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第50話

「っかぁ〜〜。気持ちいいな〜〜」


 顎まで湯船に浸かり、ルークは目を細めた。ディランはそんな彼をちらりと横目で睨む。

 先程の宿屋でのリビアの攻撃などものともせず、ルークは焦げた赤い頭の上にちょこんとタオルを乗せていた。


「あ〜〜〜・・・・骨まであったまるな」


 ルークの言葉通り、疲れが次第に湯の中に溶け出ていくような気さえする。揺らぐ月を仰ぐ。ここは『エルール一番』という評判の風呂屋だった。しかも露天風呂。視界の端には女風呂への垣根が見える。向こう側にはリビアのほかに、シャンヌとルディアーナがいるはずであった。


「あ〜あ。何で混浴じゃねーのかな」


「お前みたいなのがいるからだろ?」


「だーかーらー!謝っただろ?!」


 先程のことを思い出し、ルークは少し意地悪く笑って言った。


「でも、あんな誰からも見え見えの廊下で、まさかお前があんなこと―――」


「うるさい」


ばっしゃ


 他人に言われると無性に恥ずかしい。ディランはルークに湯を浴びせかけると、彼に背を向けた。くっくとルークは笑う。


「ま、お前が素直になんのがあいつにとってもいいんだけどな」


「なら殺気じみた目で俺を睨むなよ。お前のいる位置がすぐ分かるぞ?」


「だってよ・・・・」


 ルークは頭の上のタオルを取り、それを器用にくるくる回した。


「わかっちゃいるんだけど・・・なんつーか、やっぱムカつくし」


「・・・・どっちなんだよ」


 ため息をつくディラン。ルークは再びタオルを頭に乗せると、きっぱりと言った。


「だからなっ!オレの見えないとこでヤれ」


「何をやるってんだっ!何をっ!!」


 振り向き怒鳴るディランに、ルークは目だけ笑って答えた。


「んなの、決まってるじゃんか。ディランくんのエッチ」


「・・・!!!おまえっ・・・・!!」


 湯船の中の男二人が取っ組み合いを始めたころ、垣根の向こうからかわいらしい声が聞こえてきた。思わず動きを止めて聞き耳を立てる二人。


「きっもちいいね〜。月も星もキレーだし」


「ほんとね。久し振り。こんなに大きな露天風呂」


 湯が蛇口から出る音だけが男風呂を支配していた。ディランはつかんでいたルークの赤毛から手を離す。


「・・・・もうすぐ私のお家・・・なんだよね」


「・・・うん」


 ルディアーナがいる手前、シャンヌはまだ身分を明かしてはいない。そのため、自分のラミア国を『お家』と言ったのだろう。溜め息をこぼし、彼女は呟いた。


「まだ・・・帰りたくないな」


「シャンヌお姉ちゃん、お家嫌いなの?なんで?」


 あどけないルディアーナの声。バシャバシャという音とともに聞こえてくるのは、おそらく彼女がバタ足でもしているか、泳いでいるためであろう。


「私、お家大好きだよ?大好きなパパやママ、おじいちゃんだっているし。大好きなお菓子も

ぬいぐるみもあるし」


「そうね。ルディーちゃんは幸せね」


「うん!」


再び水しぶきを上げ、彼女は泳ぎ始める。それを制することもなく、リビアは隣のシャンヌに話を振った。


「あのね、シャンヌ。あなたにとっては『お家』の方が幸せだと思うんだけど」


「・・・どうして?」


「だって・・・・」


 リビアはここで言葉を濁した。言っていいものかと考えあぐねていると、


「へっくし!」


 ルークのくしゃみがこの場の緊張を吹き飛ばした。彼はディランとの取っ組み合いをやめた後、なぜか垣根にぴたりとくっついて立ち聞きしていたのだ。夜風が直接濡れた肌に当り、少

し寒い。


「ルーク?!聞いてたの?!」


「つーかな、お前らの声、でかいんだって」


 やや大きめの声で話し始めるリビアとルーク。彼は再びくしゃみを一つすると、湯に浸かった。


「シャンヌちゃんとルディーちゃんもいるんだろ?こっちには無口な男しかいねぇから寂しいんだ。そっちに行っていい?」


「来たら殺す!」


 瞬殺されるルークの願望。分かってはいることだけに、彼は小さく肩をすくめて見せただけだった。ディランと目が合う。


「アホ」


「なっ・・・!いきなりそれかよ?!」


 文句を彼にぶつけても、もはやディランは黙ったままだった。仕方なしに、ルークは大きな声を出す。


「シャンヌちゃんはさ、オレたちみたいな生活はできないと思うぜ?疲れてても誰も助けてくれないし、代わりに誰かがやってくれるとは限らない。ちやほやされることもない。ただ平凡な毎日をあの地味〜な村で過ごすんだぜ?たった1日だけならなんとかなるかもしれねーけど・・・」


