に入ってくる。


(・・・懐かしいな)


 赤い屋根のパン屋、青い屋根の果物屋、半分崩れかけている小屋。懐かしげにディランは村をぐるりと見渡した。


「へぇ〜。キレーな所ね。のどかっていうか・・・。ここがディランの故郷なのね」


 言い、シャンヌは村の門をくぐる、そこで立ち止まった。


「早くーー!!ディラン!お家の人に紹介してよっ!」


 手招きをして、ディランをせかす。


(全く・・・。どっちの故郷かわからないな)


 肩をすくめ、ディランも7年ぶりの故郷の土へ足を踏み入れた。

 カラカラと音を立て揺れる風見鶏。赤茶けた土を踏みしめる感触。その何もかもが依然と変わってはいなかった。


(進歩してないな・・・。あのときのままだ)


 少し嬉しいような残念なような感情に囚われる。


「ね。ディラン。あなたのお家はどこ?」


 ディランの右腕を絡め取りながら問うシャンヌ。その大きな愛くるしい瞳はキラキラと輝いていた。


「・・・俺の家は、その角を左だ」


「早くディランのお母さまに会いたいな〜。どんな女性ひとかな〜?楽しみ」


「・・・あまり期待しないほうがいいぞ」


 オリーブやミントの畑を横切り、雑貨屋を左に。その奥には赤い屋根に風見鶏の付いたこじんまりとした家が一軒建っていた。


「ここね?」


 ディランの静止の声を振り切り、シャンヌは嬉しそうに木製の扉をコンコンと軽く叩いた。しばらくして、懐かしい声が返ってくる。


「はぁ〜い」


 扉の鍵を開ける音、そして


「どなた?」


 扉を開け、顔を出した女性はどこかディランに似ていた。長い睫毛に通った鼻筋、薄い唇もディランのものと同じだった。

 その女性は目の前のシャンヌを訝しそうにしばらく見つめてから、後ろに腕を組んで立っている黒髪の長身の男を見つけ、目を見開いた。


「ディラン?!ディランなんでしょ?!」


 扉を開けたまま、息子に走り寄る。その瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。


「7年間、手紙もよこさないんだから!」


「・・・いいだろ。別に」


 ふいと横を向くディラン。母親は以前より少し痩せたようだったが、彼女の美しさはまだ健在だった。


「もう・・・父さんみたいなこと言わないでよ」


 苦笑し、母親はシャンヌに向き直る。


「ディラン、この方は?貴方と・・・その何か関係が・・・?」


 少女はにっこりと微笑むと、ディランの傍に行き腕を絡めた。そのままで口を開く。


「私、ディランの恋人のシャンヌです。よろしく。お母さま」


「ほ・・・本当なの?!ディラン!!」


 シャンヌのからかいに、母親は本気で驚いているようだった。栗色の髪と同色の瞳で、ディランを凝視する。

 ディランは肩をすくめた。


「違うよ。俺はシャンヌに雇われた傭兵だ」


「だろうねー!あんたがそんな器用なこと出来るワケないもんねー!もう!ちょっとびっくりしちゃったじゃないっ!」

 

 胸を撫で下ろし、ケラケラと母親は笑う。その姿を見て、シャンヌは小声でディランに囁いた。


「キレーな人なのに・・・おもしろい方ね」


「だから言っただろ?期待しないほうがいいって」


 隣でシャンヌがクスクスと笑っている。ディランは小さくため息をついた。


(7年前もそうだったな・・・)


 ディランが「傭兵になってやる!」と誓って家を出ようとしたとき、母親にこう言われたのだ。


「そこまでなりたいのなら、もう私は止めない。でも、家を出るからには一人で生きていきなさい。この意味わかるわね?私達はあんたを助けてやるつもりは無いわよ」


 そう言って渡された金貨20枚。この時、母親が少しだけ泣いていたのを覚えている。


「ねぇ、ディラン。リビアちゃんとルーク君には会ったの?」


 笑いすぎて涙を拭っている母親がディランに問うた。ディランは首を左右に振る。


「まだ会ってないのっ?!7年ぶりだって言うのにっ?!なんで?!」


(何でって言われても・・・。今帰ってきたばっかなんだけど・・・)


 驚いたふりをしている母親はディランが何事か言う前に、彼の肩をバンバンと叩いた。


「もう!あんたも素直になんなさいっ!本当は会いたくて仕方がなかったくせにっ!この恥ずかしがりやさんっ!」


「・・・痛いんだけど」


 ディランにギロリと見つめられるが、母親はそれをものともせずに開放されたままになっている家へと入っていった。そして、


「ほら、二人とも入んなさい。リビアちゃんたちはモンスター退治に行ってるから、もう少しで帰ってくるわよ。それまで待ってましょ」


 手招きをし、自分はさっさと奥のリビングへと行ってしまった。


「ちょ・・・母さん!!まったく・・・」


「いーじゃない。別に。久し振りの実家なんでしょ?」


 シャンヌが首を傾けてディランの顔を覗く。ディランは彼女に「まぁな」と小さく呟いた。


「それじゃあ、親孝行しないとねっ!ディラン」


 にっこりと笑い、「おっじゃまっしま〜す」と彼女も元気に家の中に入っていく。


(親孝行・・・・か)


 屋根の上の風見鶏を見つめるディラン。


(それなら、兄貴がやってるよ)


 一つため息をつくと、ディランは懐かしい匂いのする家へと入り、ゆっくりと扉を閉めた。



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