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伊国少女の恋愛事情(2-4)


「なぁキッカ、これどう思う?」

「いいんじゃないですか」


 ちょうど目の前に停車したバスに乗って一時間。


「なぁなぁキッカ、これは?」

「いいんじゃないですか」


 パリにある少し大きなショッピングモールの近くで降りて、徒歩で十分。


「なぁなぁ」

「いいんじゃないですか」


 今見ているのは、ネックレスや指輪といった装飾品。


「これは?」

「いいんじゃないですか」


 目がチカチカする配色に目を細めながら、子犬の様にハシャグ彼に雑な返事する。

 ずっと家を手伝っていたせいかこういう場所には無縁だったけれど、やはり興味はあるというか、プレゼントを買うついでに自分用の品もと考えてワクワクしていたのは数分前までの話。

 彼を見ていたら、なんだか恥ずかしくなった。


「これすごくね!?」

「少し落ち着いてくださいっ」

「……ごめん」


 なんだか子犬から玩具を奪ってしまった気分。


「いやー、こういうとこ来るの初めてだから、テンション上がっちゃってさ」


 でもシュンとしたのは一瞬。

 直ぐにヘラヘラとした表情に戻った。

 ちょっと声が小さくなったけど。


「それにほら、こういうのデートっていうんだろ? なんか、ワクワクする響きだよな」


 私は彼との距離感に悩んでいるのに、なんでこう、こうなの?

 遠慮が無いというか、壁が無いというか……。


「くだらないことを言っていないで、プレゼントを選びましょう」

「あははは。えっと、アリスどんなのが好きだと思う?」


 色とりどりの商品を見ながら適当に返事をすると、どうしてか楽しそうな声が返ってきた。

 見なくてもヘラヘラとした表情が浮かんでくる。

 私は溜息ひとつ。


「……」


 ……あれ、アリスの好み、分からない。


「あ、貴方はどう思いますか?」

「え? そうだな……分かんない」


 この人に聞いた私がバカだった。

 私も分からないけど。


 アリス、どんなのが好きなのかな……。


 本人に聞いたら「面白い話」と言っていた。

 きっと冗談だろうけど、同じくらい本気のような気もしてしまう。

 そもそも、アリスなら何を貰っても喜びそう。

 つまり、なんでもいい。

 ……むずかしい。


「そういえば、お金はあるんですか?」

「お金? ああ、えっと……千ユーロもあれば足りるよな?」

「十分です。どうしてそんなに?」

「ほら、学校始まったくらいの頃に商品券配っただろ? あんとき貰った。いやぁチップって本当にあるんだなって感動したよ」


 知らなかった。

 でも、それだけで千ユーロも?

 お客さんの中にお金持ちがいたのかな?

 ……ううん、今はアリスのことを考えよう。

 きっと何気ない会話にヒントが。

 

 ――見て見てキッカ! 小鳥がいる! 窓に! あははっ、ちっこくてかわいい!


 そうそう、少し前にこんなことを言っていた。

 かわいいものが好きなのかな?

 

 ――小鳥といえば飴細工ってあるじゃん? あたし幼い頃あれ見て本物に飴を塗ってるのかなって思っちゃってさ、それで……あっ、ううん、忘れて。


 でも直後にこんなことを言っていた。

 この時に見たアリスの凍り付いた笑顔が、とても印象に残っている。

 ……。


「さて、どうしようか」

「とりあえず、鳥関連はやめておきましょう」

「鳥? なんで?」

「……いえ、なんとなく」

「そっか。じゃさ、キッカはどんなのが好き?」

「私ですか?」

「ほら、歳が近いし、同じ女の子だろ? それに仲もいいから、きっと趣味も合うんじゃないかなって」

「そうですね……」


 これといった好みは無い。

 だけど、見ていて「いいな」って思う物はいくつかあった。

 たとえば、えっと、どれだったかな……。

 そうそう、あの指輪とかいいなって……おぉぅ、素敵なお値段。


「キッカ?」

「いえ、そうですね……この星の髪飾りなんてどうですか?」

「なるほど。あいつ頭の中キラキラしてそうだから外もってことか」

「違います。実用性を考慮してのことです」


 なんて失礼。

 常々思っているけれど、彼には大切なものがいくつか欠けている。

 

「実用性か。確かにお菓子作る時に指輪とかしてたら邪魔だよな……」


 そのくせ妙に真面目だから、こっちは反応に困ってしまう。

 癇に障る言葉に悪意は無くて、非常識な行動には文字通り常識が無い。

 これが文化の違いということ? 日本人って皆こうなの?


