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伊国少女の恋愛事情(3-3)

「まさか本当に地図を完成させるとはな……流石、俺の見込んだ男だ。だが……」


 この際、入浴中の姿が見られないことは仕方ない。

 そこでダニエルが考えたのは、着替えをノゾク事だ。

 水着を着るのであれば、その為に全裸になる瞬間が必ずある。

 そこを観測するのだ。

 ここで問題になるのは、方法である。

 よって作戦を立てる為、ダニエルはナーダに更衣室のスケッチを依頼した。

 果たして、ミッションは僅か十分という短時間で達成されたのだが……。


「なぜアリスが」


 頭を抱え、片目だけでアリスを見ながら言う。

 ホテルのベッドにちょこんと座ったアリスは、ぱたぱた足を揺らして、あははと笑った。


「いいじゃん。混ぜてよ」

「俺はナーダに声をかけたんだ。少し黙っていてもらえないか」

「うえーん、ダニーが冷たいよー」


 アリスは人差し指で目の下を擦りながら、足元に座っているナーダの肩を軽く揺らした。


「まぁ、いいんじゃないですか? むしろ女性の協力者がいた方が、成功率が上がるかと」


 そーだそーだと便乗するアリスを一瞥してから、ダニエルはぐぬぬと呻った。


「しかし、それではただでさえ少ないターゲットを減らすことになる……」

「残ってるのって誰?」

「キッカと、カルラさん、エリーヌさん、リザさん、マリーさん。この五名ですね」


 ナーダが指折り数えると、ダニエルはふむと顎に手をやった。


「そういえば、アリスを含めても女子は六人。比率にして七対三だったな……」

「いいじゃんいいじゃん。エリーヌとか脱いだら絶対すごいよ」

「……」

「あははっ、ダニーってむっつりだったんだ」

「違う、誤解だ。俺はただ……とにかく誤解なんだ」

「あの、先程からスラングが多くて、いまいち話が分からないのですが」

「後でキッカに聞いたら?」

「そうですね。そうします」


 素直に返事をすると、アリスはお腹と口を手で押さえてくすくす笑った。

 それを不思議そうに見るナーダに溜息ひとつ、ダニエルは立ったまま話を切り出す。


「……まぁ、不本意だが仕方ない。作戦会議を続行しよう」

「あらあらぁ? そんなにあたしの着替えが見たかったのかなぁ~?」

「ふん、自惚れるな。そもそも俺が求めているのはそんなものじゃない。青春という名の、輝かしい宝石なんだ」

「あははっ、やめてっ、く、苦しっ……」


 床をバンバン足で叩きながら笑うアリスを見て、ダニエルは軽く唇を噛んだ。


「……さて、なにから決めようか」

「まずは時間を決めるべきでは?」

「そこは心配するな。おそらく、今日なら今から一時間後。明日なら午後の六時。そして最終日は早朝がチャンスだ」

「え? 根拠は?」

「統計だ」

「え?」

「なるほど」

「えっ?」


 さも当然といった様子で話を進める二人の間で、アリスは戸惑いの表情を浮かべながら首を振った。


「待って、統計ってなに。なんの統計?」

「……アリスにはまだ話していなかったな」

「何を?」

「俺は今日の為に……ずっと準備してきたんだ」


 妙に誇らしげな表情を前にして、流石のアリスも言葉を失った。

 だがぽかーんとしていたのはほんの数秒。

 直ぐに表情を緩ませると、とびきりの笑顔を見せる。

 

「よぉし、それじゃあどうやってノゾクか考えよう!」


 アリスが弾むようにして腕を振り上げると、ダニエルの目線は自然と彼女の胸元に引き寄せられた。

 彼は直ぐに目を逸らしつつ、真剣に、彼女の力を借りながら、かつ彼女をターゲットにする方法を考え始める。


「ダニーには、いくつかアイデアがあるのでは?」

「残念ながら、具体的なアイデアは持っていない。これに関しては、今晩中に決める予定だった」

「そうでしたか……」


 ナーダが微かに肩を落とすと、直後にアリスがひょいと引っ張った。


「ねぇねぇ、あたしのアイデア聞いてみない?」

「流石アリス。早いですね」

「えっへん。ダニー達は、温泉が混浴だから着替えをノゾク事にしたんだよね?」

「ああ、そうだ」

「あのね、混浴ってことは、温泉への出入口が同じ場所に繋がっているってことでしょ?」


 意図が掴めず、ダニエルは首を傾ける。

 アリスは少し前のめりになると、いくらか声のトーンを落として続けた。


「もしもだよ? 温泉側から当たり前のような顔をして異性が入ってきたらどう思う?」

「……なるほど名案だ。その異性が日本人のナーダであれば、ターゲットはなおさら自らの異常を疑うだろう。いや待て、仮に男子全員で実行したらどうなる? 多数決で我々の勝利なのではないか?」

