第48話
「リビアーーー!!」
ディランは叫んでいた。と同時にドラゴン達が浸かっている温泉へと自らの身体を投げ出していた。
リビアが巨大なドラゴンに押されてどこかへ運ばれているのは分かっていた。しかも、湯の量が増してきていることも。
ばしゃばしゃと水音を上げながら、リビアが消えたほうへ泳ぐ。どうやら、彼女がいたほうには滝があるようだった。そこに落ちて行ったのだとしたら・・・・。嫌な予感がディランの頭をかすめ過ぎて行く。
(くそっ・・・)
マントははずしているものの、肩当てや剣やらが邪魔してなかなか思うようには進まない。刹那、横からの水流にディランの視界は一転した。
(なんだ?!)
ごぽごぽという水の音。小さな気泡。すぐ目の前を紅い鱗の塊が横切って行く。そのまま潜って進もうかと、ためらっているうちに、さらに波が彼を襲う。ぐるぐる回る視界の中、さらに落ちてゆく感覚を覚えた。
「ディラーーーン!!」
誰かの・・・シャンヌの声が耳に入ってきた。しかし、それはすぐに泡のようにはじけて消える。
(俺は・・・・どうなるんだ?)
頭の隅が妙に冴えていた。
(リビアは大丈夫か?)
こぽこぽという水の音。どこか懐かしい気もする。それがやけに遠くに聞こえた。
しかし、それは突然簡単に打ち砕かれた。
かなり強い衝撃のあと、目の中にオレンジの光が飛び込んできて、ディランは思わず顔をしかめた。
(どこだ・・・?)
思う間もなく、声は頭上からした。
「やぁ、ディランさんもおかえりなさい」
それは灯りを持ったアラークのものだった。
「無事でしたか。やぁ〜良かった良かった」
「ここは・・・?」
眉を寄せつつ、ディランは腰まで浸かっていた温泉から立ち上がった。前髪からぽたりと滴が落ちる。それを無造作にかき上げると、ディランは再び同じ問いを口にした。
「ここは?」
「アトラス山脈の麓ですよ。<温かい滝>で有名な観光地です」
「リビアは?」
「先程、流れて来ましたよ。今はあちらで休んでもらっています」
アラークの指さす方を見ると、リビアは濡れた髪をタオルで拭いていた。ディランの視線に気づき笑顔を見せる。
ドドドド・・・・とディランの後ろで熱い滝が音を立てている。どうやら、ドラゴンたちの温泉はここへつながっていたらしい。あの険しい山を登ったことを思い出し、ディランは苦笑した。
「あんた・・・分かってたんだな?」
「さぁ?なんのことですかな?」
アラークの口調が変わったのをディランが聞き逃すはずもない。ふっと短く息を吐くと、緩くかぶりを振った。
「ドラゴンが源泉に蓋をしてるから、それをどかしたら滝が復活するって、あんた分かってたな?
50年前にドラゴンが飛び交ってたってのは本当かもしれないが、枯れたのはごく最近だろ?前にも似たようなことがあったんじゃないのか?」
「察しがいいようで」
アラークはにこりとした。そして、手の中のバスタオルをディランに渡す。
「まぁ、それはルークさんたちが落ちてきてからのことにしましょう。さ、リビアさんのとこ
に行ってあげてください。勘の良い彼女なら薄々分かってはいるようですがね」
仄かな明かりの下にリビアの少し困惑したような表情が見える。ディランはタオルを首にかけると、暖かい湯から上がった。と、
「うわわわわっ!!」
「きゃあ〜〜〜〜!!」
「いやぁ〜〜〜〜!!」
次々に悲鳴と水しぶきが上がる。振り返るまでもなく、その声はルークたちのものだった。
落ちてきた3人に、アラークは同じように微笑みかける。
「お疲れ様です。ルークさん、シャンヌさん、ルディちゃん」
「え・・・・あ・・・・・」
「ここって・・・・??エルール?」
「あーーー!!ディランお兄ちゃんみーーーっけ!」
ルークとシャンヌが未だ状況を把握できていない中、幼いルディアーナだけがディランの後ろ姿を見つけていた。それにはじかれるように、ルークとシャンヌもずぶ濡れのままで彼を見る。
「あーーー!!ディラン!おめー、何やってんだよ?!」
「先に一人でいっちゃうなんて!私の護衛はぁ〜?!」
口々に文句を言う二人に、ディランは耳をふさいだ。無視を決め込むディランに代わり、アラークが二人を宥める。
「まぁまぁ、話は村に帰ってからにしましょう。今は、ほら、身体を拭きなさい。向こうの馬車でリビアさんも待っていますから」
「リビアもやっぱり落ちてたのか!良かった!!」
「いきなり、ドラゴンさんに突き飛ばされてたもんね。それ見てディランが猛ダッシュでいっ
ちゃうし・・・って泳いでたけど」
「そうそう。それから、お湯がどんどん増えてきて、私たちまで流されちゃったのよね。ルークお兄ちゃん」
「ま、無事で何よりだ、な!ルディー」
ルークに笑いかけられ、ルディアーナは「うん」と元気に頷いた。アラークも微笑む。
「さ、お上がり下さい。そろそろ村でも温泉が湧くはずですよ。ここから村まで温泉を引いて
いるんです。早く帰って祝賀会といきましょう!」
とっぷりと夜は更け、湯気の向こうに月が揺らめいている。
後ろでルークたちの笑い声を聞きながら、ディランは馬車の扉を開けた。