第21話
17階のレストランで安い夕食を食べ、ディランは一人48階の部屋のベッドの上にいた。
(結局、ルークは半分しか払えなかったな。余分に俺がコインを確保しといてよかった)
『安い』とは言ったものの、ここはカジノ<ラゼルム>。一番安いレストランで一人コイン2枚はする。しかもそれでいてしっかりとコースになっているからすごい。
(一人コイン2枚か・・・。味は確かに良かったな)
薄いカーテンが湖からの風になびき、ゆらゆら揺れている。オレンジ色の室内灯に照らされ、天井には何かの影がぼんやりと映っていた。
ツインのベッドの間にあるサイドテーブルの上には、この大陸では珍しい電話が設置されてあった。それも一昔前のタイプの形に、ディランは部屋に入るなり思わず苦笑していた。
(ここではコレが限度だろうな。あるだけマシというものか・・・)
ごろりと寝返りを打ったそのとき、
トゥルルルル トゥルルルル・・・
その電話が鳴り響いた。驚くディランだったが、この部屋には自分一人しかいない。面倒くさそうに受話器を取ると耳にあてた。
「はい。ディ・・・」
「ディラン?!よかった!寝てなかった!」
「なんだよ。リビアか。どうしたんだ?」
何を期待していたのかはわからないが、ディランは小さくため息をついた。それが相手にも伝わったらしい。リビアは「何よ!」と文句を言ってから続けた。
「キレーなお姉さんじゃなくて悪かったわね!ってそんなこと伝えたいんじゃないの!あのね!驚かないでね」
「何だよ。さっさと言え」
もったいつけるリビアにディランは先を促す。
「あのね。・・・・おじさまがいるの」
「・・・は?」
ディランは思わず聞き返していた。リビアが『おじさま』と呼ぶのは一人しかいない。しかし、その男は今はオーガスタで教師をしているはず・・・。
「見間違いじゃないのか?」
「ううん。よく見ようと近くに行ってみたんだけど、目が合った瞬間に『やぁ。リビアちゃん。キレーになったね』って」
「・・・・親父だな」
「でしょ?」
ディランは大きく息を吐いた。受話器を握りなおす。
「今からそっちに行く。何階だ?」
「15階」
「はぁ?!」
再び、ディランは頓狂な声を上げた。受話器の向こうではリビアがくすくすと笑っている。
「それについては、後で話したげる。早く来てよ。おじさま、足止めしとくから」
「・・・ああ。わかった」
受話器を戻し、しばしディランは考えていた。
(どうして親父がこんなとこにいるんだ?それにしても、どうしてあいつらが15階なんか
に?!掛け金が数十枚から百枚単位の階だぞ!)
「ああ!もう!」
腰かけていたベッドから立ち上がり、ディランは剣とマントを部屋に残したまま、そこを後にした。
赤い髪の男がそこに座っていた。その両隣にはシャンヌとリビア。ルークはその男の手元をじっと見つめていた。
「いいかい?よく見ておくように」
リズミカルにコインを投入口に入れていく。一口50枚。それを5回ほど繰り返すとスロットが回りだした。
「おじさん。これって運じゃねーの?」
「まぁ、見てなって。儲かったらルーク君にあげるからさ」
5つある窓の絵が次々に止まっていく。
「おいおい・・・マジかよ・・・」
3つ目まで同じ<剣>のマークが並んだ。
「まさか・・・ねぇ・・・?」
リビアの呟きに答えるかのように、4つ目の窓に<剣>がぴたりと止まった。
「これだけでも、もうかなりの額よね?」
シャンヌがスロットの倍率表とにらめっこをしていたそのとき、
「・・・・なにやってんだ。ここで」
ディランの冷やかな声は、ほぼ同時に鳴り出した賑やかなファンファーレにかき消され、赤髪の男は突如現れたバニーガールの集団にもみくちゃにされつつ受付のほうへ消えていった。
後に残されたのは呆然とするディランら4人。
「・・・・マジに当てたよ。お前のオヤジさん」
ルークがぽつりと呟く。
「どういう仕組みなんだろうね?絶対今のは運なんかじゃない気がする・・・」
「え〜っと・・・。50枚×5で250でしょ?それで<剣>が5つ揃って1000倍
で・・・。25万枚?!」
シャンヌが驚愕の声を発する。カウンターで手続きをしていたディランの父は、何食わぬ顔で4人の元に戻ってきた。そして、ディランを見つけるなり一言。
