第41話
「まぁ、お茶でもどうぞ」
中年の男―アラークと名乗った―は、古ぼけたソファに座るディランたちにお茶を出してきた。濁った茶色い液体。シャンヌは湯気の立っているカップを手に持つと、そっとその匂いを嗅ぎ――静かに元に戻した。
「ディランさん・・・とおっしゃいましたね」
アラーク自身もソファに座ると、カップを口に運んだ。一口すすり、そしてなぜか眉を寄せる。
「・・・・この茶は・・・・まずいな」
「ぶっ!!」
ルークは飲みかけていた液体を噴き出した。リビアとシャンヌがそれぞれ「汚〜い!」と騒ぐが、そんなことは知ったことではない。
「そんな茶をオレらに勧めんなよっ!」
「いや、でも、まぁ。なんだ」
アラークは茶菓子に手を伸ばした。茶色く丸い物体をつまむと、口の中に放り込む。
「ほぉんしぇんのほぉほぉをしぇりちゃいんだほ?」
「食ってから言え」
冷やかなルークの声。アラークはしばらく口を動かしていたが、やっとのことでそれを飲み込むと、
「温泉のことを知りたいんだろ?」
「別に」
そっけなく答えたディランの脇に、リビアの肘鉄が飛んできた。小さく呻き、ディランは「そうだ」と答えなおす。
「何か訳があるんだろ?村人たちが隠れていたのにも」
「・・・そうなんです」
大きくため息をつき、アラークはまた茶菓子に手を伸ばし――
「これはダメっ!」
ブロンドの少女に取り上げられた。悲しそうな顔をする中年の男、アラーク。再びため息をつくと、ぽつりぽつりと話しだした。
「昔は・・・・ここは有名な温泉地じゃった。どこからでも温泉が湧き、村人はそれを利用して作物を育てたり、エルール名物のまんじゅうを作ったり・・・。それはもう活気に満ち溢れていたんじゃ」
「・・・おっさん、口調が・・・」
「ルーク、静かにっ!」
ルークの言葉はアラークには聞こえなかったのか、彼は先を続ける。
「しかし、いつの頃からか、わしらの命とも言える温泉が出なくなってしもうたんじゃ!これじゃあ、農作物も育たない!温泉まんじゅうもつくれないっ!お客さんも来ない!可愛い女の子の裸も見れないっ!!」
「・・・・犯罪じゃねーか・・・」
ぽつりとこぼすルーク。アラークの眉がひくりと動いた。そして、ゆらりとルークを見る。
「お主には女子の裸を見たいという男のロマンがわからんのか?!」
「だーかーらー!!こっそり見たら犯罪だろーがっ!!こういう時は、堂々と真正面から――」
「どっちも十分犯罪よっ!!ばかっ!」
リビアに後頭部をはたかれ、ルークもアラークも机に突っ伏した。それを見て、ディランとシャンヌが深いため息をこぼす。
「アラークさんも!ふざけてないでっ!!しっかりしてください!!」
「気の強い女子じゃぁ・・・。わしの好――」
「とにかくっ!」
ばんっと音をたて、リビアは机に両手をついた。そして、きっとアラークを睨む。
「話を進めないと帰りますよ?!」
「う・・・うむ。分かった」
アラークはこくこくと首を縦に振り、カップを口に運ぶ。そして、一言。
「まずい」
生暖かい風が壊れた窓を通して部屋にまで入ってくる。
誰かがゆっくりとソファから立ち上がった。
「んじゃ、これで」
「行くか」
「アラークさん、ばいばーい」
「あいよ、待たれいっ!!」
はっしと手を掴まれたルーク。彼はあからさまに嫌な顔をした。
「あのな、オレら結構忙しいんだよね。単なる愚痴とかなら他のやつにしてくんねーかな?じゃないと、オレら暴れるよ?」
パキパキと指を鳴らし、ルークはディランら3人を見渡した。彼らもゆっくりと頷く。もはや誰もアラークの話には興味はないようだった。
男はやっとこの状況を飲み込んだのか、ひくひくと愛想笑いを浮かべ、
「い・・・イヤだなぁ。ジョークですよ。ジョーク」
脂汗を浮かべ、へらへらと笑う。
「ほら、ルークさん。そんな怖い顔なさらずに・・・。ああっ!リビアさんもそのブーメランはなんですかっ!あっ!ディランさん、こんな部屋の中で剣なんかを抜いちゃ危ないですって!ほら、シャンヌさんもみなさんを止めて!」
アラークにそう言われ、シャンヌは大きくため息をついた。
そして、ぴっと人差し指でおろおろしている男を指し、
「・・・・殺っちゃえ」
アラークの顔から、すーっと血の気が引いて行った。シャンヌの号令で、ディランたちがずいっと男に迫る。
「えっ?!わっ・・・やっ・・・あーーーーーー!!!!」
アラークの悲鳴は、誰もいない屋敷に響き渡った。
明けましておめでとうございます。
2009年もよろしくお願いいたします。
更新がゆっくりめですが・・・・気長に待っていてください。