伊国少女の恋愛事情(2-2)
気付けば十月も半分が終わっていた。
家を出た時にはそれなりの不安があったけれど、生活には慣れたし授業も大丈夫。
ただひとつ問題があるとすれば、それは人間関係だ。
といってもチームの雰囲気は和やかで、居心地が良い。
アリスとは仲良くなれたし、ダニエルさんとも普通に話せる。
問題は、あいつ。
なんなの?
なんでこう、ああなの?
私は頑張って仲良くしようとしているのに、どうしてこう、んん~~!
「……あれ、もう朝?」
いけない、アリスを起こしちゃった。
「ううん、まだ少し早いよ」
「そ、じゃあ時間になったら起こして」
「うん。ごめんね」
アリスが目を閉じた後、私はゆっくりと枕に頭を埋めた。
今度は足をバタバタしない。
……私は悪くないと思う。
挨拶はちゃんとしているし、積極的に声をかけようともしている。
結果的に声をかけられないのは、きっと話題が無いから。
それと、あいつが私を怒らせるから。
道具やお菓子で遊んだり、
調理室で寝てたり、
授業に遅刻したり。
なんだか毎日あいつに怒っているような気がする。
そのせいで微妙な距離が出来るというか、声をかけにくいというか……。
もうこのままでもいいんじゃないかな……?
どう考えても、あいつのせいだし。
だけど、このモヤモヤ感じが続くのは嫌だ。
そこで、私は考えた。
あいつと一番早く仲良くなったのはアリス。
今でも二人の距離感はとても近い。
だからアリスを観察することでヒントを得られるかもしれない。
この日、私はずぅっとアリスを見ていた。
「あはははっ、今度は何やってんの?」
「なっ、何もしてねぇよ?」
「隠し事!? やだ珍しいチョー気になる!」
「待て待てっ、これはマジやばいんだって!」
じゃれあう二人。
とっても仲が良さそう。
どこかに、何か秘密があるはず……。
その日の夜。
私はベッドの上で一日中観察したアリスを思い出す。
……全然分からない。
もういっそのこと直接聞いてみようかな。
そんな風に思った時、アリスが声をかけてきた。
「ねぇキッカ? 何か私に言いたいことある?」
「……どうして?」
「だってほら、なんだか一日中睨んでたじゃん?」
「睨む? いえ、あれはその……」
話そうかどうか少し迷う。
少し迷って、迷って、迷った。
最終的に、やっぱり聞いてみることにする。
「実は、ナーダさんのことで」
「ナーダ? あいつまた何かしたの?」
「いえ、その……どうしたら仲良くなれるのかなって」
クスクス笑っていたアリスはピタリと音を止め、次の瞬間に勢いよく飛び上がる。
「もしかして恋バナ!? ナーダのこと気になっちゃう!? うそやだいつからっ?」
「アリス、真面目な話」
「あはは、ジョークジョーク」
照れたように笑って、ベッドの縁に腰掛ける。
「それで、どういうこと?」
「……このチームで、私とナーダさんの間にだけ妙な距離感があるから……アリスを見ていたのは、何かヒントを得られるかもしれないと思って」
「ヒント? 私から?」
「うん。だって、ナーダさんと一番仲がいい」
「そーかな?」
「そうだよ。ねぇ、どうやったら仲良くなれるの?」
素直に問うと、アリスは「うーん」と大袈裟な様子で考え込んだ。
その姿を見ていると嫌な予感がするのはどうしてだろう。
やがて、アリスは心底楽しそうな笑顔で言った。
「これだよこれ。キッカには笑顔が足りないんじゃないかな?」
翌日。
アリスのアドバイス通り、私は笑顔を意識してみた。
考えてみれば、あいつの見えるところで笑ったことは無い。
私とアリスの一番の違いはこれだ。
いつも笑うアリスと、一度も笑わない私。
客観的に考えても、アリスを相手にした方が接しやすい。
意外にも的確なアドバイスだった。
嫌な予感がするとか思っていたことを申し訳なく思う。
明日の宿題は手伝ってあげることにしよう。
というわけで。
「ナーダさんっ、おはようございます☆」
次の日の朝。
教室。
私は真っ先に声をかけた。
「え? お、おはようございます……」
「今日は、いい天気ですね☆」
「そ、そうですね。俺もそう思います」
あ、あれ? なんだか微妙な反応……?
「では、今日も良い一日を☆」
「……あれ、それだけ?」
「え?」
「いや、その、なにかあるのかなって。なんでもないならいいんだ。うん」
「そう、ですか……あっ、えっと、授業が始まってしまいます。また後ほど☆」
席に着く。
……。
…………過去最長。
過去最長だよ!
こんなに普通の会話が続いたなんて初めてだよ!
笑顔すごい☆
アリスありがとう!
あれ? なんで笑いながら目を逸らすの?
……ま、いっか☆
うーん!
ニコニコしていたら楽しくなってきた!
今ならどんなことでも出来そう!
よーしっ! 今日はこの調子で頑張るよ☆
その日の夜。
私は頑張った。
いっぱい笑顔を作って、いっぱい頑張った。
なのにどうしてベッドの上で膝を抱えているのだろう。
この胸の痛みは、何なのだろう……。
「……ねぇアリス。私、どこがいけなかったのかな?」
「ど、どこ、どこだろ……ふっ、も、もームリっ、あははは最っ高っ!」
「笑いすぎ」
「……はーい」
繰り返すけど、私は頑張った。
精一杯の笑顔を浮かべて、声をかけてみた。
だけど、なんだか……怖がられちゃった。
「……私、嫌われてるのかな」
「そんなことないと思うよー?」
「だって、出会った時から怒ってばかりだよ?」
「そうだね。まぁ、全部あいつが悪いけど……じゃあさ、考え方を変えてみたら?」
「どんな風に?」
「こら! じゃなくて、まったくもぅ! みたいな」
「……それは、ちょっと」
想像してみる。
腕を組んで、頬を膨らませて、そっぽを向きながら「まったくもぅ!」
……辛い。
「言い方じゃなくて気持ちの問題だよ。またあいつかー、みたいな」
「気持ち……」
確かに、同じ「怒る」でもいろいろある。
次の瞬間に笑えるものと、一週間くらい口を聞けなくなるもの。
その違いが、気持ちなのかもしれない。
「……ナーダさんのこと、どこかで嫌っているのかな?」
「それをあたしに聞かれても」
「……そうだよね、ごめんなさい」
「あー、えっと、まぁ、大丈夫なんじゃない?」
「どうして?」
「だって、嫌いな人の事で悩んだりなんかしないでしょ?」
「……うん」
その通りだ。
仲良くなりたいから、悩んでる。
「ありがと。話を聞いてくれて」
「気にしないで。見てて楽しいから大歓迎だよ」
思えば、アリスの第一印象は悪かった。
だけど今は……だからきっと、大丈夫。
よし!
明日こそ!