洋菓子店の経営事情(2-1.5)
「あ、みなさん! おはようございます!」
午前十一時頃。スタリナの前に四人のスタッフが揃っていた。
「おせーよ」
「ぶー! だって急だったじゃないですかぁ!」
「どうせ暇でしょ?」
「帰りますよ!?」
祭りの真っただ中であり、今日も今日とて賑わう街。
真帆の可愛らしい怒声に行き交う人は何事かと目を向け、しかし直ぐに歩き去る。
その中には「ケンカかな?」と話の種にする人もいた。
だが未来と真帆のやり取りはいつものことで、すっかり慣れた華は微笑みながら口を挟んだ。
「私もビックリしました。鼻血を拭いていたら突然ケータイが震えて、見ると矢野さんから『店に来て』と一言だけ」
「鼻血!? だ、だ、大丈夫ですか?」
「はい。幸せです」
んー? と首を傾ける真帆。
むーっと真帆を睨んでいた未来は、脱力しながら溜息を吐いた。
「……ほら、キッカから話振ったら?」
その言葉に違和感を覚えた真帆と華は、そろって目を見開いた。
それから未来とキッカの顔を交互に見る。
だが当人達は真帆と華の覚えた違和感には気付けていない様子で、むしろキッカは注目されたと思って緊張した。
「……突然、呼んで、ごめん、ね?」
ゆっくりと、未来にエセ片言と評された口調で言う。
その様子を見て、華は少しだけ事情を察した。
「あれ、矢野さんじゃなくてキッカさん?」
真帆については、いつも通りである。
「うん。お願いが、ある、よ?」
「お願いですか?」
「うん。お店の、こと、ではなく、というわけでもなく……」
なんだろなんだろと真帆は目を輝かせる。
だがそれがキッカにとってプレッシャーとなり、彼女の声を詰まらせた。
「……みんなに、手伝って、ほしい、よ」
「お手伝い、ですか?」
きょとんと、真帆は首を傾けた。
この場で唯一状況を理解していない少女を相手に、ギリギリのところにあったキッカの心が折れる。
それを察した未来は、やれやれと息を吐き、髪をくるくるしながら口を挟んだ。
「ほらあれ、なんかウゼェ外人来たっしょ? あいつがクソ店長にケンカ売って帰ったから、返り討ちにしてやろうぜってこと」
「ぼぼぼ、暴力は良くないですよ!」
「ちっげーよ。なんだっけ、売り上げ祭り? あれで勝ちたいから、手伝ってくれって話」
「じゃあ最初から言ってくださいよ!」
「言ったし。てか最近みくに当たり強くね? なんなの?」
「そうですか? 私、矢野さんのこと好きですよ?」
「……うっせーばーか」
「あっ、最近分かってきましたよ。それ照れてるんですよね」
「こらチビ調子乗んなよ。全っ然照れてねぇし」
仲良くケンカを始めた二人から目を離して、華はキッカに声をかける。
「何か考えがあるんですか?」
「……なにも、ない、よ」
「そうですか……何かあったら遠慮なく言ってください。私は、精一杯お手伝いしますので」
「……ありがとう」
華は少し安心したように微笑んで、
「ところで、矢野さんとどんな話をしたんですか?」
「……みく、は、いいひと」
その答えになっていない返事が、しかし華にとっては十分な回答だった。
彼女は頬が緩むのを隠そうともしないで、わーわー騒ぐ二人に目を向ける。
……ねぇてんてん、気付いていますか――
「あぁ、あんなに怖かった矢野さんが可愛く見えちゃいます。面白い」
「だぁもぅうっさい! あと暑い! さっさと店入ろうぜ。キッカ鍵」
「はい。少し、待って、ね」
そわそわと、真帆は椅子の上で忙しない。
「キッカさん遅いですね」
彼女達が事務室に集まった後、キッカが店長を呼ぶと言って部屋から出た。
当然ながら、彼が居る厨房は同じ建物にあり、往復でも一分とかからない。
「ちょっと見てきます」
「やめとけ」
「なんでですか?」
真帆が立ち上がるよりも早く、未来が釘を刺した。
理由を求められた未来は、少し困ったような顔で華に目を向ける。
華はまさかの不意打ちに面食らいながら、曖昧な返事をした。
「てんてんが、お菓子を作っていて、ちょうど、いいところで、手が離せない……のでは?」
「店長さんが!?」
「……はい、どうかしました?」
「ちょっと私、見てきます」
あれ、と華は首を傾げる。
「やめとけ、邪魔になるだけだし」
「だって、店長さん、お菓子、作ってるんですよ?」
「よだれよだれ、きたねぇよ」
「すみません」
空気の読めない真帆にやれやれと思いながらも、その真っ直ぐな明るさに思わず未来は肩の力を抜く。
華は口元に手を当てて静かに笑って、楽しそうに言った。
「真帆は本当にてんてんのお菓子が好きなんですね」
「はい! 世界一です!」
あ、でも。
「お店に出ているケーキ、あんまり美味しくなかったです。時間が経つと、あんなに味が変わっちゃうだってビックリしました」
ポツリと言った言葉に、未来と華は様々な事を考えながら、何度も瞬きを繰り返した。
「出来立て食ったことあんの?」
まさしく同じ事を考えていた華はビクリと肩を震わせる。
……や、矢野さん。その質問を最優先したということは、つまりそういうことなのですの!?
「はい。何度かお菓子作りの先生になってくれて」
「へ、へー」
興味が無い、といった体で未来は小さな声を出す。
「お菓子を作ってる時の店長さん、すごく楽しそうなんですよ?」
「楽しそう……へー」
てんてんの笑顔を初めて見ました。数日前に言った言葉が、華の中で反響する。
「それで、出来上がったお菓子はとっても美味しくて」
くねくねする真帆から目を離した先、二人の目が合う。
彼女達は同時に頷いて、立ち上がった。
「……なんつうか、おそくね?」
「……ええ、気になりますね」
「……ちょっと、見に行く?」
「……ええ、そうしましょう」
二人の様子を見て、今度は真帆がぱちぱちと瞬きをした。
「はい、行きましょう……?」