第56話
「うらぁぁあぁっ!!」
ルークの気合いの入った一発で兵士がまた一人地に倒れた。ルークが通ってきた道には兵士たちがごろごろと伸びている。
「シャンヌちゃ〜ん!シャンヌ〜〜!!どこだ〜?」
中庭を走りつつ叫ぶルーク。それがかえって兵士たちの良い目印になっているということに、ルークが気づかないわけではなかったが、こうしないと彼女を見つけられないのもまた事実であった。現に先程ぶちのめす前に兵士に問い質してみたものの「知らない」の一点張りだった。
「シャンヌちゃ〜ん!!どこだ〜〜!!」
雨の音に負けぬよう、声を限りに叫ぶ。右肘を追いついてきた兵士の顔面に繰り出したとき、見慣れた桃色の服に身を包んだ少女と王子のような格好の男が手をつないで走ってきた。
「ルーク!!」
「シャンヌちゃん!」
少女のブロンドの髪も雨でぐっしょりと濡れている。ルークはシャンヌの隣の男に視線を合わせた。それに気づき、彼女は答える。
「ルーク、こちらはランディ=レオ=ゾーグ。私の幼馴染なの」
「初めまして・・・えっとルークさんですね?いろいろお話したいんですが・・・とりあえずここは・・・・」
「ああ!そうだな」
にかっと笑う。いろいろ聞きたいのは山々だったが、今はそれどころではない。小さく頷き合うと、ルークたち三人は再び走り出した。
北の棟の一番上、そこにフォードとリビアがいる。
鳴りやまぬ雷鳴と稲光。
ディランは階段を駆け上がってきた勢いそのままに分厚い扉を蹴り開けた。
「フォーーーーード!!!!」
バンっという音と、ディランの叫びはほぼ同時だった。
暗い部屋の中には両手を前で結ばれたリビアの姿と、フォードの黒い影。
「・・・ディラン・・・」
彼女の呟く声が闇を通してディランにも届いた。フォードはリビアの正面に立っていた。ゆっくりと男は振り向く。
「よぉ。やっぱ来たな、ディラン」
苦笑交じりに彼は言う。
「先に言っとくけど・・・オレ、ネーちゃんには手ぇ出してねぇから」
「黙れ!フォード!!」
すっとディランの眼が細くなった。握っていた剣をフォードへと向ける。
リビアは背筋が寒くなるのを感じていた。今、目の前にいる男はリビアの知っているあのディランではなかった。
(・・・これが・・・<剣士>としての顔・・・)
頭の片隅で思う。
小さく震えているリビアとは対照的にフォードは「やれやれ」と肩をすくめて見せた。そして、リビアを舐めるように見る。
「やっぱ・・・・味見しとくんだったなぁ〜。な?リビアちゃん」
「黙れっ!!」
剣を振り上げ、ディランは飛び出した。雨の滴が光り、床にその跡を残してゆく。
がきっ
いつの間に抜いたのか、フォードの大剣がディランのそれを受け止めた。一瞬火花が散る。にらみ合う二人の男。
「・・・さて。今度こそ決めないとな」
「・・・望むところだ!」
「はぁぁっ!!」
力で剣を押し、フォードは一度ディランから離れるとすかさず左手を前に出した。
「させるかっ!」
瞬時に理解したディランはすかさずフォードとの間合いを詰めた。
ギンッ
金属の交わる音。ディランは刀身で受け流し下から救いあげるように切りつけた。が、それも簡単にフォードに塞がれてしまった。左膝でディランの腹部を蹴りつけると、左手をかざした。
「『爆破魔法』」
「!!」
間一髪のところでディランは身を逸らし、それをよけた。魔法は壁に当たり、辺りに爆煙をまき散らす。それを背に、ディランは片足を軸にし反転すると剣を中段に構え突いた。しかし、それすらもフォードに見破られていた。
「くそっ!」
毒つくディランに対し、フォードはニヤついた笑みを浮かべる。
「どうした?かかって来いよ。本気でやってみろよ、ディラン」
剣ではじかれ、ディランは一旦フォードから離れた。
(・・・・違う)
彼を睨みつけたまま、ディランは内心舌打ちしていた。
(トーナメントの時とは明らかに動きが違う・・・)
