第2話
「ここで待っていろ」
そう言われて、一体どれほどの時が過ぎただろうか。ディランは王の間に通され、一人立ち尽
くしていた。
(何をしてるんだ?なんで来ない?)
檻の中のライオンよろしく、部屋を歩き回るディラン。そこへ、家来と思しき人物がやってきて玉座の横に構えた。
(そろそろ・・・か)
ディランも玉座の真正面に立つと、肩膝をつく。これが王や要人に会うときの『剣士』としてのマナーであった。
「デリー王が参られる」
良く通る家来の一声。ディランは頭を垂れた。シャランシャランという何か鐘の鳴るような音と共に、デリー王は座に腰を下ろし、ディランを見つめた。
「お前が、ディラン=ハートフィールドだな。先程の戦いぶりは家来から聞いている。・・・・ふむ」
丸いお腹に白い髭の王は、頭を垂れたディランをじっと見つめる。これで赤い服でも着ていたら、子供にプレゼントを配る気の利いたどこかの国のおじいさんだな、とディランが思っていると、
「ディランとやら、顔を上げなさい」
優しい声に、素直にディランは顔を王に向けた。王は白い髭を右手で触りながら「ふむ」と再び唸る。
「・・・お主、年は幾つになる?」
「・・・もうすぐ19です」
子ども扱いされたことに、ややムッとしながらもディランは口を開いた。
「・・・何か問題でも・・・・?」
「いや・・、なに・・・。19か・・・どうしたものか・・・」
柔らかそうな眉をしかめるデリー王はしきりに首を捻って唸っている。
「・・・私の年齢が問題ですか?」
「いや、そうでは無いんだが・・。シャンヌがな・・・」
(シャンヌ?)
ディランは首を傾げた。この国には王女ではなく、王子がいたはずであった。
デリー王は尚も唸り続け、「どうしたものか」を繰り返している。ディランがため息と共に、何か言いかけようと口を開いたその時、
「伯父様、私、彼が良いわっ!彼でなくちゃイヤっ!ね?いいでしょ?伯父様」
声と同時、玉座の横にある扉から姿を現したのは、まだ幼さを残す少女であった。クルクルのブロンドをかわいらしくリボンで飾っている。ふわりとレースの施されたドレスが舞った。
「伯父様、彼でなくちゃイヤなのっ!ねっ?」
玉座の『伯父様』に擦り寄る彼女。大きな瞳はディランの予想を裏切らない透明なほどのブルーだった。
(まるで人形だな・・。『伯父様』ってことは・・・王の姪かなんかか?それとも親戚?)
ディランが考えている間にも、彼女は『伯父様』の周りをちょろちょろと駆け回っては、時折、『伯父様』に飛びつきおねだりをしていた。デリー王はそんな彼女を楽しそうに見つめ、とうとう首を縦に振った。
「うむ、分かった。十分、分かったよ、シャンヌ」
ホッホと笑いながらデリー王は彼女に言う。見る見るうちに、少女は顔を綻ばせて『伯父様』の柔らかな胸に飛び込んだ。それを受け入れながら王はディランに口を開く。
「そういうことだから、ディランよ」
(・・・どういうことだよ)
思うがディランは口には出さない。王の膝の上にちょこんと座る少女と王を交互に見つめていると、その少女と目が合った。にっこりと微笑みかけられるが、ディランは無表情に視線を王へと戻す。
「いいか?ディラン。お主はこれから、このシャンヌの護衛についてもらう。・・・まぁ、護衛と言ってもここから<ラミア国>までなのだが・・・。万が一、ということも考えられる。<ラミア>に着いたら褒美を取らす。シャンヌにケガなどさせぬように十分、注意してくれ。よいな?」
「はっ。畏まりました」
深々と礼をするディランを満足そうに見つめる王。そのディランの元へ、軽い足取りで少女が『伯父様』の膝からぴょんと降りてやってきた。
「私、シャンヌ。シャンヌ=ルベリオン。これからよろしくねっ!ディラン」
「あ・・・ああ。よろしく」
にっこりと笑うシャンヌとは対照的にディランは口元を引きつらせた。
(・・・ガキのお守りかよ・・・)
デリー王はそんな二人をまじまじと見つめた後、ディランに向かい言った。
「お主は他の大陸に行ったことがあるだろうから、一応断っておくが・・・。この大陸はまだ文明がそんなに進んではいない。つまり、バギーなどという便利なものはここには無いといっても良い。・・・この意味分かってくれるな?」
「・・・はい」
(・・・馬か歩きってことか・・・)
思わず漏れるため息はデリー王の笑いにかき消された。
「ホッホ。今日はゆっくりと休むといい。良い宿を取っておいたから十分に身体を休めるように。必要なものは家来に言ってくれて構わない。明日の朝、再びここへ来てくれ」
「・・・畏まりました」
立ち上がり、ディランは再び礼をすると王の間から退出した。
「ディラン、またね〜!」
シャンヌのかわいらしい声が聞こえてくる。
(・・・傭兵トーナメント、やらなきゃよかったな)
再びため息をつきながら、ディランは城を後にした。