「そうですね。だけど、貰って迷惑ということはないと思います」

「本当に?」

「はい。ところで私はこれが気に入りました。これにします。貴方も早く決めてください」

「マジかっ、ちょ、ちょっと待ってくれ」


 慌てた様子で商品に飛び付く彼を見て、少しだけほっこりした気持ちになる。

 子犬に見えなくもない。

 子犬は嫌いじゃない。


「私はそこのベンチで座っています。決めたら来てください」

「悪いな、すぐ行くから」


 うんと頷いてレジに向かう。

 とりあえずアリスへのプレゼントは買えた。

 あとは、もうひとつの目的……。

 彼と、ゆっくり話をしてみること。

 何を話せばいいんだろう。

 

 考えたら、途端に頭が真っ白になった。

 単純に話題が無い。

 行きのバスでも何も話せなかったし……。

 なんていうか、何を考えているのか分からないから困る。

 

 ただ、悪い人じゃないのは分かる。

 痛いくらい。

 それなのに、どうしてこう、常識が無いんだろう。

 なんというか、残念な人だ。


「おいキッカ! これ見てみろよ! やべぇよこれ!」


 視線が集まって、こそこそと笑い声も……恥ずかしい。


「あれ、キッカ? どこ行くの? キッカ?」


 無視。


「あっ、トイレか。悪いな、こっちも時間かかりそうだから、ゆっくり行ってきてくれ!」


 俯いて、唇を噛む。

 違う。彼が声をかけている相手は私じゃない。

 彼は知らない人。

 赤の他人。


 ……本当に、もう、どうしてこう常識が無いのだろう。


 


 結局、この日もゆっくりと話すことは出来なかった。

 代わりに、彼の人柄というか、そういう人なんだなということは良く分かった。

 分かったから、きっと上手く付き合っていけると思う。

 今は慣れていないだけで、そのうち自然に話せるようになるんだと思う。

 帰りのバスで、うっとうしいくらい元気な彼を横目に、そんなことを考えていた。

 

 次の日、アリスの誕生日を祝った。

 皆でお菓子を作って、プレゼントを渡して、わいわい騒いだ。

 きっと特別な事はしていなくて、ただ楽しかった。

 その日の夜は、眠るのに苦労した。


 次の日からは、まるで昨日の出来事が夢だったかのように、淡々と学校生活が再開した。

 私と彼の関係は少しも変化しなかったけれど、次の日から髪飾りを付けるようになったアリスを見る度に、本当にそうなのかなと首を傾げた。

 そういう目線で考えてみると、確かに毎日彼を叱っているけれど、私の中にある怒りというか、そういった感情は徐々に小さくなっているように思えた。

 きっと、これが慣れるということなのだろう。

 

 そして事件というのは、大抵何かに慣れた時に起こるものだ。


「……あははっ、えっと、あんまり気にしなくていいんじゃない?」

「その通りだ。今回はたまたま、評価基準と合わなかっただけだろう」

「まぁ運ってあるよな。気にすんな」


 慰めの言葉が、だけど頭に入ってこない。

 十二月の終わり、年が変わる頃。

 それは突然発表された。

 現段階で、どれくらい評価されているか。

 具体的に何を評価したのかは示されていない。

 点数も講評されていない。

 ただ、順位だけが発表された。


 上から下に並ぶ名前。

 上が一番で、下が三十六番。

 

 私は、36という数字の横に書かれた自分の名前から、目を逸らすことが出来なかった。

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