第43話
「ねぇねぇ。ルークお兄ちゃんはどうして武器持ってないの?」
「うん?それはねぇ、お兄ちゃんの武器はこの拳だからだよぉ」
「へぇ〜!すっごいねぇ!!」
瞳をきらきらさせ、ルディアーナは隣を歩くルークを見上げた。
「ルディーが危なくなったら助けてね。お兄ちゃん」
「おうよっ!任せなさい!」
後方から聞こえてくる、まるで緊張感のない会話にディランは呆れていた。
(まるでハイキングだな。ま、女・子供がいたらそうもなるか・・・)
陽は真上からやや傾いてきてはいる。しかし、昼過ぎなのでその暑さは半端なかった。
どうして、ルディアーナという子供が付いてくることになったのか。話はアラークの家での
出来事まで遡る。
ディランがリビアやシャンヌとじゃれあっていた時、アラークがこう告げてきた。
「それでは、皆さん。村長にお会いしてくださいませんか?」
ドラゴン退治を引き受けたことを、村長に報告しに行かねばならないというのだ。そして、その報酬についても。
ディランたちは村の中心から少し離れたこじんまりした家に連れて行かれた。リビアが扉を叩いた時は全く音沙汰がなかったこの家も、なぜかアラークが叩くと中の住人はすぐに顔を出した。白い髭を蓄えたウィーガン=イエローストーン村長とその孫のルディアーナ。
広くはない応接間に通され、ディランたちは事の経過をかいつまんで話した。ウィーガン村長はそれを聞くと大層喜んで、「これでこの村も復活じゃ!いや、めでたい」と髭を揺らした。
「アトラス山脈へはアラークの家の右側の道から行ける。途中、お前さんがたが見たこともないようなモンスターに出会うやもしれん。くれぐれも気を付けてくだされ。お前さんがたが無事に帰って、温泉が復活したその暁には、わしらに出来得る限りの褒美をとらせよう」
『褒美』の言葉に4人が喜んでいると、今まで大人しく話を聞いていたルディアーナが突然口を開いた。
「あたしも温泉の源泉に行きたい!」
「なっ・・・何を言っておるのじゃ!」
村長は慌てた様子で孫を自分の膝に抱き上げ、諭すように言った。
「ルディー。これはピクニックじゃないんじゃ。ディランさんたちの足手まといにもなる。お前はうちでいい子に――」
「いやっ!!おじいちゃま。あたし、お兄ちゃんたちと一緒にアトラス山脈に行きたいの!ドラゴンさん見たいの!!」
年の頃は10歳前後といったところだろうか。栗色の髪を肩まで揃え、ゆったりとした服に身を包んでいる。大きな赤茶色の瞳は、目の前の祖父をしっかりと見つめていた。
「このお兄ちゃんたちなら絶対に生きて帰って来られるもん!あたし、わかるもん!」
「いや、しかし・・・・」
尚も渋るウィーガン。ルディアーナは祖父の膝からトンと降りると、まっすぐにルークの元へと行った。そして、彼のシャツの裾をひっぱる。
「ね?ルディーも一緒に行っていいよね?」
「あ〜・・・う〜ん・・・・どうかなぁ〜?」
言いつつ、ルークはディランを困った表情で見た。ディランはそれに肩をすくめて見せる。
「たまには自分で考えたらどうだ?」
「んなこと言ったってよぉ〜。どんなトコかもわかんね〜とこに、連れて行くのもなぁ〜・・・」
「え〜〜?!」
ルークの言葉に、アラークとウィーガンはうんうんと大きく頷き、ルディアーナは頬を膨らます。ちらりとそのウィーガンを見ると、『孫を行かせてはならん!!』と、目が物語っていた。
「ねぇ、お兄ちゃん。連れてってよ。ルディーいい子にしてるから!」
「あ〜〜・・・う〜〜・・・。よしっ!わかった。オレがちゃ〜〜んと面倒見てやる!」
「やった〜!!」
『ルーク!!』
『ルークさん!!』
幼い子供の喜ぶ声と、ディランら3人、そして村長らの声は見事にハモった。さらに、そのルークに非難の声が雨のように降り注ぐ。
「こんなちっちゃい子を連れていく気?!どんなに危険か分からないんだよ?」
「シャンヌだけでも十分足手まといなのに、これ以上俺の負担を増やさないでくれ」
「あなたにわしの可愛いルディーを任せられんっ!」
「ルークさん、自棄はいかんぞ!自棄はっ!」
「ちょいちょい。んな、いっぺんに話すなよ」
両耳を塞ぎ、眉間に皺をよせルークは彼らを落ち着かせた。
「ダイジョブって。なんとかするから」
右手をパタパタと振り、「な?」と傍らのルディアーナを見やる。彼女は元気よく「うん」と答え―――かくて今現在に至る―――。
「ルークお兄ちゃんがルディーを守ってくれるんだよねっ?」
「おうっ!オレは強いからな!あっちのロン毛の兄ちゃんより強いぞ!」
「へぇ〜!すご〜〜い!!」
「・・・・言ってろ」
ぼそりと呟いたディランの声は横を歩くシャンヌの耳に入った。彼女はくすくすと笑う。
「ルークには悪いけど・・・やっぱりディランのほうが強いんでしょ?」
「さあな」
ディランは口の端を上げた。
「あいつが本気で喧嘩を売ってきたら・・・どうなるかはわからない。ま、剣では負ける気はしないけどな」
「へぇ〜。ルークも結構強いんだ」
「そういうことだな」
ディランの友達を思う気持ちに、シャンヌは胸の中が暖かくなるのを感じた。信頼しているからこそ、共に戦えるのだと、改めて気付かされる。
「ねぇ。じゃあ、どっちのお姉ちゃんがルーク兄ちゃんの彼女?」
「うん?そりゃあもちろん、二人ともだよ」
「え〜?!じゃあ、ルディーは?ルディーは?」
「もちろん、ルディーちゃんも大好きだよ」
「やった〜!」
ルークと幼い少女の会話。その遥か後方からかすかな殺気が漂ってくる。隣を歩くシャンヌの表情も険しかった。
「・・・ルディーがいなかったら・・・ルーク、リビアに殺されてない?」
「・・・だろうな。凄い殺気だ」
そんな事とはつゆ知らず、4人とお荷物はゆっくりとアトラス山脈の温泉源へと歩を進めて行った。