「でも、私、そういう生活を一度はしてみたいの」


 ディランにはシャンヌの気持ちが分からないではなかった。

 王女として生まれ、小さい頃からそれになるべく毎日教え込まれたのだろう。それを退屈で窮屈なものと感じるかはその当人次第。何の疑問も持たないまま、立派な女王になるものも多いはずである。


「・・・羨ましいな・・・」


「シャンヌちゃんにもさ、<ロード=リッツァー>みたいな男が現れるといいのにな!」


 ルークは頭の後ろで腕を組みながら言った。


「そしたら、連れて逃げてくれるのによ」


「ああ、あの<ローズ戦争>の英雄のことよね?ディランのお兄さんが憧れてる人。ディランもだっけ?」


 リビアに話を振られ、ディランは答えないわけにはいかなくなってしまった。ため息交じりに言葉を吐く。


「俺は・・・・違うよ」


「そうなの?じゃあ、誰?」


 シャンヌの話はもういいのか?と一瞬思ったが、聞きたいのはシャンヌも同じらしかった。


「ディランの憧れてる人聞きたぁ〜い!」


 垣根の向こうできゃっきゃとはしゃいでいる。ちらりとルークに目をやると顎で「言えよ」

と促された。再び小さく息を吐く。


「前に言わなかったか?・・・・兄貴だよ」


「そうだったんだ?お前ら、あんまり仲良くなかったよな」


 ルークの頭の中には、幼いディランと兄のロイドが騎士ごっこをしている光景が浮かんでいた。騎士ごっこという名の一方的な苛めのように見えたが・・・・。


「・・・まぁな。何かにつけて俺をガキ扱いしたからな」


 苦々しく言うディラン。今となってはそれも昔のことだった。


「それで・・・お兄ちゃんを超えてやろうと思ったわけね?」


「<ロード=リッツァー>を目標にするより、身近だろ?具体的な強さも分かるし」


「ああ。確かに半端なかったよ。お前の兄貴」


 ディランとルーク二人を相手にしても、ロイドは強かった。単に年上というだけではない。彼は頭も良かった。


「お前らな、なんでオレに勝てないか教えてやろうか?」


 騎士ごっこでぼこぼこにされていたある日、ロイドはこう言った。


「相手の隙をつかなきゃダメだろ?一定のリズムで剣を出してたって、すぐ見破られる。そっちは二人いるんだ。もっと頭を使え!リビアちゃんをオレがもらっちまうぞ?」


「リビアちゃんはボクと結婚するんだーー!!」


「兄ちゃんになんか渡すかーー!!」


 泣いて喚いたところで、剣の腕が上がるわけではない。ロイドは容赦なく、そんな二人を返り討ちにしていた。リビアが泣いて止めに入るまで。


「懐かしいね」


 リビアも当時のことを思い出したのか、ぽつりと漏らした。


「強くて、頭もよくてかっこよくて。村の女の子たちに大人気だったよね」


「そうなの?私も見たかったなぁ〜」


 心底残念そうに言うシャンヌ。リビアはふふと笑うと、


「ディランのお父さんに逢ったでしょ?あの赤茶の髪で・・・・顔はディランとちょっと似てるかな?もう少しキレーな顔だったようにも思うけど・・・」


「え〜?ディランよりもかっこいいの??ぜーーーーったい見たい!!!」


 垣根の向こうが盛り上がっている。ディランはため息をつくと湯から上がった。


「俺の兄貴に会いたいなら・・・いつか会うと良い。どこかの国で護衛をやってるはずだから。機会があれば・・・・できるだろ」


「ちょっと楽しみになってきた!私の暮らしももしかしてまんざらじゃない?」


「あれ?今頃気づいたの?」


 くすくすと笑うリビア。いつの間にやらシャンヌのもやもやとした気持も晴れたようだった。ルークがリビアたちに何か話しかけているが、ディランはその声を聞きながら露天風呂を後にした。


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