第36話
ディヤルバルクでの長い一夜が明けた。
昨夜、空を覆っていた満天の星に代わり、今は雲ひとつない真っ青な空が4人を見下ろし、見守っていた。
町の裏には一面に田んぼと畑が広がっている。田植祭が終わり、今朝から農民たちは農業に勤しんでいた。その長閑な風景を見ながら、ディランたちはシャンヌの希望で温泉地<エルール>を目指していた。
「あ〜〜あ。早く<エルール>に着かないかなぁ〜。温泉入りたぁ〜い」
両手を胸の前で組、うっとりと空を見上げながら言うシャンヌ。そんな彼女をルークは横目に見つつ、先頭を行くディランに言った。
「おめーがあんなこと言うからだろっ!」
「うるさい。分かってる」
ディランはルークを振り返り、ぶすっとした表情をさらに険しくして答えた。ディランにも彼女には――彼女だけには言ってはいけなかったと後悔していたところだった。
話は朝食時までさかのぼる。
ディヤルバルク、唯一の食堂で4人は朝食をとった。その場での会話は他愛のないものだった。祭りでのリビアが美しかったこと、ルークのいびきがうるさかったこと、次の目的地はどこかということ・・・・。
「ね?次はどこ行くの?」
「あんたの故郷<ラミア国>だ」
「え〜〜〜?!もう〜〜〜?」
ディランの言葉に、シャンヌは唇をとがらせた。右手にウィンナーの刺さったままのフォークをふりふりと振っている。
「むぅ〜〜・・・・。んじゃあ、さ。ここから一番近い街ってある?」
「ここからかぁ〜?」
ルークはハムエッグを頬張ると、硬いパンを一口大にちぎり、口の中に押し込んだ。
「もふぅ〜ん・・。<はぜるふ>ふらひはねぇは?はぁ、ひらん?」
「ルーク・・・。口の中のものを食べてから話してよね。全然分かんない」
冷たいリビアの声。彼女は静かにサラダをつついていた。ルークは「ふん」と頷くと、口の中のものを飲みほし、
「カジノ<ラゼルム>くらいじゃねーかって。な?ディラン」
「<エルール>だ」
ルークにそう聞かれ、ディランはぽつりと呟いた。
「それはどれくらいで着くの?」
瞳を輝かせて訊くシャンヌに、ディランはコーヒーカップを口に運びつつ、半ば反射的に口に出して言っていた。
「そうだな・・・。ここからだと約3〜4時間だ。すぐ隣が小さな温泉地―――」
と、ここまで言って、ディランは内心しまったと冷や汗をかいていた。
カップから視線を上げると、目の前にはリビアの困った顔、その隣にはルークのげんなりしたような顔。そして、ディランの隣で大きな青い瞳をキラキラさせて喜んでいる顔。その顔の持ち主が叫んだ。
「ぜ〜〜〜ったい、行きた〜〜〜〜いっ!!!」
(・・・言うんじゃなかった・・・)
ディランがこう思ってももはや後の祭りである。
朝食はそのまま終わり、旅の準備を一応整えてから出発したのだが、シャンヌはずっとはしゃぎっぱなしだった。
(・・・また子守が一日延びたな・・・・)
ディランはため息をつきながら、丈の短い草原を進んでいった。