第1話
城門前、左右で同時に四箇所から試合開始の鐘が鳴った。
第一試合は青年兵士と老魔導師、少女のような武道家と大男、店の主人のような男とごろつきのような男、美人と剣士という対決だった。
(見ていてもつまらないな・・・)
ディランは少し広場から離れた所に腰を下ろすと、そのままごろりと横になった。
(少し眠れるかな)
しかし、ディランの重いとは裏腹に、第二試合の鐘が鳴る。あまりの早さに半ば呆れつつ、ディランは再び自分のグループへと足を運んだ。そして第三試合開始の予鈴が響く。
「ゴメス=パラシオ対ディラン=ハートフィールド!!」
名を呼ばれ、係員に札を見せた。すると、
「ちっ。まだボウズじゃねーか」
声のしたほうを振り返る。そこには対戦相手の大男がどっしりと立っていた。
「・・・あんたはタダのでくのぼうだろ?」
冷ややかに言い放つディラン。大男のいきり立つ声と開始の合図はほぼ同時だった。
「始めっ!!」
「こぉんのっっクソガキがぁぁっ!!」
大斧を振り上げ走り来るゴメス。その動きをじっと目で捉えつつ、腰の剣を音も無く抜き放った。
(・・・死なせたらいけないんだよな)
口元にうっすらと笑みを広げ、ディランは左右に軽くフェイントをかけると大男の懐に飛び込んだ。
「なっ・・・なにっ?!」
「・・・勝負あったな」
どんっ
剣の柄で男の腹を突く。ゴメスは驚きの表情を貼り付けたまま、ゆっくりと前のめりに倒れていった。
ディランの二試合目。
相手は魔法使いだった。今時珍しく古典的なローブを身に纏っている。
「へぇ〜。あんた、若いのに結構やるんだね」
ディランが係員に札を見せていたとき、男はそう言葉を投げかけてきた。首を捻ると、ディランとさほど変わらぬ青年の姿。
「・・・あんたも若いだろうが」
ため息混じりに言うと、二人は距離を取って身構える。
「ジャン=カシミール対ディラン=ハートフィールド!始めっ!!」
開始の声と共に、ジャンは両手を前に突き出し、魔法を唱えた。
「『火炎魔法』」
ぽっ
かわいらしく音を立て、両手から生まれ出でる炎。頼りなげにふらふらとディランの下へゆっくりと飛んでいく。
「・・・・なんだ。これは」
小さな炎を指差し、ディランは憮然として呟いた。ローブ姿の男はややムッとしながらも、腰に手を当てふんぞり返った。
「何を言うかっ!これぞ本当の『火炎魔法』だっ!!」
自信満々に言い放ち、勝ち誇った表情のジャン。ディランは肩を落とすと、その赤ちゃんの握りこぶしほどの炎の横をすたすたと通り過ぎ、
「この、魔道オタク野郎がっ!!」
剣を出すまでも無く、ディランの右の拳がジャンの顔にまともにヒットしていた。
時刻は夕方を少し回っていた。城門の所々に松明が灯る。西の空では、太陽がその日の仕事を終えようとしていた。
ドンドコドコドコ・・・・・ドンドコドコドコ・・・・
太鼓が鳴り響き、今や観客となってしまった『傭兵』達が息を呑む。
「決勝戦ーーー!!両者前へーーーー!!」
声と同時に湧き上がる歓声。
(・・・やっと終わりか)
ディランはゆっくりと中央に歩み出た。観客の声が一層高くなる。
あれから、ディランは順調に勝ち進んでいた。魔法使いジャンの後、女性の武道家、老人魔法使い、兵士見習い、格闘マニアに甲冑マニア、果ては単なる城マニアなる者までいた。
(長かったな・・・)
ため息をついていると、シルバーブロンドの短髪の男が中央に歩いてくるのが分かった。おそらく、彼が最後の相手なのだろう。
「ディラン=ハートフィールド対フォード=ダラス!!!」
(なにっ?!)
ディランはその名を聞いて驚いた。そして、目の前に来た男の顔をまじまじと見つめる。意地悪そうな瞳と口元。左の耳には黒いピアス。大きく首の開いた黒いシャツに薄茶色のズボン。ブーツやグローブは全て黒色だった。
「フォード・・・か?」
「よぉ、ディラン。久し振りだな。卒業以来か?」
言い、ニッと笑ってみせる。その顔はマグウェイのウィック・チャック学校で嫌でも毎日見ていたそれと同じものだった。当時の気持ちが蘇り、ディランは嫌な顔をする。
「お前も今では傭兵・・・か」
「まぁな。さぁて、お手並み拝見と行きますか」
言うとフォードは背中の大剣を引き抜く。ディランも腰の長剣を抜いた。場内が水を打ったように静まり返り――
「始めっ!!」
「行くぞっ!フォード!!」
「おらぁぁっ!!」
開始の合図と共に、一気に間合いを詰める二人。
ガキンッ
火花を散らす両者の剣。力はややフォードのほうがあるだろうか。フォードは大剣でディランを押し切ると、剣を中段に構え突く。
がきっ
鈍い音がし、ディランは右わき腹で剣を縦に払うことでそれを回避した。
「・・・成長したな、ディラン」
「・・・あんたもな」
距離をとるディランとフォード。互いに相手の動きを牽制し、隙を伺っている。
(学生時代はすぐに突っ込んできたヤツが・・・少しは賢くなったみたいだな)
観客の声援が全く聞こえてこない。ディランたちの戦いに夢中になっているのだろう。それが好都合となり、風に乗って、ディランの耳にある言葉が流れ込んできた。
(来るっ!!)
「『火炎魔法』」
大人の頭ほどの炎の塊がディランに無数に降り注ぐ。その大きさと数の多さに、驚き、どよめく観客達。
(これが普通の『火炎魔法』なんだ!)
心の中で叫びつつ、ディランは降り注ぐ炎の雨を切断し、あるいは避ける。炎の玉は地面に当たり、辺りに煙を巻き上げていた。そこにフォードが迫る。フォードは大剣を腰の位置に当てたまま、ディランとの間合いを一気に詰めた。ディランもそれに気付き、剣を構え直すと、すくい上げるようにそれを振り上げた。
カキーン
澄んだ金属音。
砂煙の中、観客が見たものはフォードの喉元に剣を突きつけるディランの姿だった。
「・・・勝負あったな」
「・・・みてぇだな」
苦笑いし、肩をすくめてみせるフォード。そして、
「ディラン=ハートフィールドの勝利でーーーす!!!」
鳴り止まぬ拍手と歓声。ディランが剣を鞘に収めると、フォードは立ち上がり、弾き飛ばされて地面に突き刺さっている大剣を抜いた。引き抜きながら、フォードはディランにだけ聞こえる声で囁いた。
「今日は手加減してやったが、次に会った時は容赦しねぇぜ」
「・・・わかった」
未だ鳴り止まぬ拍手を背に、フォードはいつの間にか城門前から姿を消し、そしてディランは城の使いによって国王と会うこととなった。