「うんうん、完全勝利だよ!」

「……いえ、少し待ってください」

「なんだ? 何か問題があったか?」

「ノゾキとは、隠れて行うものではありませんでしたか?」

「……しまった、そうだった」


 ばれるかもしれないという恐怖。

 それはノゾキを構成する重要な要素のひとつだ。

 堂々と着替えを見たところで、そこには何の意味も無い。

 隠れて、こそこそと見るからこそノゾキなのだ。


「考え直そう」

「ええ、そうですね」


 短く言って、互いに何かを考える姿勢になった。

 二人の間に座るアリスは、眠ったように目を閉じるナーダと、真剣な表情で腕を組むダニエルを交互に見ながら、さてどうしてくれようと右手の人差し指を口の端に当てた。

 アリスには、二人のノゾキに協力するつもりは全く無い。

 当然、自分の着替えを見せるつもりも全く無い。

 最も面白い状況を作り出し、自分は無傷のまま外側から見て楽しむのが目的だ。

 ……さぁて、どうしよっかなぁ。


「……隠れるにしても、どこに隠れるかが問題だな」

「……ええ。そもそも、どうやって女性用の脱衣所に入りましょう? ……この場合は更衣室でしょうか?」

「どっちでもいいんじゃない?」


 真剣な表情を崩さないまま、ダニエルは熱を生む程に頭を回転させていた。

 恐らく、このままではアリスの着替えを見ることは出来ない。

 これを可能にする為には、友であるナーダをも騙す必要がある。

 もっと正確な言い方をするならば、彼を利用する必要がある。

 当然、アリスに悟られないように。

 ……彼に小型カメラを持たせるのはどうだろうか。いや待て、それでは犯罪だ。


「……ふむ、参考書マンガの知識を借りるならば、排気口が繋がっていたりしないだろうか?」

「おお、なんだか忍者のようでかっこいいですね」

「でも排気口じゃ、よくて一人しか入れないんじゃない? 二人でノゾクのはムリだよ」


 話を続けるにつれ、ナーダの鼓動が早くなる。

 わくわくしている。

 このわくわくは、年に一度のチーム課題に近いものがある。

 ひとつの課題に向かって、仲間と知恵を出し合う。それが楽しい。

 そう考えると一人足りなくて少し残念な気もするが、まぁ、今はいい。

 とにかく、どうやって更衣室に侵入するのかを考えるのが楽しい。

 排気口ないし通気口は仮に繋がっていたとして、位置的に目立ってしまう。

 だから目立たず、それこそ忍者のようにこっそりと侵入する道を見つける必要がある。

 ……この道を使えば、もしかしたら。




 三者三様の考えはまとまらず、しかし、歪ながら同じゴールを得た。

 そして、その時が訪れる。


「……健闘を祈る」

「任せろ。あ、いや、任せてください」


 彼らが泊まる部屋の窓から、ロープが吊るされている。

 下には通気口があり、更衣室に繋がっている。

 なお、このルートは監視カメラの死角となっており、見つかる事は無い。


「では、行って来ます」

「ああ。俺も直ぐに続く」


 早朝。少しだけ空が明るくなってきた時間帯。

 ダニエルは、ロープをしっかりと握るナーダに力強い敬礼をした。

 音もなく、それこそ忍者のようにナーダは更衣室へと向かう。


 手筈はこうだ。

 アリスが早朝の温泉には秘密があるという噂を流し、人を集める。

 ナーダとダニエルは事前に更衣室へ侵入しておき、集まってきた女子の着替えを見る。

 二人が隠れている場所に誰かが近付かないよう、アリスが徹底してサポートをする。


 あくまで、口頭で決めた手筈は以上の通りだ。

 

 ダニエルは考える。

 おそらくアリスは裏切る。

 ならばナーダの侵入は失敗に終わるだろう。

 故に、ちょっとした騒ぎになるはずだ。

 それを利用して、こっそりと忍び込む。

 ……完璧だ。


 ナーダは考える。

 やばい楽しい!

 

 そしてアリスは――


 ロープを片手にゆっくりと更衣室を目指すナーダは、あっという間に通気口まで辿り着いた。

 手に持ったドライバーで、円形の通気口を止めるネジを外していく。

 一本だけ残し、残りはポケットへ。

 すると、通気口は容易く回転させられた。

 こうして生まれた隙間は、ちょうど人一人分の大きさがある。

 成功を確信したナーダはニヤリと笑い、壁に足を付け、ロープをしっかりと握り直した。


 膝を折り、思い切り壁を蹴る。

 そして振り子の原理を利用し、一気に更衣室へ飛び込んだ。


 スタッ、小さな音で着地に成功したナーダは力強く拳を握りしめた。


「……やったっ、成功だ!」


 自らが入った通気口に目を向ける。

 早く仲間と、数秒後にあの通気口から現れるであろうダニエルと共に、この喜びを共有したい。


「……え?」

 

 だが、まずナーダの目に映ったのは通気口ではなかった。


「……あ」


 ふと、ダニエルが言っていたことを思い出す。

 いいか、キッカには絶対にバレないようにしろ。もしもバレたら、この作戦は失敗だ。


「……ちょっと、あの、どうして」


 事態が呑み込めない彼女は、ちょうど脱いだばかりの上着を手に、身体を隠すことすら忘れてぱくぱくと口を動かした。

 対して彼は、完全に思考を停止させて固まってしまっている。

 そんな二人を動かしたのは、とびきり楽しそうな声。


「リザ! マリー! 早くぅ!」


 それは、二人の良く知る人物の声だった。

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