月夜の港
家屋が大爆発を起こしてすぐ、現実拡張デバイスは機能を停止し、市街地の風景は消え元の何もない真っ白な部屋にもどる。
そこにいるのは痛みに耐えながら横になっている天咲と、爆発の余波で吹き飛ばされ仰向けになっている黒羽だけだった。
「はあっ…はあっ…。黒羽、あれはやりすぎなんじゃないか?」
「いや、あれぐらいしないと僕に天咲さんは倒せませんよ……。それに天咲さんへのダメージは全部デバイスによっての仮想ダメージだから、実際に傷はないですよね?僕は一発本当にキツイ蹴りを喰らってるんですが…」
「痛いものは痛いんだ。デバイスが落ちればなくなるダメージとはいえ本当に死ぬかと思ったぞ。」
そう言うと天咲は立ち上がり、寝ている黒羽の方に向かい手を差し伸べる。黒羽は手を取って立ち上がった。
「ふう…ありがとうございます。」
「腹は痛まないか。それなりに本気で蹴ってしまったが…?」
「ええ、喰らった時は死ぬかと思いましたが。今は少し痛い程度です。平気ですよ。」
「本当に君は丈夫だな…」
「それだけが取り柄ですから。」
黒羽はそう言うと天咲の目をまっすぐ見つめ、姿勢を正す。
「今日は訓練して頂き、本当にありがとうございました。」
「いや、私にもいい訓練になった。能力の課題も見えたしな。むしろ君の能力を発現させる事が出来なくてすまない。」
「いえ、そんな簡単に発現するとは僕も思ってませんから…。僕にとってもいい実践訓練が出来ました。」
「そう言って貰えると嬉しいよ……。ところで、この訓練だが、定期的にしないか?私としても君の助けになりたいし、お互い得られるものがあると思うんだが……?」
天咲はすこし不安そうげな顔で黒羽に問いかける。それに対し黒羽は喜色を隠さずに答えた。
「本当ですか!僕としてもこんな訓練を定期的にして頂けるなら嬉しいです。」
(よし、これで黒羽と高い頻度で会えるな。度重なる訓練で、距離の近づいた2人は…ふふ)
邪な事を考えている天咲であったが、そんな事は顔には一切出さず黒羽に対応する。
「よし、それじゃあ週一ぐらいで集まろう。」
2人は次の訓練の約束をすると、トレーニング棟を出た。
(今日は授業には出れなかったけど、結構いい訓練が出来たな。)
黒羽がそんな事を考えながら歩いていると、路地裏から怒号が聞こえてくる。
「さっさと出しな!お嬢ちゃん。」
(……はぁ、訓練の後だから疲れてるんだけどなぁ。)
黒羽が路地裏に向かうと、そこには四人ほどの男が深くフードを被った少女を囲んでいた。
(あれは…分かりやすいカツアゲじゃないか…)
黒羽が少しあきれた様子で物陰に隠れながら見ていると、五人の中でも特にいかつい男が、少女に向かって恫喝しだした。
「なあ、俺たちはほんのちょっとお金をもらえれば今すぐここから立ち去るんだよ。何もしねえでなぁ?そのかわいい顔が傷つかねえようにしたほうがいいんじゃねえか?」
周りの男はその言葉を聞きながらヘラヘラ笑っている。彼らは恐らくCクラスかBクラスに所属している生徒だろう。ここ最近学園近くで流行っている羽無し狩りがまさに黒羽の目の前で行われていた。この学園において無能力者は羽無しと呼ばれている。能力が発現するとみられる体のどこかにある、鳥の羽の形をしたような痣が無能力者には無いからだ。羽無しは学園での立場はとても弱く、最近はこんな能力者が羽無しを襲うといった事件が頻発していた。
(世界を守るために集まってきたのに、こんなことをするなんて。あの人たちは恥ずかしくないのだろうか?)
「さっきから黙ってねえでなんか言えよおい。」
「――――」
「こっちは相当あぶねえ能力持ちもいるんだぜ?怪我じゃ済まねえぞ?」
彼らがいくら脅しても、少女は俯いたまま何もしゃべらない。
「はあ、痛い目を見ねえと分からねえみてえだな。」
そう言うとリーダーの男は拳を振り上げる。その瞬間黒羽は物陰から飛びだし、その男の股間めがけて強烈な蹴りを放つ!
「い、痛ってえええええええええええええええええ!!」
蹴られた男がそう叫ぶが、取り巻きは突然の出来事に反応が遅れる。その隙に黒羽は隣の男のすねを蹴り少女に近づくと腕をつかんで叫んだ。
「逃げよう!」
そして黒羽は少女を引き連れこの場から逃げようとするが。しかし無事な三人のうち一人が状況に追いついたのか、黒羽に持っていた鉄パイプを振りかぶった。その男の能力だろうか、鉄パイプは熱せられて赤く変色していた。
「何してんだてめえ!」
黒羽は鉄パイプを難なく躱すと、男のみぞおちに強力なパンチを叩き込む。男は痛みに耐えきれず屈みこんだ。その隙に黒羽は少女を連れて全速力で走る。
「まてやお前ら!」
残りの二人が我に返り、黒羽と少女を追いかけるが相手を撒くように道を選び走る黒羽たちはついにその追跡を躱すことに成功した。
二人が最終的にたどり着いたのは、町から少し離れ、海に面している港だった。既に夜も更けた中その港には誰もおらず、黒羽とその少女の二人しかこの場にはいない。
「はあっ……はあっ…。結構しつこい相手だったな。怪我はないですか?」
息を切らしながらも黒羽は少女に話しかけた。少女も息を切らしているのか、しばらくして息を整えた後フードを取って黒羽をまっすぐ見つめる。
そこにいたのはまさに天使だった。黒羽を見つめるその切れ長の瞳は透き通るような蒼色をしており、美しい銀色の髪を肩のあたりで切りそろえているその少女は、目鼻立ちも現実では考えられないような整い方をしている。身長は黒羽と同程度でそれが彼女の完璧な美しさに少女らしい可愛さすら加えているようだ。その美しさと可愛さが同居しているような見た目からか、どこか非現実的で、幻想的な雰囲気すらその少女は纏っていた。
この少女の美しさには、知り合いに美少女が多い黒羽も驚愕した。今晩は満月なこともあり、月の光がその少女の美しさをさらに演出する。
「あ、えっと。こんな遠くまでごめんね?でも彼らを振り切るためには―――」
しどろもどろになりながら黒羽は語り掛ける。すると先ほどからずっと黙っていた少女は、その言葉を遮るように口を開いた。
「あなた、バカなんじゃないですか?」
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