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伊国少女の恋愛事情(2-1)

 ここでの生活は規則正しいものだった。

 六時に起床して、七時半までに食事などを済ませる。

 そして七時四十分から、全員で揃って授業を受ける。

 

 授業には座学と実技があった。

 座学では語学や食品、それから経営などパティシエに関する様々なことを学ぶ。

 実技では文字通りお菓子を作る。


 今は実技の時間。

 私達は四人一組のチームに振り分けられているけれど、授業では基本的に一人だ。

 当然、誰もが他人をライバルとして見ているから、常に張り詰めた空気が漂う。

 それは同じチームの人が相手でも同じで、だけど他のチームの人よりかは少しだけ距離が近いからか、ほとんどの会話は同じチーム内で行われる。

 内容は様々で、遠慮の無い言葉が飛び交うことも珍しくない。


 

 おい、何を作っているんだ?

 新作だ。

 ははは、なんだ新作か。てっきりヘタクソな自分に嫌気がさして現実逃避をしているのかと思ったよ。

 これは困った。僕はほんの息抜きのつもりだったのに、どうやら君の許容できる現実を超えてしまったらしい。


 

 聞こえてきたのは流暢なスペイン語とドイツ語。

 違う国の言葉による会話はそれほど珍しくないけれど、合わせればいいのにと思う。

 それに加えて遠回りな皮肉とか、いろいろ気難しそうな人達だ。

 ああいう人達と比べると、私のチームはいくらか和やかに思える。



「おいナーダ、まさかそれで完成なのか?」

「うん。ダニーは違うの?」

「もちろん、ここからが本番だ」

「そうやってまた余計な物を入れるから不味くなるんじゃねぇの?」

「……しかし、それでは見た目が」

「ほら、ケーキとか生クリームに苺を乗せただけだろ? 他にも生クリームで模様つけたり……」

「「なるほど」」

「あははっ、やめてっ、笑わせないでっ」



 二人の会話を聞いて、アリスがお腹を抱える。

 アリスはともかく、何時の間にかダニエルさんとナーダさんも仲良くなっていた。

 会話もナーダさんに合わせた英語で、思いやりを感じられる。

 いいことだ。


 そう思いながら、私は完成したお菓子の味見をする。

 ……んっ、おいしい。


 

 こうして不慣れ故に慌ただしくも、穏やかな時間が流れた。

 月曜から金曜に授業を受け、土日は自由に過ごす。

 自由とは言っても、ほとんどの生徒は調理室にこもった。

 それは私達も同じで、九月に与えられた休日のうち、寝る以外の時間は調理室で過ごしたような感覚さえある。

 

 そして新しい月を迎え、ふと思う。


「よしナーダ、勝負だ」

「おーけー。アリス、審査よろしく」

「はーい」


 すっかり打ち解けた三人。

 それを少し離れた位置で見る私。

 ……少し離れた位置で見る、わたし。


「ダニエルさん、今日は何を作るんですか?」

「ん? ああ、今日はカルターフントを作るつもりだ。一月でどれだけ成長できたか確かめたくてな」

「そうですか。頑張ってください」

「ありがとう。ぜひ、キッカも審査に加わってくれ」

「はい、分かりました」


 ……会話、終了。

 なんとなくナーダさんに目を向けると、彼はニヘラァと笑って小さく首を傾けた。

 じーっと見て、なんとなく口を開いて、さっと顔を逸らす。

 するとアリスの笑い声が聞こえたような気がした。

 

 ……私だけ、なんだか距離感がある。


 近付いてみようと決意してから早くも一ヶ月。

 結局近付けていない。

 毎日のように心の中で決意を改めては、進展せず次の日を迎える事を繰り返した。

 最初の頃の様に険悪な空気が流れることはなくなったけれど、なんというか、このままではいけない。

 今日こそ。


 そんな思いで、日々を過ごしているのに……。


「どうだアリスっ、今日のはそこそこ見た目もいいだろ?」

「ふっ、今日のは自信作だ。俺の勝ちに決まっている。そうだろ、アリス」

「……どっちも微妙」

「「なん、だと……」」


 過ごして、いるのだけど……。


「確かにナーダの見た目は良くなったけど味が微妙。ダニーは逆」

「中途半端ということか……分かった、作り直す」

「俺も作り直す! アリス、審査は次のやつで頼む」

「はーい」


 何時の間にか私は蚊帳の外。


「どうだ!?」

「あんま変わってない」

「こっちは!?」

「なんか変わった?」


 アリスが一口食べて感想を言うと、直ぐにまた二人は新しいお菓子を作る。

 その競争心というか、ライバル意識は良いと思うけど……。


「……あの、少し手を止めて頂けませんか?」


 私が声を出すと、二人はピタリと手を止めた。

 それを見て「またか」と思いながらも、私は口を止められない。


「これ、どうするつもりですか?」


 あちこちにたまった大量のお菓子を指して、問う。


「お、落ち着けキッカ。落ち着くんだ」

「私は落ち着いています」

「そうか。それはいいことだ」

「そうですね。それで、このお菓子、どうするんですか?」

「……わ、我々は学生であり、与えられた物をフルに利用して腕を磨くべきで……」

「このお菓子、どうするんですか?」

「……今すぐ食べますっ!」


 ダニエルさんが作業を止めて、文字通りお菓子に飛びついた。

 溜息ひとつ。

 それからナーダさんに目を向けると、彼はビクリと肩を震わせて、苦々しい笑顔を浮かべながら言った。


「ほ、ほらこれ、パンナコッタ。わりと上達したと思うけど、一口どう?」


 そういって差し出されたのは、いつかのブロックに比べれば遥かに形の良くなったお菓子。

 良くなったといっても、立方体が丸みを帯びた台形に変わった程度。

 あの時と違って絶対に食べたくないとは思わない。


「結構です」


 でも、それとこれとは話が別。


「そ、そうか? 結構いけるぞ?」

「貴方も、この大量のお菓子、どうするんですか?」

「今すぐ食べますっ!」


 言って、彼もまたお菓子に飛びつく。

 もう一度、溜息。


「いいですか? 確かに、私達には大量の食材が与えられています。ですが、だからといって、いえ、だからこそ大事に使うべきだと思うのです。たとえば、お店を持つことになった場合、如何に無駄を省くかが重要になります。その意識を磨くためにも、今のうちから食材を大切にする感覚を養うことは重要……あの、聞いていますか?」

「「イエス! マム!」」

「真面目に聞いてください!」


 こうしてまた、お説教が始まってしまう。

 がみがみと声を出しながら、私は心の中でしょんぼりする。

 それを知ってか知らずか、横で見ているアリスは楽しそうに笑っていた。


 ……次こそ!

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