第31話
「ねぇ、ディラン。これ見てかわいい〜〜」
「そーだな、よかったな」
立ち並ぶ露店をシャンヌは一つ一つ見て回っていた。右手には先ほど買ったイチゴ飴。器用に左手で髪飾りを手に取りじっくりと眺めている。
「どうだい、兄ちゃん。可愛い彼女にプレゼントでも」
「ほら、ね?これなんて可愛くない?」
店の主人とシャンヌが交互にディランに催促してくる。もうディランはすっかり気分を害していた。
(もう祭りでも何でもない。ただのお守りだ)
ため息を一つ残し、ディランはさっさと先へ行く。
「あ!もう、待ってよぉ〜!」
急いでついてくるシャンヌ。店の主人は「まいどぉ」と恨めしそうにディランの後ろ姿を見ながら声をかけた。ディランの横に駆け寄ってきたシャンヌは、「待ってよ」と言いながら彼の腕をとる。
「もう、私を無視してさっ!ちょっとは可愛いシャンヌちゃんに何か買ってあげようかな〜とか思わないの?」
「・・・・あんたの方が金持ちだろ」
あっけらかんとディランは隣の少女に言った。しかし、彼女はブロンドの髪を激しく左右に
振る。
「違うの、違うの!私は好きな人からプレゼントとか貰いたいの!ディランから貰いたい
の!」
「・・・・何だよ、いきなり」
思わずディランは足を止めた。いつの間にか露天通りを過ぎていたが、二人の頭上には色とりどりのランプが灯っている。
すると突然、シャンヌがディランに抱きついてきた。右手のイチゴ飴もそのままに。
「お・・・おいっ!どうし―――」
「好きなの、ディラン。始めて逢ったときからずっと――」
ディランの背に回す手に力が入る。ディランは棒立ちになったまま、自分の胸に顔をうずめるシャンヌを見下ろしていた。
「・・・こんな気持ち、初めてなの。ディランが好きなの。
きっと、誰よりも・・・リビアにだって負けないくらい、ディランのこと好きなの。ずっと一緒にいたいの。ずっと、私を守ってほしいの」
胸に顔をうずめているせいで、声はくぐもってはいるものの、ディランには彼女の言葉は聞き取れた。
(・・・・どうすればいい)
人通りの少ない通り。多くのランプが二人の影を石畳の道に映し出していた。
(俺にはどうすることもできない。俺はシャンヌのことを<依頼主>としか見ていない。でも・・・・これをどう言えば良い・・・?)
広場から太鼓や笛の音が聞こえる。
ディランはゆっくりと息を吐いた。
「シャンヌ。俺は―――」
「あ!いたいた!!シャンヌちゃ〜ん!」
ディランの声は遠くから投げかけられたルークの大声にかき消された。シャンヌは素早くディランからぱっと離れ、駈けてくるルークに可愛らしく手を振ってみせる。
「ルーク!こっち〜!」
ルークはわずかに肩で息をしながら、ディランとシャンヌを交互に見つめ、言った。
「よ、お二人さん。祭りは楽しんでる?」
シャンヌは大きく笑顔で頷いた。ルークは先程までディランとシャンヌが抱き合っていたということに少しも気づいてはいないようだった。
「向こうでパレードが始まるってよ。見にいかねーか?」
「パレード?」
「ああ。何でも田植祭のメインらしいぜ?毎年恒例でパレードの最後にはミス・ディヤルバルクに選ばれた女の子が<生贄>になるんだと」
「・・・それが目当てか」
「あったり〜」
ディランの言葉にルークはニカっと笑ってみせた。パレードの音が段々近づいてくる。町の中心の広場を一周して裏門へと向かっているようだ。
「ねぇ、ルーク。リビアは一緒じゃなかったの?」
「リビア?ああ、あいつなら宿探すって一人で行っちまったぜ?」
「何だって?!」
思わず、ディランは声を上げていた。
「あいつはフォードに狙われてんだぞ!」
「分かってるって。でも、あいつさ、ケッコー強いし。それに魔法使えるし」
右手をパタパタさせて話すルーク。そんなルークの襟元をディランは両手で掴んでいた。
「フォードに狙われてるって意味、お前、分かってんだろうなっ!!」
今まで見たことがないディランの怒りに、ルークはややたじろいで答えた。
「お・・・おう。一応オレも男だし・・・な」
「リビアに何かあったら、全部お前の責任だぞ!」
「だ・・・ダイジョブだって。あいつの強さを信じろよ、ディラン」
ルークから手を離すと、ディランは小さく舌打ちした。
リビアが心配だが、シャンヌの護衛である以上、彼女の元にいなければならない。いつ彼女を狙う者たちがやってくるとも限らないのだ。
(フォードがシャンヌを連れ戻しに来るかもしれない・・・。かといって、リビアを一人にはできない・・・)
リビアに単独行動をさせたルークを恨んでみても仕方がない。シャンヌに手をひかれ、彼女のもとから去ったのは自分自身だった。
パレードがやってくる。着飾った幼い少女たちの舞を無表情で半ば睨むようにしているディラン。そんな彼の様子をシャンヌは静かに見つめていた。
想いを打ち明けた。こんなに胸が締め付けられるような気持ちは彼女には初めてのことだった。まだ逢って数日しか経っていないというのに。ずっと傍にいて欲しいと心から思う。しかし、彼女の隣でパレードを睨みつけている青年の頭の中は、おそらく彼女のことなど微塵もないだろう。
シャンヌは棒に刺さっているイチゴ飴を少しかじった。甘さよりも酸っぱさが口の中に広がっていった。