第39話
赤茶けた山々。ごつごつした岩肌。山と同じ色の屋根。
村のあちらこちらからは温泉の湯気がもうもうと出ている―――はずだった。
ディランたち4人は<エルール>の入口で呆然と立ち尽くしていた。
『温泉地ニノーレへようこそ!!』というさびれた看板。もともとは<エルール>という文字であったのだろうが、風雨でペンキが剥がれ落ちてしまっている。もはやここがどこだか、あの看板からは分からなくなっていた。
無数にある煙突からは何の煙も湯気も出てはいない。入口そばにある、旅人の疲れを癒す『足湯』も干からびていた。
「なんだぁ?!」
頓狂な声を上げ、ルークはその足湯を覗くとディランを振り返った。
「おいおい、マジかよっ?!なんだよ、これ!」
「・・・俺が知るかよ」
肩をすくめて見せるディラン。その彼の代わりに、リビアが首筋の汗をタオルで拭きつつ、答えた。
「とりあえずさ。村の人を探さない?もう温泉やってないのかもしれないし・・・」
「ええ〜〜〜?!せっかくここまで来たのにぃ〜?温泉に入れなかったらショック〜!」
頬を膨らますシャンヌ。干からびている足湯をルークと共に覗く。
「ほら、ルークもシャンヌも行くよ」
門の向こうでリビアは二人を促した。ディランに命令しないのは言わなくても大丈夫と思ってのことだろう。
(・・・・また厄介なことに巻き込まれそうだな・・・)
溜め息を一つつき、ディランもルークたちに続き門をくぐる。リビアがルークになにやら指示を出しているのを、ディランはぼんやりと見つめていた。
(昔と・・・変ってないな、あいつ)
言いだしたらきかないタイプだった。自分が納得するまで、彼女はとことん調べる。幼いころ、よく彼女から質問攻めにあい、その度に『知らないよ』と答えていた自分がいた。
「ディ〜ラン!」
懐かしさに遠くを見ていたディランは、シャンヌの声で我に帰った。気付けば、目の前には青い瞳の少女がディランを見上げている。
「村の人、みんな家の中にいるみたいなの。でね、リビアが一軒ずつ確かめてみようって・・・。それで・・・ちょっと怖いから一緒に回ってくれる?」
上目遣いでディランにお願いをするシャンヌ。ルークならすかさず「任せなさい!」と胸を張るところだが、ディランは少し肩をすくめて見せただけだった。
「仕方ないな」
リビアとルークはそれぞれ、近くの家の扉を叩いて回っている。しかし、どこも返事はないようだった。ディランを振り向き、首を左右に振る。
「どうしたのかな?みんな・・・」
「何かすっげーやばい気がしねぇか?」
リビアとルークはディランのもとに駆け寄ると、開口一番にそう言った。ディランはそれを否定する。
「ここが村外れだからかもしれない。もうちょっと中心に行ってみよう。そこの一番でかい家の人なら・・・何か知ってるかもしれない」
頷く3人。シャンヌは言い知れぬ恐怖からかディランの太い腕にくっついていた。そのブロンドの頭をルークはぽんぽんと叩く。
「ダイジョーブって。シャンヌちゃんにはつよぉ〜い護衛が3人もいるんだからよ」
「そうよ。何も心配しなくていいのよ」
にっこりと微笑みかけられ、シャンヌは小さくこくりと頷いた。
ところどころに見慣れぬ草花が咲いている。畑の様子や、道の状態から見ても、この村に人がいないわけではなさそうだった。
広場――と、言ってもどこかの街のような豪華な噴水や銅像などはない。ただの開けた場所に出ると、この村で一番大きな屋敷がすぐ目の前にあった。そこから左右に伸びる細い道。一方は山の頂上へ。もう一方はおそらく麓へと伸びているのだろう。
「・・・誰もいねぇ感じじゃねぇ?」
ルークがこう呟くのも無理はない。
その屋敷の扉の周りは雑草が生え放題。窓枠には奇妙な蔦が絡みついているものや、窓が外れてゆらゆらと揺れているもの、ガラスが割れてそのままになっているものなど、およそ人が住んではいないだろうと思わせるには十分なものばかりであった。
「・・・確かめてみよ」
言うやリビアは古ぼけた木の扉を軽く叩いた。
「すみませ〜ん。旅の者ですが、ちょっとお尋ねしたいことがあるんです。どなたかいらっしゃいませんか?温泉のことをお聞きしたいんですけれど」
澄んだ声が静かな村に響き渡る。しかし、答える者は誰もいなかった。
「やっぱり、この家、だぁ〜れもいないんじゃない?」
「・・・そう・・・かも・・・」
シャンヌの言葉に、リビアは渋々頷く。そして、彼女らが扉の前から離れた、その時
かちゃり キィ・・・・
鍵の外れる音と、扉を開ける音がした。それはゆっくりとリビアたちのほうへ開いていく。そして中から現れたのは、生気を失っているような顔の青い中年男性だった。