第53話
森の中をディランとルークは無言で走っていた。むろん、当てもなくただ走っているのではない。地に残った馬車の轍の後を追っているのだ。
「おいっ、ディラン。やっぱ見えてこねぇぞ。どーするよ?」
走りながらルークは前を行くディランに声を投げかけた。あれ以来、彼は口を開いてはいない。未だ自分を責めているのか、シャンヌの傍にいたルークに対して怒っているのか。ルークはその両方だと思っていた。
「おいっ!ディラン、聞けって!」
ルークはディランの前に回り込み、彼の両肩に手を置くとまっすぐにその深い緑色の瞳を見据えた。
「リビアとシャンヌちゃんが連れ去られたのはお前だけの責任じゃねー!オレが・・・・二日酔いさえしてなかったら・・・ってのもあるし。けど!だからっていつまでもこんな暗い気持ちでいるつもりなのかよっ?!リビアたちを助けたいんなら・・・何か手段を考えなきゃだろ?いつまでも・・・・自分を責めんなよ」
「・・・・うるさいヤツだな」
ついと視線を逸らしたルークにディランはため息をついていた。
「これじゃあ考え事もまとまらない」
「・・・・・・・は?」
ルークは目を丸くして再びディランを見つめた。
「・・・・なん・・・だって?」
「考え中だったんだ」
ディランはそう言うと自分の肩に置かれている手を無造作に払いのけた。轍をじっと見つめ、腕を組む。
「なっ・・・。そんならそう言えよ!オレはてっきり―――」
「パンサーを使うか」
ほとんどルークを無視し、ディランは考えた結果を口に出した。森の奥を見る。そこは薄暗く、空気までもがよどんでいるようだった。
「オレの話も聞けよ。ったく、クールで自己中―――」
「悪かったな。自己中で」
「・・・・・・・」
ため息一つ。ルークはディランが見つめている方に目をやった。
「パンサー、捕まえんのか?」
「この森にパンサーが生息していると聞いたことがある。・・・実際、足跡や爪痕が残ってるから・・・確かだろうな」
『パンサー』とは、このサウス・ファロフォーレストに生息している肉食獣で足の速い動物である。見た目はチーターなのだが、その首と尾は2つずつ。よく城や町の見世物小屋で見かけることはあるが、たいていは特急便を運ぶために飼われている。外見とは似合わず人間によく懐き、その背に乗りたいときは好物の『火トカゲ』を与えると素直に言うことを聞くと言われていた。
「パンサーねぇ・・・。んじゃオレは火トカゲ担当で。んじゃ」
そう言い捨て、ルークはそそくさとその場から離れて行ってしまった。それをディランは恨めしげに見送る。
「全く・・・。面倒くさい役を俺に押しつけやがって・・・」
目の前の太い木の幹に、パンサーの爪の痕が残っている。大きく深いものと、小さなもの。おそらく親子連れなのだろう。
(さて・・・・どうするか・・・。リビアがいればどうにかなったかもな)
自然と彼女のことを考えている自分に気づき、ディランは苦笑した。いつから、こんなにも彼女のことを想っているのか不思議だった。気がつけば、彼女がそばにいて微笑んでくれていた。それが自然だと思っていた。
(・・・・リビア・・・・)
ディランは空を見上げた。晴れ渡っていた空は、いつの間にか灰色の分厚い雲に覆いつくされ、今が昼なのか夕方なのかさえ分からなくなっている。雨が降りそうだった。
カサリ
葉が揺れた。ディランには気配でそれが何なのか分かっていた。すなわち、パンサー。
ゆっくりと二つの顔を持つパンサーがディランに近づいてくる。下手に動けば、パンサーが逃げてしまいかねない。ディランはそのままでそれが近付いてくるまで待っていた。
それはくんくんと鼻をひくつかせて、ディランの匂いを嗅いでいる。どうやら、腰の皮袋に入れている非常食がほしいようだった。
「・・・これか?」
ゆっくりと袋のひもを緩める。中から硬いパンを取り出し、二つの口の中に放り投げた。尻尾を振りながらそれを飲み込むパンサー。その後は、喉を鳴らしディランにすり寄ってきた。
「なんとか・・・・成功したみたいだな」
二つの頭をなでながらほっと胸をなでおろす。ルークの名を叫ぶと、火トカゲを二匹持ったルークが体中に葉をつけて現れた。ディランの傍にいるパンサーを見つけ、にかっと笑う。
「よっしゃ!雨が降り出す前に早く追いつこうぜ!!」