第30話
「あ〜あ、なんかすっかり尻にしかれてるよな」
「そーね」
喉の奥で笑うルークとは対照的に、リビアは笑えなかった。ディランがシャンヌのワガママに付き合わなければいけないのは分かってはいる。分かっているからこそ、ムカつくのだ。
リビアは門から左へ伸びる砂利道へ一歩足を踏み出した。
「おいおい!どこ行くってんだよ?」
「宿を探しとく。お祭り見たければ見れば?」
「け・・・けどよぉ。お前、フォードに・・・」
「ダイジョーブって」
リビアはルークを振り返った。
「私、シャンヌと違って強いから」
笑顔でそう言うと、リビアは再び歩を進める。ルークは「そうか?」と頭を掻いた。
「んじゃ、俺も祭り見てくるから。お前も早く来いよ」
「いってらっしゃ〜い」
中心部へと走るルークの後ろ姿を見送りながら、リビアは夜空に浮かぶオレンジのランプを見上げ、
「宿、探そ」
誰にともなく呟くと、左の道をゆっくりと歩き始めた。
田植祭の町は賑やかだった。
人々の笑い声、太鼓や笛の音、店が立ち並ぶ通り。老人から生まれたての赤子まではしゃいでいるようにリビアには思えた。
「そんなにお祭りって楽しいものかなぁ・・・」
「宿を探す」とルークには言ってみたものの、これは言い訳に他ならなかった。ただディランとシャンヌが楽しそうに話している姿を見ているのが辛かった。たとえそれが彼の任務であったとしても。しかし、リビア自身、この気持ちがどこから湧いてくるのかは分かっていないが。
「宿かぁ〜・・・。ここら辺にあるかな〜?」
つま先でコンと小石を蹴った。それはおもしろいようにコロコロと転がり、店先で話をしていた中年の男の靴に当たった。
「あ、ごめんなさい」
「うん?あ・・ああ、気にすることは―――」
言い、リビアを振り向いた男は、彼女を一目見るなり大声を上げた。
「あああぁぁっ!!良いところにっ!!」
「なっ・・・何ですか?!いきなり人を指差してっ!!」
思わず一歩退くリビア。それにもめげず、男は言う。
「頼むっ!お願いだ。わしらを助けてはくれんか?」
「・・・・助ける?」
訝しげに眉を寄せ、リビアはその中年の男をまじまじと見つめた。
年の頃は50前後といったところか。町長ではないにしろ、この町では良いポジションに位置していそうなタイプである。それは身なりからでも判断できた。
もう一人の男は30後半くらいだろうか。やや頼りない印象を受けた。
「あの・・・何かあったんですか?」
「おおっ!引き受けてくれるのかっ!!」
「まだ何も言ってないでしょう?!」
リビアは腹立たしげに中年男に叫んだ。男は「すまんすまん」と笑っている。
「いや〜、あんたみたいなべっぴんさんがこの町にはおらんでねぇ〜。わしらはず〜〜っと探
しとったんだよ」
「何をですか?」
「いやぁねぇ〜・・・。生贄なんだけどねぇ〜・・・」
「却下します!」
きっぱりはっきりと言い放つリビア。そのまま素通りしようと足を踏み出したところで、むんずと右手を中年男に引っ張られた。
「いやいや。ただの祭りの余興じゃ。この町には伝統的なパレードがあってな。その最後に<生贄>のシーンがある。これに毎年ミス・ディヤルバルクに選ばれた娘が出るんだが・・・今年は都に行っちまってなぁ〜・・・。残っている娘たちもカジノに遊びに行くってなもんで、残りは赤子とジジババのみっちゅーわけだ」
「それで、通りすがりの私に生贄になれと・・・?」
「そうそう。そういうこっちゃ」
大きく頷く男。リビアは二人を交互に見つめた。その彼らの瞳が期待で満ち満ちている。
(何か・・・超断りづらいし・・・・)
リビアは大きくため息をついた。それも、諦めの。
「・・・分かりました。私でよければ、やってみます」
「おおっ!!そうかっ!やってくれるのかっ!!よかったなぁ、運営委員!!」
「はいっ!!これで伝統行事をつぶさないで済みそうですよ、会長!!」
文字通り、手に手を取り合って喜ぶ会長と運営委員。リビアはそれをジト目で見つめつつ、
「その代りっていったらおかしいけど・・・一つ、お願いしてもいい?」
「えっ?」
「ええ・・・わしらに出来ることなら・・・・」
思わず身構える二人の男。彼らにリビアはにっこりと笑って見せ、言った。
「今晩泊まる宿を探しといてください。もちろん、宿泊費はそっちもちでね」
二つ返事で承諾した男たちに連れられ、リビアは小さな家へと案内された。その入口に小さく『本部』と書かれていたのをリビアは見逃さなかったが。