第23話
激しい格闘の後、二人はそれぞれシャワーを浴び、ベッドに横になっていた。
暗い天井にはカーテンの隙間からカジノのランプの光が差し込んでいる。
「なんでこんないい部屋なのに、野郎と寝なきゃいけねーんだ?」
ルークは先ほどディランにつねられた頬をさすりつつ独り言を言った。
「こんなムードのなるとこなのに・・・。リビアもシャンヌちゃんも向かいの部屋だろ?」
「当たり前だろ。そんなことのために来たんじゃない」
「でもよぉ〜」
尚も言いよどむルークだったが、大きく息を吐くと
「・・・お前がわかんねーよ」
と小さく呟いたきりディランに背を向けるようにして丸まった。部屋を静寂が包み込む。
しかし、それは再び、唐突に破られた。
「なぁ。アレ以来じゃないか?ケンカしたの」
「今日のはケンカじゃないだろう?」
笑いを含んだディランの口調。ルークはふっと笑うとそのままで続けた。
「ちっちぇー頃はよくケンカしてたよな。その原因って・・・覚えてるか?」
「ケンカの原因?いや・・・・」
「やっぱ、覚えてるワケねーよな。お前のことだから」
ルークは寝返りをうち、天井を見上げた。カジノの色とりどりの光が天井に映って、影絵の
ように美しい。ルークは息を吐きながら口を開いた。
「それってさ、リビアにあったんだよ。オレも久しぶりにお前に会って思い出したんだけどよ。思いださねーか?」
首だけディランに向けると、彼は天井を睨んでいた。幾分眉間に皺を寄せている。考えているようだったが、一向に思い出せないでいるらしい。ルークは、ディランが黙ったままでいるのをどう解釈したのか、先を続けた。
「今、思えばすっげーバカらしいことなんだけどよ。オレとお前とでリビアを取り合ってたんだよ。『リビアはボクのお嫁さんになるんだぁ』とか『ボクのほうがリビアが好きだ』とかな。そこら辺は詳しくは覚えてねーけど」
「そう・・・だったか?」
「ああ。そうだったぜ。マジにすっかり忘れてやんの!」
言い、ルークはまたディランに背を向けた。
(そう・・・だったか・・・。ケンカの原因はリビア・・・)
口の中で反芻する――と、ある場面が断片的に脳裏に蘇ってきた。
あれは、ディランが6歳の時。幼馴染のルークと砂場で遊んでいた。二人とも、砂の城を作ろうと躍起になっていた。どっちがより高く作れるか――そんなときに、ルークがこんなことを言った。
「へへっ。ここ、ボクとリビアちゃんのお家〜」
無邪気に笑うルークにディランはだんだんと腹が立ち、そして
ぽかっ
次の瞬間にはルークの赤い頭を叩いていた。
「なぁにすんだよぉ!ディラン!!」
「うるさいっ!こんな城なんて壊してやる〜!」
「あ〜〜!!なにすんだよぉ!ボクとリビアちゃんのお家〜!」
「うるさいっ!リビアはオレと一緒に住むんだ!約束したんだ!」
「ボクともしたもん!!ディランのばか〜〜!!」
「なんだとぉ〜?!ちびルーク!!」
(・・・思い出した・・・・)
ディランは小さくため息をついた。頭の中では小さなディランとルークが取っ組み合いのケンカを始めている。
(・・・くだらない思い出だな)
小さなリビアが泣きながらケンカを止めに入る。そして、いつの間にか泣き出したルークのそばへと駆け寄って行く。それを砂まみれでじっと見つめている幼いディラン。
「どうしてルークばっかり構うの?オレにケンカで一度も勝ったことないのに。どうしていつも泣くの?どうして、リビアは――」
あの時の感情が蘇ってくる。
今ならディランには自ずと答えが分かる。しかし、当時のディランにはそれが分からないでいた。ただ、リビアに優しくされるルークに腹が立った。だからケンカして泣かせた。
(堂々巡りだよな。ルークを泣かせても、あいつは俺のそばへは来なかった。バカ、だったな・・・)
小さくため息をつくと、ルークが口を開いた。
「あの頃はさ、オレもお前もリビアが大好きだったよな。オレは今でもそうだけど・・・。ディランはどうだ?やっぱりまだ―――」
「ただの幼馴染だ」
「ま、予想してたけどな。お休み」
ルークは笑いを噛みしめ、そのまま布団にくるまった。
ディランはそれを横目で見つめていた。
(・・・ルークのやつ、まだリビアのこと好きなんだな・・・。『オレは今でもそうだけど・・・』か・・・)
と、昼間、二人が手をつないでいた光景を思い出した。再び、心の中に靄がかかる。
(何だ・・・・この感じ・・・。別にリビアが誰と手をつないでも俺には関係ないだろ。単なる幼馴染だ。あいつが誰と付き合おうが・・・)
そして、ディランはふと思った。
(どうしてリビアがすることにいちいち反応しなくちゃならないんだ?)
「バカらしい」
隣のベッドではルークが布団を跳ねのけ、大の字でいびきをかいて眠っている。
「・・・幸せなヤツだ」
呟き、ディランも瞳を閉じた。