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伊国少女の恋愛事情(0)

――キッカ編・プロローグ

 キッカさんとの食事は、いつも静かだ。

 時間の有無に関わらず、会話は少ない。

 だが不思議と居心地の悪さは感じず、むしろ落ち着く。

 今も、昔も。

 そして共に過ごした時間が長いからか、ちょっとした変化が伝わってしまう。

 今日の彼女は、妙にそわそわしている。

 何か言いたそうだ。

 

 そう思ったのが、今朝。

 

 彼女が口を開く度に背筋を伸ばし、無言のまま閉じられる口と共に脱力する。

 そんな事を繰り返しながら。

 キッカさんの言葉を待って、待って、待ち続けて……。

 夜になった。

 ふと暗くなった窓の外を見て、立ち上がる。

 部屋の電気をつけて、ついでにお茶を持って席に戻る。


「……どうぞ」


 キッカさんは一度お茶に目を向けて、直ぐにまた此方を見た。

 そして、小さく口を開く。


「……」


 ゴクリと喉を鳴らして、言葉を待つ。


「……となり、いい、かな?」


 ついに、彼女は声を出した。


「……どうぞ」


 椅子に座って、少し右にズレる。

 キッカさんは隣の椅子に座り、ピっと背筋を伸ばした。

 

 並んで、前を見る。


 互いの顔が見えなくなった代わりに、グッと距離が近付いた。

 すると彼女のそわそわした感覚が伝染したのか、妙に落ち着かない。


「……てんちょ」


 逆に彼女は一度声を出した事で落ち着いたのか、すぐ次の言葉を口にした。

 思えば「てんちょ」と呼ばれるようになってから随分経った。

 すっかり慣れたと思っていたけれど、やはり少し違和感がある。


「……お店、いい感じ、だね」

「……はい、おかげさまで」


 気付けば、彼女は流暢な日本語を話すようになっていた。

 日本に来てから三ヶ月、その前に、とりあえず日常会話は出来る程度に勉強していた。

 

「……それから」


 その声が、少しだけ弾む。


「……少し、昔のてんちょに戻ってる、ね」

「っ!?」

 

 思わず、驚いた声が出た。

 だけどそれは直前に予想したよりも小さな反応で、そのことに自分自身で戸惑う。


「……もう少し、だよ」


 頬に感じた暖かさに引き寄せられて、目を向ける。

 あの時と変わらない、真っ直ぐな目が自分を映している。


「……がんばろ。手伝う、から」


 真剣な言葉。

 真っ直ぐな思い。

 それが痛い程に伝わってくる。

 

 この三ヶ月、いろいろなことがあった。


 彼女を見て、癒された。

 彼女に触れ、強さを知った。

 彼女に共感し、勇気をもらった。


 今なら、踏み出せるかもしれない。

 ずっと保留にしたままの、逃げたままの問いに、自分なりの解を出せるかもしれない。

 その為に、がんばる。

 なるほど、的確だ。


 静かに頷いて、口を開く――




 これは、八年ほど前。

 中学を卒業したばかりの彼と彼女。

 同じ目的を持った少年少女達。

 そして、今は店長と呼ばれている男が、違う名前で呼ばれていた頃の物語――


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