上手な女の子(結構ちょろい)
「エマ先生にも困ったものだな……」
黒羽がバイタルルームから、一年校舎の外にあるトレーニング棟へ向かう。トレーニング棟は一年から四年まで全員が使用できる施設で、筋トレ用のジムと模擬戦闘が可能なバーチャルフロアが主な設備だ。バーチャルフロアは二時間前までに使用許可申請が必要だが、ジムはこの学園のものならばいつでも利用することが出来る。
黒羽は二時間後にバーチャルフロア利用の予約をすると、すぐに筋肉トレーニングを始めた。
「65っ…66っ…」
黒羽が黙々と50kgベンチプレスを続けていると、足のほうから長身で、銀色の長い髪の女性が近づいてくるのが見える。
「今日も精がでるな、黒羽。」
「67っ…はぁっ!先輩70まで少し待ってください……」
「かまわないさ。さあ続けて。」
女性から許可が出ると、黒羽は切りのいい70まで一気にベンチプレスをする。
「ふ、まったくその小さな体のどこにそんな力があるんだか。」
「まあ……はぁっ……そこそこ鍛えてますから。」
「君でそこそこならこの学園のほとんどのものが鍛えていないことになるよ。」
そう言うと女性は黒羽の腹筋に手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと!やめて下さいよ!」
黒羽が身をよじって躱すと女性は手を引っ込め微笑む。
「ふふ、すまないな。黒羽はいじりがいがあるからすぐ悪戯してしまう。」
「もう、いつもいつもやめて下さいよ…天咲先輩。」
この悪戯好きな女性は天崎=リーア=トムソン。北米保護通商協国連合、通称『UPC』出身の2年生だ。Aクラスの生徒であり、異能力、戦闘センス、学業においてどれも高レベルの成績をたたき出しているエリート。また金髪長身でスレンダーな体をしており、美人であるため男性女性問わず、とても人気のあることでも有名だ。
「私のような美人にいじられているんだ、少しは喜びたまえ。」
「僕にそんな趣味はありませんよ。もう……」
とは言っても、実際の彼女はこのように茶目っ気のある生徒のようだ。
黒羽の訓練を中断させ、彼女は話し始める。
「で、今日の授業はなんで参加しなかった?君ならあの手の授業には絶対参加すると思っていたんだが。」
彼女が言っているのは今日の五時限目に予定されていた合同能力成長訓練のことだろう。二年生が一年生に付き、能力の扱い方を教えたり戦闘の知識を与えたり訓練をしたりする場だ。一年生は二年生から様々なことを吸収でき、二年生においては人にものを教えたり自分より下の階級の生徒と学ばせることによってリーダーシップや協調性を学ぶ機会となる。
この学園では様々な授業からの選択制となるが、彼女は黒羽がその授業を取ると確信していたのだろう。
「いや、ちょっと……。お腹を壊しまして。」
「腹を壊した?トレーニングのし過ぎで体調でも崩したか?自己管理はしっかりしたまえ。」
「はは、気を付けます。」
黒羽がそういうと、天咲は憮然とした顔で近くのランニングマシーンに乗り、話しながら走り出す。
「全く、君に手取り足取り色々教えてあげようと行ったのに君はいないし。余っていた変わった黒髪の女の子に教えていたら急に泣き出すし、本当に散々だったよ。」
「それは……ご愁傷様です……」
「ふん。君の訓練に対する姿勢は素晴らしいが、無茶は逆効果だぞ。大体君は人の忠告を聞かなすぎるんだ。この前の訓練の時も私があれほど――――――――」
「心配していただいてありがとうございます。でも、僕は大丈夫ですから。」
「――――」
黒羽の急な感謝の言葉と、純粋な笑顔に思わず天咲は黙ってしまう。彼女の顔はほんのりと赤く染まっていた。
(……この男は急にこういう表情をするから良くない。)
「どうかしましたか先輩?」
「なんでもない!んん。……ところで、今日私が君と訓練でやろうとしたことだが、後でトレーニングルームでやらないか?私なりに色々考えて君の能力が発現するようにとメニューを組んできたんだが。」
「本当ですか!?ぜひお願いします!バーチャルフロアは僕が取ってるのでそこでやりましょう。」
天咲の提案に喜びを隠さず反応する黒崎に、天咲は微笑ましさを感じ、気分が良くなる。
「ふふ、まあそう焦るな。それにこれは君の為だけでなく私の為でもあるんだ。」
「天咲さんの為?無能力の僕が役に立てることなんてそんなに――」
「あまりそう自分を卑下するな。君の戦闘能力は能力なしにしては異常なほど高い、君との戦闘訓練は私にも大きな糧となるさ。」
「――――――そういって頂けると嬉しいです。メニューには模擬戦闘もあるんですね。じゃああまり筋肉を酷使するトレーニングは控えます。」
そういうと黒羽は天咲の隣のランニングマシーンに乗り、少し控えめなスピードで走る。これから行う模擬戦闘のことを考えているのだろうか、黒羽は真剣な表情をしている。
(ふふ、どんな訓練になるだろうか。)
それとは対照的に、天咲はこれからの黒羽との逢瀬?に期待しているのか、どこか楽しげな表情をしている。そんな様すら絵になる天咲にチラチラと視線を送るものが何人かいたが、それすら気になっていないようだった。