洋菓子店の経営事情(2-4・後)
スタリナって知ってる?
なにそれ、必殺技?
違う違う。えっとね、喫茶店みたいな所なんだけど、店員がすっごく可愛いんだって。
メイド喫茶?
私もそう思ってたんだけど、なんか最近ケーキが美味しいらしいよ。
すっげぇ微妙な評価だな。
道を歩く一組の男女が、こんな会話をしていた。
その声を聞いたサラリーマンがスタリナという単語に反応する。
昨日くらいからツイッターで見かけるようになった単語だ。
――スタリナって何?
ちょ、これマジやばい! やばいよこれ!
なにソレ、ケーキ?
そうそう。未来がくれたんだけど、マジでチェンジザワールドって感じ!
でも見た目地味じゃね? そんならオシャレな感じの店でパフェ食べるし。
でもソレ千円くらいっしょ? 千円あったらコレ三個買った方がいい。
そんなに? 一個もらってもいい……なにこれヤバっ!!
ちょっ、勝手に食うなし!
これ何処で買えんの!? アマゾン!?
ネットじゃ無理……じゃ今から行く?
行く行く! なんて店?
えっと、確か……
――スタリナ、喫茶店みたいなとこらしいよ。
おかあさん! わたしスタリナいきたい!
スタリナ?
なんかね、みかちゃんがね、ケーキくれてね、おいしかったの!
ケーキ屋さんなの。じゃあ誕生日になったらね。
やだ! たべたいたべたいたべたい!
こら、わがまま言わないの。
だってすっごくおいしかったんだもん!
……もう、困った子ね。
いいんじゃないか、今日くらいは。
あなた……まったく、仕方ないわね。
やったー!
それで、そのお店は何処にあるの?
えっとねぇ……わすれちゃった。
ちょっと待っていなさい。調べるから。
わーい! パパ大好き!
はっはっは。えぇっと何々?
――スタリナ、鳴明街にあるらしい。
これはまた、シンプルなショートケーキですね。
ああ、それは娘がくれたものだよ。
これはこれは。華お嬢様の手作りでしたか。
いや、あれがバイトしている店で作ったものらしい。
なんと、華お嬢様がアルバイトを……流石は、勉強熱心な方だ。
ああ、自慢の娘だよ。
ええ。しかし、どうしてまたショートケーキなど……。
それ以上の品は無いからですよ。
おや、誠也様。
昨夜、私も妹から同じ物を頂きまして……驚きました。
誠也、説明しなさい。
召し上がっていただければ、お分かりになるかと。
ふむ…………むっ!?
…………これはこれは。
誠也、これを作ったのは誰だ?
とあるパティシエです。彼の名は存じ上げませんが、その店の名前なら――
――スタリナ、イタリア語でとても美味しいという意味だとか。
なにやら我らが真帆ちゃんがツイッターのトレンドになっておりますぞ。
くぅぅ、ついに我らが心のオアシスがメジャーデビューでござるかっ。
ふっ、にわか共が。
なにヤツでござるかっ!?
なぁに、ただの同志だよ。もっとも、私は華ちゃん派だが。
なんと、お姉さま一派の方でありましたか。
あのコミュニティは高貴な方が多い印象でござる……。
こ、此方も最近は女性ファンが増えているであります。
どうして張り合ったでござるか。
なんか悔しかったであります。
……。
……。
そんなことより! 拙者達がにわかとはどういった意味でござるか!
そのままの意味だよ。あれは、彼女達が行った広報活動の一環。
……なるほど、そうでありましたか。
ええ。つまり、我々のやるべきことは……
……ステマ、でござるか?
――今、洋菓子店スタリナが熱い!
おやおや、今日は人がたくさんいるねぇ……
お、斎藤さんじゃん。ちーっす。
おー、みくちゃん。今日は何かあったのかい?
今日はっつうか、今日から?
何か変わったのかい?
変わったっていうか、本気出した、みたいな?
ほえ、どういうことだい?
とりまケーキ食ってみ。したら分かるから。
それは楽しみだね。ところで、みくちゃんはどうして外にいるんだい?
ああそれは……お、来た来た。
てんちょ、届いた、よ?
はい、そこに置いておいてください。
……手伝う、よ?
いえ、キッカさんはお店の方をお願いします。
……うん。頑張って、ね。
はい、頑張ります。
届いた食材を直ぐに箱から出す。
右腕は痺れて、もうとっくに感覚が無い。
だけど疲れはいつまでもやって来なくて、どころか頬が緩んでしまう。
腱鞘炎にならないのだろうか、とか、不安が無いわけじゃない。
でも、それ以上に楽しい。楽しくてたまらない。
「お疲れさまでした」
閉店後、制服を着たままぐったりと机に突っ伏していた結城さんに声をかけた。
「……えへへ、お客さん、たくさん来てくれましたね」
「ええ。皆さんのおかげで、とても繁盛しました」
「……店長さんのケーキが美味しいからですよ」
流石の結城さんも疲れたのか、少し元気が無い。
思った直後、ぴょんと立ち上がった。
「よぉし! 明日も頑張ります!」
大きな声で言って、手を天に突き上げた。
それを見て、少しだけ此方の疲れも消えた。
「店長さんこそ、大丈夫ですか?」
「……と、いいますと?」
「あれだけ沢山ケーキ、一人でなんて、大変だと思います」
「問題ありません。慣れているので」
「流石です! 流石店長さんです!」
「恐縮であります」
「そんなことないであります!」
結城さんとの間で、この敬礼がプチブームになりつつある。
「では、遅くなる前に」
「はい! 直ぐ帰って寝ます!」
高校生に配慮して、閉店時間は午後九時に変更した。
それでも、閉店ギリギリまでお客さんが居る。
これは一過性のもので、直ぐ元に戻るかもしれない。
そうなるかどうかは、自分の作るケーキにかかっている。
……いや、ケーキと、彼女達の頑張りにかかっている。
「今日も、ありがとうございました」
「いえいえ、気にしないでください!」
「……はい。明日も頑張りましょう」
自分達が行ったのは、地道な宣伝活動だ。
お客さんや知り合いに、自分が作ったケーキを食べてもらう。
たったそれだけのことしかしていない。
なのに多くの人が店に足を運んでくれたのは、単に彼女達の力だろう。
問題は、次だ。
そのお客さんがもう一度来てくれるか否かは、自分が作ったケーキにかかっている。
……アンケートが気になる。
でも今は見ないでおこう。
せめて、この祭りが終わるまでは……。
『ちょっと真帆! ここで寝たらダメですわ!』
『おいこらエセお嬢様! みくの鞄踏むな!』
……頑張ろう。