第3話
デリー王はディランのために国一番の宿屋を予約しておいてくれていた。ディランが思わず「すごい」と洩らしたほど、その部屋は豪華だった。
両手・両足を大の字にして伸ばしてもまだ足りるベッド。キラキラと光るシャワー付きバス。しかもこの国には珍しいテレビや電話までもあった。
(・・・ここに一人で寝るのは・・・なんかイヤだな)
どうせなら、かわいい彼女とでも泊まりたいところだが、ディランには今のところ『彼女』と呼べるような女性はいない。
(学校も男ばっかだったしな・・・)
泡の出る風呂に首までつかりながらライトアップされた天井を見上げる。完全な寮生活で、女っ気が全く無かった頃を思い出し、ディランは口の端を少し持ち上げた。
「・・・彼女か・・・」
口に出して言ってみると、妙に恥ずかしい。一瞬浮かんだ懐かしい顔を、ディランは風呂に頭まで漬かることで拭い去った。
(・・・傭兵は恋なんてしてはいけない)
ザバッと湯船から上がると、タオルを首にかけ、少しぬるくなった瓶ビールを煽った。
その夜、ディランは久し振りに懐かしい故郷の夢を見た。
―リーン リーン リーン・・・・
ベッドサイドの電話が鳴っている。布団から右手を出し、受話器を探す。
「・・・はい」
眠たげな声で答えると、相手はこう告げた。
「おはようございます。ディラン殿。よくお休みになられましたでしょうか?」
「・・・じゃあ、まだ寝かせてくれ」
「・・・」
ディランの最もな意見に電話の向こう―デリー王の家来は思わず沈黙した。
「あ・・・それは、そうなんですが・・。デリー王がお呼びです。朝食後、こちらにいらしてください」
「分かってる。すぐ行く」
チンと受話器を元に戻し、ディランは大きく伸びをした。
(よく寝たな)
服装を整え、顔を洗うといつものようにバンダナを頭につける。明るい日差しが差し込む窓からは城が見えていた。
「行くとするか」
腰に剣を差し、用意されていた朝食もコーヒーしか手をつけずに、ディランは城に足を運んだ。
門番に名を言うと、すぐに王の間へと通された。どうやら、シャンヌの護衛だという情報はすでに行き届いているらしく、その対応は素晴らしく早かった。
昨日と同じ王の間の扉がディランの目の前でゆっくりと開かれていき――
「ダメーーーー!!絶対ダメっ!!」
シャンヌのバカでかい声は、扉を開けた兵士とディランの耳に嫌でも入ってきた。
「私とディランで行くのーーー!!二人っきりがいいのーーーー!!!」
「しかし、シャンヌ様!ディランという男は何者か全く分からぬ者ですぞ?!万一、シャンヌ様の身に何かあったとしたら――」
「どういう意味だ?それは?」
王座の前で言い合いをしていたシャンヌと大臣らしき人物がディランの声に驚いて振り返った。扉がゆっくりと閉められていく。
ディランは驚いて、口をあんぐりと開けている大臣に向かって意地悪く言い放った。
「俺がこいつに何かするとでも?」
「なっ・・・・何かするっ・・・だとっ?!ぶっ・・・無礼なっ!!」
憤慨する大臣。ディランに何か言ってやろうと口を開けたり閉めたりしている。
「まぁまぁ、大臣。落ち着いてよ。私はダイジョーブだから。一人で行かせて。ねっ?」
大臣を宥め、落ち着かせるシャンヌ。大臣はちらりとディランを見て、大きくため息をついた。
「・・・シャンヌ様。やはり二人きりでは危険すぎます。第一、若い男と女が二人きりで旅などとっ!!!私が行けば何の問題もありませんっ!!」
「おい。俺がそいつに・・・・・」
「ダメーーーーーー!!!!」
ディランが文句を言うより早く、シャンヌは絶叫した。咄嗟にディランも大臣も耳を手で塞ぐ。
「私とディランとで行くのーーー!!!ぜーーーーったいに誰もついて来ないでーーー!!!ついて来ちゃダメーーーー!!!!」
首をぶんぶんと大きく振る。大きなリボンが頭が揺れるたびにゆさゆさと揺れていた。大臣は耳から手を放すと、負けじと大きな声で言い返す。
「なぜです?!どうしてなんですか?!シャンヌ様!!貴女の身を案じているのですぞ!!!」
「イヤなのーーー!!!ディランとでなきゃイヤーーー!!ジジイとなんて行きたくなーーーーい!!!」
(・・・なるほどな)
ディランにはシャンヌが一人で行きたい理由がなんとなく分かった気がした。大臣を盗み見ると『ジジイ』と呼ばれてよほどショックなのか、顔色が白くなっている。
「ジジイとはなんですっ!ジジイとはっ!!これでも昔は立派な戦士だったんですぞ!!それにまだ54ですっ!!」
「立派にもうジジイよーーー!!隠居してなさーーーい!!」
大臣とシャンヌの言い合いは続く。王がこの場にいないのがせめてもの救いだった。
「私がお供いたしますっ!!」
「イヤだったらイヤ!!」
「いいえ!私は参りますっ!!」
「ぜーーーったいに死んでもついて来ないで!!」
(死んだらついて来れないんじゃ・・・?)
