第38話
いきなり味方3匹を倒された残りのゴブリンたちは、もうほとんど戦意を喪失していた。
ザンっ
やけに澄んだ音と共に、一匹のゴブリンの首が地へと落ちる。首から大量の鮮血を流しつつ、身体はゆっくりと後ろへと倒れていった。
「にゃろっ!」
ルークは走ると、ディランの近くにいた斧を持つゴブリンの顔面と鳩尾にそれぞれ拳を入れた。斧が乾いた地面に軽快な音を立てて落ちる。
「ぐっ・・・」
腹を押さえ、前のめりになったそこを、ルークは見逃すはずもない。
「おりゃっ!」
思いきり振りおろした右足は、ゴブリンの背にまともに入った。ばきっという何かが折れる音。崩れ落ちたそれに、ルークは迷わず止めを刺した。
「おがっっ!!」
仲間の死をものともせず、迫ってくるゴブリン1匹。対するは手にブーメランを持ったリビア。彼女は相手の動きをよく見て、ブーメランを投げた。それは弧を描き、迫るゴブリンの後頭部に見事に命中した。
ごがっという鈍い音。そして、地面に伏すゴブリン。
リビアはそれを一瞥し、
「もういいよね。動けないんだし」
ブーメランをショートパンツの背中に差し込み、くるりをそれから背を向けた。その瞬間、それが動いた。どこに隠し持っていたのか、手に毒矢を持ち、彼女めがけて投げつけてきた。
「リビアっ!」
ディランは叫ぶことしかできなかった。助けようにも彼女と距離がありすぎる。しかし、叫んだと同時に駈け出していたのは事実であった。
「えっ・・・」
ディランの声に、リビアは倒れたままのゴブリンを振り返り――次の瞬間には視界が反転していた。
「あうっ・・・」
背中を地面に打ち付け、一瞬息が出来ない苦しさから悲鳴を上げる。そして、リビアは自分に起こったことをやっと理解していた。彼女の上にはルークが覆いかぶさっていた。
「ルーク・・・」
「てんめー!よくもオレの可愛いリビアを狙いやがったな!!!」
ルークはリビアの戦いを常に視界の端で見ていた。そのため、彼女が止めを刺さなかったこ
とも知っていた。ゴブリンに気づかれないように徐々にリビアに近づいて行ったのが功を奏し
た。
毒の矢は覆いかぶさったルークのすぐ耳元を音をたてて過ぎ、ひび割れた岩の間に突き刺さっていた。
起き上ったルークはリビアには目もくれず、未だ伏したままでいるゴブリンへと走り寄り、
「死にやがれっ!」
なにかがぐしゃっと潰れる音。それにルークは冷たい視線を落したまま、吐き捨てるように言った。
「ざまぁみろだぜ」
大きく息を吐気出すと、ルークはくるりと後ろを向いた。そして、地面にまだ寝そべった形になっているリビアに手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「うん。ありがと。助かった」
「なぁ〜に。愛する女性を助けるのはトーゼンのことでしょー!」
リビアを立ち上がらせ、カラカラと笑うルーク。と、丁度、彼の瞳とディランのそれが合った。勝ち誇ったようなルークの瞳。軽蔑のような眼差し。
(・・な・・・なんだ、ルークのやつ・・・)
ルークは尚もカラカラと笑い飛ばしている。
(誰がリビアを助けたって同じじゃないのか・・・?)
ルークとリビアを交互に見る。ディランの心にはまたいつかのように靄がかかっていた。
(確かに、俺はリビアを助けてやれなかったかもしれない。ルークはあいつのためになら死ぬ
覚悟くらいはあるのかもしれない・・・。俺は――・・・)
ディランは緩くかぶりを振った。剣を鞘におさめ、坂道を登り始める。
「あ!待ってよぉ!」
シャンヌが素早くディランの行動を読み取り、後を追いかけた。その様子をルークは見ていた。口の端を少し上げ、誰にも聞こえない声で呟く。
「自分の気持ちに素直になれってのに・・・」
そして、隣に佇むリビアを見る。
「んじゃ、オレたちも行くか」
「うん」
リビアは優しく微笑み、頷いた。