第46話
「リビアの姿も見えなくなっちゃった」
「矢印を書いてくれてるから大丈夫だろ」
元気を取り戻したシャンヌとディランは、少し早足で歩いていた。が、一向に前を行くリビアに追いつけなかった。彼女の残した矢印の方へ曲がる。大きな岩の向こうに、リビアが一瞬ちらりと見えた。
「あ!今、見えなかった?」
「それじゃあ、もうすぐ――」
「ダメーーー!!ルーク!!」
ディランが言いかけたその時、リビアの悲鳴に近い声がディランとシャンヌの耳に届いた。
「ダメ!!やめて!ルーク!!」
悲痛に叫ぶリビア。思わず二人は顔を見合わせていた。
「ディラン!」
「分かってる!走るぞ!」
シャンヌと手をつないだまま走り出すディラン。彼女のペースに合わせているため、なかなかスピードが出ない。おまけにこのでこぼこ道。走りにくくて仕方がなかった。それに苦戦しながらも、なんとか二人はリビアの元へと急ぎ、
「リビア、ダイジョーブ?!」
息を切らしてシャンヌは言った。そして、その光景にシャンヌも、ディランも目を丸くした。
リビアとルークが対峙していた。ルークのそばにはルディアーナ。リビアは左手で小さなレッドドラゴンをかばっていた。
「・・・何があったんだ?」
もっと緊迫した状況かと思い、焦った自分が恨めしかった。ディランは大きく息を吐くと、ルークの元へ行く。
「どうしたんだ?」
「いや、なんかさ。リビアがそれを殺すなって」
『それ』とはつまりレッドドラゴンのこと。ルークは肩をすくめた。
「でもドラゴンだぜ?一応、オレら退治に来たんじゃなかったっけ?」
「『退治』とは言われてはない。源泉を見て来てくれ、と言われたんだ」
「ほら!ね?だからこの子は殺さないで!ケガしてるみたいだし・・・」
リビアは必死にルークを説得している。よく見ると子ドラゴンの尻尾には切り傷のようなものがあった。どこかに引っかけたのか、もしくは人間の罠にでもはまったのか・・・。
「ねぇ、ルーク。この子ならダイジョーブじゃないの?大人しいし・・・」
ディランの背からひょいと顔を覗かせ、シャンヌは言う。ルディアーナも隣で腕を組んで唸っているルークのシャツを引っ張った。
「ねぇ、お兄ちゃん。助けたげようよ。かわいいもん。このドラゴンさん」
「ん〜〜・・・。まぁな。別に害はなさそうだし・・・」
ルークはリビアの後ろで小さく丸まっている子ドラゴンを見下ろした。そして優しく笑いか
ける。
「ごめんな」
子ドラゴンは人間語を理解したのかしていないのか、尻尾を小さく振った。とたんにキュワと悲鳴を上げる。どうやらケガをしていたことをすっかり忘れていたらしい。
「ああ、待って。今治してあげるから。『回復魔法』」
リビアは尻尾の手をかざし魔法を唱えた。淡白い光の後、傷はすっかりふさがり、子ドラゴンはリビアにじゃれつく。
「あはは!元気になったね。かわいい!」
リビアの足元を犬のようにくるくる回る子ドラゴン。と、いきなりリビアのショートパンツの裾を噛んで引っ張った。
「ちょ・・・。どこに連れて行くの?」
ドラゴンに連れられながら、リビアはディランたちを振り返る。
「ねえ!どうしたらいい?!」
「・・・ついて行くしかないだろ?」
「しゃーねーな。リビアは何にでもすぐ好かれちまうからなぁ〜。カメの次はドラゴンかよ」
ディランとルークは渋々だったが、シャンヌとルディアーナはその子ドラゴンの愛くるしい姿にきゃっきゃと騒いでいる。先頭を子ドラゴンとリビア。それに続くディランたち。いつの
間にか木々が生い茂る林の中に入っていた。と言っても、うっそうとした森ではなく、オアシス程度のものだが。
「クワ。きゅ」
ドラゴンはかわいらしく声を発すると、リビアの服を放し、林の中心へと姿を消した。後に残された5人は突然のことにどうすることもできず、しばし呆然と立ち尽くす。
「・・・で?」
「ついてこいってことか?」
「木があるってことは、近くに水があるはずよね?」
「それじゃあ、ドラゴンさん・・・・いるのかな?」
シャンヌの言葉に誰かが息をのんだ。辺りはすっかり暗くなっている。ディランはドラゴンが消えた辺りを見ようとしたが、真っ暗で何も分からなかった。
「リビア」
「なに?」
いきなりディランに名を呼ばれ、どきりとするリビア。ディランは彼女の様子に全く気付い
た様子はなく、先を続けた。
「明かり・・・って魔法で出せるのか?」
「あぁ。そんなこと?任せてよ。あの子が行った辺りを照らせばいいのね?」
「ああ。頼む」
リビアは「分かった」と笑うと口の中で魔法を唱える。ディランに何を期待していたのだろうか。心臓が高鳴った自分が妙に恥ずかしかった。
「『光球魔法』」
右手に生まれ出た光の球を、下投げの要領でドラゴンが消えた辺りに投げ入れる。光はゆっくりと放物線を描き、ディランが見たかったものを照らしてくれた。それは――
「・・・・レッドドラゴンの・・・親」
ディランの掠れた呟きは、生ぬるい風に乗ってどこかへ流れて行ってしまった。