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伊国少女の恋愛事情(3)

「あたし思うんだけど、オーナーって絶対ヅラだよね?」


 その一言で私とダニエルさんは耳を疑い、


「いや、あいつ地毛だよ?」


 次の一言で、作業の手を止めた。


「あはははっ、あいつとかっ、友達かよっ」

「友達っていうか、育て親?」

「あははは、ほんと面白い。なにそのジョーク」

「いやジョークっていうか……まぁいいや。作業を終わらせてから話そうぜ」

「あたしもう終わってるよ?」

「うそだろ、まだ十分も経ってねぇぞ?」


 二人の話し声から意識を逸らして、作業に戻る。

 少し驚いたけど、どうせ意味の無い冗談を言い合っているだけだ。


 入学式で、私達は課題を知らされている。

 それは初日――九月一日――に、いきなりチームで競い合うという内容だった。

 学校に一般人を招き入れ、各チームが作った品を無料で提供する。

 制限時間は二時間。

 シンプルに、提供した「個数」で順位を付ける。

 ケーキをワンホール提供しても、クッキーをひとつ提供してもカウントは同じ。

 つまり、小さな品で数を稼ぐ方が圧倒的に有利。


 そう考えた私は、アマレッティを作る事にした。

 アマレッティはフランスのマカロンに似たお菓子で、小さくて作るのも簡単。

 ライバルが作るのは、きっとマカロンかクッキー。

 アマレッティならクッキーより美味しくて、マカロンより早く作れる。


 ふとダニエルさんを見ると、真剣な表情をしていた。

 やっぱり頼りになりそう。

 次にナーダさんを見ると、アリスさんと会話しながらも、それなりに真剣な表情をしていた。

 ちょっと安心。

 ここでもヘラヘラしていたらどうしようかと。

 だって、この課題で最下位だったチームは……退学、させられるんだから。

 残り一週間。

 自由に過ごして良いと言われているけど、きっと全員が調理室キュイジーヌにいる……。


 ……いきなり、真剣勝負。


 震える手を抑えて、強く息を吐く。

 それからアマレッティをオーブンに入れ、見守る。


 こうして見ていると、クッキーとあまり変わらない。

 それから、地味だ。

 お菓子は見た目も大事。

 というより、きっとみんな同じような物を作るだろうから、見た目が大事。

 ……何か考えないと。




 それから十五分くらいして、全員のお菓子が出来上がった。

 

「おっそーい。あたしのクランペット冷めちゃったじゃん」


 一番最後に品を出したダニエルさんに向かって、アリスさんが文句を言った。

 遅いといっても、三番目に完成した私と五分くらいしか変わらない。

 ナーダさんと私は、ほとんど同時。

 アリスさんが早いだけ。

 あの短時間でどうやって……。


 クランペットはイギリス発祥のパンケーキ。

 アリスさんが作ったクランペットにはバターとハチミツがかけられている。

 ホットケーキみたい。


「あ、ダニーの美味しそう! さっそく貰うよ?」


 言いながら、手を伸ばした。

 ……机に手を付いて、行儀が悪い。


 ダニエルさんが作ったのは見たことのない品。

 ロールケーキのような形状で、外面は雪のように白い。

 ここでの試食を前提に作ったのか四等分されていて、断面に見える何かが瑞々しく輝いている。

 ……とても美味しそう。


「わぁ本当に美味しそう! はむっ、うーん! うーん……うーん?」


 ……気になる反応。


「ダニエルさん。私もひとつ頂いていいですか?」

「ああ、ぜひ食べてコメントしてくれ」

「俺もいいか?」

「ああ、もちろんだ」


 手に取ったお菓子は外の白い部分が硬く、内側にある部分は柔らかかった。


「これは、なんというお菓子ですか?」

「カルターフントだ」

「……カルターフント」


 カルターフントといえば、ビスケットとチョコで交互に層を作るドイツのお菓子。

 なら、この白いのはホワイトチョコレートかな?

 とりあえず、口に入れる。


 ……おぉ、柔らかい。


 どうやらチョコの表面だけが固めてあって、内側は液体だったようだ。

 それからビスケットの代わりに挟まれていたのは、多分バナナ。

 不思議な食感。

 チョコとバナナ、それと見た目を華やかにする為に混ぜたであろう何かが絶妙にケンカして……。

 ……美味しくない。


「どうかな?」


 ……………………。


「……はい。とても、美味しそうでした」

「ふっ、そうか」


 満足気な表情。

 どうしよう、ちゃんと言った方がいいのかな?


「ナーダはどうだ?」

「え、俺?」

「ああ。これはテレビで見た日本のチョコバナナを参考にしたんだ。オリジナルのパサパサした感じが妙に好かなくてな」

「なるほど。確かにチョコとバナナだし、パサパサした感じは無い」

「ああ。ぜひ日本人のコメントがもらいたい」

「コメント……あっ、感想か……」


 難しい顔で日本語らしき言葉を呟くナーダさんに、アリスさんが何かを耳打ちした。


「なるほど、はっきり言えばいいのか」


 アリスさんがニヤリと笑う。

 やばいと思った時には、もう遅かった。


「不味い」


 ダニエルさんの表情を見て、アリスさんが大声で笑う。


「お前これ味見した? いろいろ混ぜすぎ」


 その後もナーダさんのコメントは続いた。

 おおよそ同意できる内容だったけど、ちょっと言い過ぎだと思う。

 

「……ありがとう。大変参考になったよ」


 ダニエルさん、泣きそう。


「えっと、見た目は本当に美味しそうでした。アイデアも面白いと思います」

「……キッカ、いいんだ。自分の課題は、自分が一番良く分かっている」

「……はい、頑張ってください」


 余計な物を混ぜなければ直ぐに改善すると思うけど……別の機会に指摘しよう。


「あー面白かった。じゃあ次、あたしのクランペット食べてよ」


 笑顔のまま、お皿を持ち上げた。

 これまた人数分用意してある……あれ、私作り過ぎたかな?

 さておき、こっちも美味しそう。

 私達は一切れずつフォークで取って、口に入れる。


「どう? 美味しいでしょ?」

 

 ……うん、美味しい。けど……。


「……これは、いくつか手順を省いたようだね」


 ダニエルさんの言う通り、具体的には分からないけど、何か足りない印象を受ける。


「うん。でも美味しいでしょ?」


 確かに美味しい。

 だけど、何だか手を抜かれたような気がして、あまり気分が良くない。

 それはダニエルさんも同じようで、苦い顔をしている。


「……だが、これは二流だ。一流とは違う」


 少し厳しい主張。

 だけどアリスさんは笑って答える。


「あの、味で、一流、二流を語るとか……ダメ、おなか痛い」

「ぐっ、それは関係無いだろ」

「あるよー? あんまり待たせると客がキレちゃう」

「手を抜いても同じだ」

「あはははっ、微妙な味の違いなんて客には分かんないよ」

「俺はそうは思わない」

「五分ですごく美味しい物を作るのも、一分で美味しい物を作るのも同じ。ナーダもそう思うでしょ?」

「え? あー、うん。そうだな」

「あはははっ、なにそれテキトー」


 気付くと、私は両手を握りしめていた。

 考え方はいろいろあると思う。

 ただ、彼女の考え方は嫌いだ。

 それに共感出来てしまう彼も、嫌いだ。

 

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