第33話
「『火炎魔法』」
リビアは両の掌を目の前の男――フォードに向けた。両手を縛られているように見せていただけだったので、縄は難なく解けていた。
そして今、山車から飛び降りたリビアの前に、フォードが立ち塞がっている。
数十個もの炎の塊が雨となってフォードに降り注ぐ。しかし、そのことごとくを、彼は大剣で全て切り落としていた。
「ネーちゃん。あんたも聞きわけがねぇなぁ。オレは手荒な真似はしないって言ってるだろーが」
「へぇ?いきなりパレードに割って入って、山車を操縦してる人を気絶させておいて?それが手荒じゃないって言うわけ?!」
「殺してないところが手荒じゃない」
にっこり笑うフォード。そして愛用の剣を肩に担ぐ。
「なぁ、ネーちゃんよぉ。<生贄>だろ?オレへの捧げものだろ?」
答える代りに、リビアは口の中で素早く魔法を唱え始めた。
(もう!なんでこんな時にブーメランないかなぁ?!)
<本部>で着替える時に、ブーメランもディランからもらったナイフも全て置いてきてしまっていた。こんなことになるのなら、せめてナイフだけでも装備しておくべきだった、とリビアは後悔する。
ちらりと視線を周りに這わせると、パレードをしていた農民たちは蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ惑っていた。
「『火炎魔法』」
リビアの声と同時、フォードの目の前に炎の壁がそびえ立った。
(これで、こっちには来られないはずっ!)
思い、くるりと体を反転させ、
「あっ・・・」
そこで思わず漏れる呻き。目の前には意地悪く笑うフォードが立っていた。
「悪いな。あんたの行動は読めんだよ」
「単純な頭で悪かったわねっ!」
言いつつ、フォードに右の拳を繰り出す。しかし、それはあっけなくフォードの片手に止め
られた。
「ほら。魔法使ってみろよ。ま、こんな至近距離じゃ使えないのは知ってると思うけど」
「くっ・・・」
歯ぎしりをし、今度は左の拳をフォードの顔面にめがけて繰り出した。しかし、それもいと
も簡単にかわされる。
(こいつ・・・強い。私の攻撃をよけながら平然としてる・・・。どうしたらいい?!)
「はっ!!」
内心の動揺をかき消そうと、気合いと共に、リビアはフォードの脇腹めがけ足を振り上げた。しかし、
「ダメだね。そんな蹴りじゃ」
声は耳元でした。思わず全身に鳥肌が立つ。そして、次の瞬間にはリビアは後ろから羽交い締めにされていた。
「は・・・・放してよっ!」
「ダーメ。せっかくオレのためにめかしこんでくれてるのに、それをディランにやるワケにはいかねーなぁ」
言いつつ、器用にフォードは片手で大剣を背中の鞘の中に収めた。
「放せっ!!放してってば!フォード!!」
「お。オレの名前、覚えてくれたんだ。もしかしてオレに気がある、とか?」
「笑わせないで!!」
キッとリビアは首をひねってフォードを睨んだ。大きな瞳が怒りで歪んでいる。フォードは肩をすくめた。
「ま、いいか。あいつが来ないうちに貰って行くとするか」
「私はネコの子じゃなーい!!」
叫び、再び暴れだすリビア。フォードは顔をしかめた。
「お、おい。そんなに暴れてたらその服脱げるぜ?オレはそれでも構わねーけど?目の保養にもなるし」
「うっ・・・・」
フォードの言葉に、リビアは暴れるのを止めた。どうやっても彼から逃れることは出来なさそうだった。暴れて、裸をこんなヤツに見せるくらいなら、死んだ方がマシかもしれない、とリビアは本気で思った。
大人しくなったリビアにフォードはほっと息をつく。
「さて、と・・・・」
言い、振り返ろうとした瞬間、フォードは思わずそのまま右に飛んでいた。ヒュッと風を切る音がフォードの耳を掠めて過ぎる。
「よぉ・・・ディラン」
フォードはリビアを左手に抱きかかえたまま、ゆっくりと振り向いた。
「早かったじゃねーか」
「・・・来ると思っていた」
ディランは長剣をシルバーブロンドの男に向けたまま静かに言い放った。フォードはそんなディランなどお構いなしに、ひょいと肩をすくめる。
「で?姫さんのほうは?」
「言う必要はない」
「ああ、そうですぐっ・・・!!」
腹を押さえ、うめくフォード。ディランとのやり取りを利用し、リビアが渾身の肘鉄を彼の腹にお見舞いしていた。その隙をついて、彼女は脱出する。
「ってぇ・・・ネーちゃん、やってくれる―――」
ガキッ
フォードの言葉が終らぬうち、ディランはフォードに切りかかった。しかし、いつの間にか抜き放った大剣の前にディランの攻撃は防がれてしまう。
「なぁ、ディラン。良い女だよなぁ。リビアっつったっけ。お前にはもったいねーって」
「黙れっ!!」
ガキンッ
再び刃と刃が交わる。と、複数の足音がディランに耳に入ってきた。フォードが音のする方を見て、小さく舌打ちをする。
「ちっ。役人かよ」
「どうする?もうすぐ来るぞ」
「生憎、捕まるつもりはないんでね。今日はここまでだな」
言うと、ディランの剣を強く押した。そしてすぐに左手に光球を生み出す。
瞬時に身構えるディランとは対照的に、フォードはにっと笑って言った。
「じゃあな。ネーちゃん」
言い捨て、フォードはその左手の球を地面に叩きつけた。
ごぉぉぉん・・・
爆煙が辺りに立ち込める。
煙がすべておさまった時には、フォードの姿はもうどこにもなかった
フォードくん再登場です(笑)
リビア、モテモテでいいな〜〜・・・。