「よぉ。ディラン。儲かってるか?」
「なにしてるんだ?ここで。オーガスタじゃなかったのか?」
「今は休暇だ。休暇。たまには息抜きしないと体がもたないって。ねぇ、リビアちゃん」
「え?ええ・・・」
いきなり話を振られ、リビアは困ったように相鎚を打った。それに頷き、ディランの父親は右手の紙の束をルークに差し出す。
「ほら。これ分け前。15くらいでいいか?余ったらちゃんと換金しろよ?」
「マジっすか?!こんなにいいんすか?!」
受け取った小切手にはコイン15万枚と書かれてあった。ルークは感激の涙を流している。
「ちょっと!いくらなんでももらい過ぎよ!ルーク、返しなさい!ディランもなんか言って!」
「親父が良いって言ってるんなら、もらっとけば良いんじゃないか?ただ、母さんがそれを知ったら・・・」
一瞬、赤髪の男の肩がわずかに動いた。ディランを見つめる瞳が物語っている。『母さんには言うんじゃない』と。
「ほら。おじさんも。おばさんが怖いならルークにそんなにあげちゃダメでしょ?」
まるで年下に言うように、リビアはルークの手から小切手をひったくると元の持ち主に返した。ルークの半端ない抗議の声が上がる。
「なんだよ〜!リビアのケチ〜!!せっかく良い思いがい〜〜〜っぱいできると思ったのによぉ〜!」
「あなたがそんなに持ってたら変に思われるでしょ!」
「それにどうせスリに遭うか、ぼったくられるのがオチだしな」
「あ。それ言えてるね」
リビアにディランとシャンヌも同意を示す。ルークはふくれっ面をした。
「親父。リビアたちが村を出たから今は人手が足りないらしい。暇なら一度家に帰ってやってくれないか?母さんもきっと喜ぶと思うけど」
「まぁな〜」
ディランの父はスロットの丸椅子に腰かけた。そして、懐からパイプ煙草を取り出し、火をつける。
「ここでリビアちゃんたちに会ったときから、そうだろうなとは思ってたんだよ。最近モンスターも強くなってきているようだし、どっかの王女様が旅立ってるって聞いたしね。あれ?小旅行だっけ?」
言うと、ちらりとシャンヌを見た。少女はあわてて視線を逸らす。
「ま、何にせよ、村には一度戻るつもりだよ。あ、そうだった。これ、ロイドから預かりもの」
父親は腰の金袋から何かを取り出しディランの手のひらの上に乗せた。見ると・・・
「『ローズ戦争の英雄 ロード=リッツァー』のバッジ・・・・?」
「なんでも、城の者とロードの故郷に行ったらしいぜ?今でも英雄なんだから、凄いよな。そのロードっていうヤツ」
手のひらサイズのバッジ。背景には恋人セーラ姫の横顔、その手前にはロードが左手に剣を携え構えていた。一番下には<ティアン>の文字。そこはロードの故郷だった。
「へぇ〜。ちょっとかっこ良くない?お姫様をさらっちゃうなんてロマンチック〜〜〜!」
ディランの手の中のバッジを見つめ、リビアが瞳を煌めかせた。
「ロイドってディランのお兄さんでしょ?ロード=リッツァーのファンだったんだっけ?」
「この土産からして、今もファンらしいけどな。ディランの兄貴らしい嫌味な贈り物だな」
ルークが鼻を鳴らす。まだ小切手を貰えなかったことがショックなようだ。ディランはそれを金袋にしまった。
(早く一人前になれよっていう忠告・・・なんだろうな)
ふっと口元を弛めると、父と目が合った。彼はディランと同じように口の端をにっと上げる。
「・・・なんだよ」
父親から視線を外し、ディランはぼそりと呟いた。父親はくっと笑うと口を開いた。
「なぁに。少しは上達したみたいだなと思ってな」
不精髭のある顎をざらりと撫で、赤髪の男はディランをじっくりと見つめた。
「何年ぶりだ?7年か?」
「・・・ああ」
「それじゃあ、久しぶりの再会を祝してここはぱぁ〜っと遊ばないか?幸いコインはたんまりあるし」
言うと右手の小切手をひらひらさせる。この言葉にルークがいち早く反応した。
「やりっ!おじさん、話がわかるっ!!」
リビアとシャンヌが顔を見合わせる。ディランは父親に「いいのか?」と問うた。彼は大きく頷く。
「なに。母さんには何か買って帰れば文句は言われないだろう」
かくて、ディランたちは父親のコインで飽きるまでカジノを楽しんだ。