伸びた黒髪からぽとりと滴が滴り落ちる。フォードは余裕の笑みで「来いよ」と言わんばかりに手招いた。
それがディランには無性に腹立たしかった。
「くそ・・・!!」
再び剣を振り上げたその時、
「『風陣魔法』」
澄んだ声、そして一陣の風がフォードを包みこんだ。
「うおっ・・・?!なっ・・・・」
フォードの大剣が風に流される。そこにディランが踏み込んだ。
サンッ
一瞬の出来事だった。
ディランの剣がフォードの左腕を傷つけたのと、フォードがリビアに向かい走り出したのは。
「リビア!逃げろっ!!」
「おーっと。待ちなよ、ネーちゃん」
リビアの腕を握り、フォードは言う。
「男と男の勝負に首突っ込むと、イタイ目見るぜ?」
「・・・・殺すなら殺せば?」
気丈にフォードを睨みつけるリビア。フォードはくすりと笑うと彼女の手を見た。手首が縛られていると言うのに、魔法を解き放つとは思ってもいなかった。やはり、ディランが惚れた女だけのことはある。
「強気だよな、リビアちゃんは」
その言葉はリビアではなくディランに投げかけられた。彼女の喉に剣の先が付き付けられているため、ディランには手が出せない。
フォードは再びにやりと笑った。
「お前が惚れるだけあるな」
「うるさいっ!!」
ディランの怒声が部屋に響く。稲光が暗闇の三人を映し出した。
フォードの言葉はリビアの耳にも入っている。ちらりと彼女を見ると、少し恥ずかしいような困惑したような瞳でディランを見つめていた。その視線に耐えきれず、ディランはつと顔をそむける。それを見て、フォードは言った。
「お?なんだよ、お前。まだ告ってもなかったのか?奥手だな」
「・・・・黙れよ」
恥ずかしさに、ぎりっと奥歯を噛む。フォードは楽しそうに続けた。
「キレーなネーちゃん連れて旅してんだからさ。もうとっくにモノにしたのかと思ってたけど・・・なんだ。まだ、か・・・」
言うや、フォードはリビアに向きなおった。首に剣を突き付けたまま、彼女を後ろから抱き締める。首筋に男の息がかかるだけで、リビアは絶叫したいほどの嫌悪を覚えた。
「放してよ!気持ち悪いっ!!」
「いーじゃねーか、あいつに見せつけてやろーぜ?」
「何を?」と言おうとしたリビアの唇に、フォードのそれが触れた。それは口付けというより、彼女の唇を貪っている、と形容した方がいいのかもしれない。
「やめろーーー!!」
「・・・・っ!!」
ディランの悲痛な叫びと、リビアがフォードの足の甲を踏みつけたのはほぼ同時だった。フォードは彼女から唇を離すとディランを見た。ものすごい形相でフォードを睨んでいる。
「なんだよ、まだいたのか?」
「リビアを・・・・放せ」
怒りで掠れる声。リビアはというと、未だ喉元に剣があるため無駄な抵抗はできないでいた。
ディランは剣を持ち直す。
「オレと決着をつけたいんだろ?だったら・・・・そいつを放せ」
「ん〜・・・。どうすっかなぁ〜・・・。このまま連れて逃げるってのもいいなぁ〜なんて思ってるんだけどな」
リビアの身体がひくりと強張った。恐る恐るフォードを見る。彼は面白そうに腕の中のリビアを見つめた。
「な?さっきのキス、良かっただろ?きっとディランよりオレのほうがうまいぜ?」
「死ね。サイテー男」
言うと唾を男の顔に吐きかけた。男は苦笑いを浮かべ、顔を拭う。そして、
ばしっっ
「リビアっ!!」
フォードは彼女の頬を平手打ちした。大きな音と共に彼女は床に叩きつけられる。そのまま、彼女の意識は深い闇へと落ちていった。
「リビア!!」
「っとに・・・・気が強い女だな」
床で伸びている彼女をつま先でつつく。栗色の髪が床に広がっていた。ディランは声を絞り出す。
「フォード!お前・・・・・!!」
「何だよ?これで邪魔はいなくなっただろーが」
とんとんと大剣を肩に担ぎ、フォードは口の端を上げた。
「んじゃ、続きでもやるか?」