第44話
「ねぇ〜え。ディラン。ちょっと休まない?」
シャンヌの声にディランは立ち止った。いつの間にかディランの少し後ろをついてきていた。ルークとルディアーナの二人はまだ元気に先頭をピクニック気分で歩いている。リビアはシャンヌの後ろからゆっくり来ていた。
「まだ歩き始めて1時間くらいしか経ってないぞ?これから何がでてくるか分からないのに・・・もう休むのか?」
「休もうよぉ〜!」
シャンヌは口をとがらせると、近くの大きな岩の上にちょこんと腰かけた。
「体力の回復も大切でしょ?傭兵様」
「・・・分かったよ」
ディランはルークたちにも声をかけ、シャンヌの座っている岩の傍にみな腰をおろした。
「しっかしあっちーな。マジで」
「ほんと。体中べたべた」
言いながら、リビアは首に巻いていたバンダナをほどき、髪を束ねる。露わになる白い首筋。ディランはしばらくリビアを見つめていたが、不意にルディアーナの行動が目に付いた。ルークもそれに気づく。
「ルディー。何してんだ?」
声をかけると、少女は岩場に咲く大きな花をしげしげと眺めていた。
「ここら辺じゃ珍しくないんだろ?」
そう問うディランに、しかしルディアーナは首を左右に振る。
「ううん。こんなお花見たことないよ」
「なに?!」
ディランが声を発するのと、少女がその花に手を伸ばすのはほとんど同時だった。瞬間、大
きな真紅の花びらがざわつき、つぼみが膨らむ。
「あぶねぇ!!」
ルークは素早くルディアーナを抱き上げた。そのすぐ後に、つぼみから出てきた青色の液体が彼女がいた地面を溶かす。
「何だ?!こりゃ?!」
「マーダーグラスの・・・一種か・・?」
呟きディランはすらりと剣を抜いた。刃が太陽の光に反射し、虹の光を放つ。
いつの間にか、その巨大な花は器用に短い根で歩いていた。左右の葉がうようよとうごめく。
ディランは左手でシャンヌをかばいつつ、それに近づいて行った。つぼみから液体が飛んでくる。ディランは小さく舌打ちした。
「・・・面倒だな。毒を吐くらしい」
「見たまんまね」
くすりと笑い、リビアはディランの隣に立つ。
「でも草系だし・・・切るのが一番有効・・・かな?」
「あとは魔法だな」
リビアに視線を送ると、彼女は形の良い唇を上げた。
「任せてよ。剣士様」
ウィンクひとつ、リビアは魔法を唱え始める。
「『火炎魔法』」
ぼぼぼっ・・・
炎の鞭がマーダーグラスの目の前に打ち付けられた。それに驚き、巨大な花は少しパニックに陥る。
「今っ!」
その声にまずディランが動いた。
「はっ!」
掛声とともに、それの葉を切り落とす。ぎゃっという悲鳴にも似た声を出し、それは再び毒を吐き出そうとつぼみをふくらます。
「させるかよっ!」
ルディアーナをシャンヌに預け、ルークはつぼみに向かって拳を叩きこもうとした。が、しかし、
「な・・・なにっ?!」
その攻撃はもう片方の葉にふさがれる。そのルークめがけて、つぼみは毒を吐きだした。
「ルークお兄ちゃん!」
「『風陣魔法!!』」
間一髪、リビアの魔法がルークの身体をまとい、毒を風で吹き消した。花は舌打ちでもするかのように、リビアをじろりと見た。
「ルーク、離れて!」
リビアの声と同時、ルークは即座に左によける。そこをリビアの放ったブーメランが通り過
ぎる。それを追う形でディランも続き、
サンっ
ブーメランがもう片方の葉を切り落とした。そして、ディランの刃が閃く。
ザンっ
「ぃぃ・・・んん・・・・」
人間の顔よりも巨大な花が二つに立ち割れた。とたんにどろりと溢れ出す猛毒。地面に落ちると、異臭と共にそれを溶かしていく。しかし、尚もそれはディランに襲いかかってきた。残ったつぼみが再び膨らむ。
「ディラン!!」
どごっ
シャンヌの悲痛な声と、ルークの繰り出した拳はほぼ同時だった。根本をルークによって砕かれたマーダーグラスはぐらりと大きく右に傾いた。そこをディランの剣が舞う。
十字に切られたそれはどす黒い液体を垂れ流しながら、土へと還っていった。