ディランは内心で突っ込みながらも、静かに二人のやり取りを聞いていたのだが、そろそろ限界も近かった。
「私がお供いたしますっ!!」
「イヤって言ってるでしょーー!!」
「いい加減にしろっ!!」
意外なところから上がった声に、シャンヌも大臣も驚きで固まった。声を出した本人のディランは二人を交互に見つめつつ、静かに後を続ける。
「・・・俺は傭兵だ。デリー王からシャンヌの護衛を頼まれた。あんたが俺をどう思おうと勝手だが、シャンヌの身は絶対守ると誓う」
「・・・・かっこいい」
ぽつりと漏れるシャンヌの言葉をディランは軽く聞き流していた。大臣は「・・・そうか」と呟くと、シャンヌに向き直る。
「シャンヌ様、どうかお気をつけて。あまり羽目ををお外しにならないようにしてくださいね」
言うと、彼女の両手をがっしりと握り締める。
「もう、大袈裟なんだから、大臣は」
軽く笑うと、シャンヌはとことこと鮮やかな深紅のドレスを翻し、ディランの目の前にやって来た。そして、開口一番、
「行きましょ」
「・・・・は?」
思わず、間の抜けた声を出す。シャンヌは大きな瞳を二、三回瞬きし、
「早く行きましょ。ラミア国に」
「ちょ・・・ちょっと待て」
ディランの腕を引っ張る彼女に、ディランはたまらず待ったをかけた。
「・・・あんた、それ着ていく気か?」
「そうよ。ダメ?」
小首を傾げる少女に、ディランは額に手を当てて、ため息をついた。どこの世界に足首までのドレスを着て旅をするバカが居るだろうか。それこそ、盗賊に襲ってくれと言っているようなものである。
「なんか、動きやすい服とか無いのか?それか、普通の女の子が着てるような服とか・・・」
「・・・分かった。ちょっと待ってて」
ドレスを手で持ち上げながら、シャンヌは扉からどこかへ消えていった。ディランのため息が一際大きく部屋に響く。
「あの・・・」
大臣がおずおずとディランに声を掛けてきた。
「シャンヌ様のこと、どうぞよろしくお願いいたします」
「・・・心配しなくても大丈夫だ。約束は必ず守る。それが傭兵だ」
大臣は深々と礼をすると、シャンヌが消えた扉に向かって歩き出した。それと入れ替えに少女が走ってくる。
「ねぇ、ディラン。これでどうかな?」
くるりと回転して見せた服装は、先程のドレスをワンピースにしたようなフリルのついたかわいらしいものだった。ディランの言いつけを守り、ちゃんとヒールのない靴に履き替えている。
(こんなところかな。裕福な街娘って感じかな)
「良いんじゃないか?」
ディランの一言に、シャンヌは顔を輝かせ彼に走り寄る。そして、そのままするりと自分の腕をディランの腕に通し、言った。
「さ。行きましょ。私の『騎士様』」