乳母日傘の姉様事情
「お姉さま! 準備できました!」
月曜日の夕方。
祖母の家のキッチンで、妹と向かい合う。
「んじゃ、まずは服装チェック。写真撮ったげるから自分で確認してね」
「はーい! いつでもいいよぉ?」
エプロンを着た妹にカメラを向けると、あざとくポーズをとった。
……うざ。
とりあえず三回くらいカシャカシャして、渡す。
「……うーん、ちょっと角度が足りないかなぁ?」
みくの妹はヤバイ。
何がヤバイってマジ好奇心旺盛。
いろんなことに興味を持って、一年中自由研究してる感じ。
そんな妹が、最近料理に興味を持ったらしい。
「いやはや、頼れる姉を持って、みかは幸せです」
「たりめぇだろ。一人暮らしナメんなよ」
「お姉さまかっこいい!」
というわけで、仕方なく。
いやマジで仕方なく、料理を教える事になった。
「んで、なに作りたいの?」
「お姉さまと一緒に料理した思い出、かな」
「……」
「ちゃららーん! 将来旦那様に言ってほしいセリフ第二位でしたぁ!」
「帰るわ」
「待って! 冗談! 冗談だよお姉さま!」
ガッシリ脚にしがみつかれた。
みくは溜息ひとつ、振り返る。
「ちなみに第一位は、たとえ世界が敵になっても僕は君の味方でいるよ、みかたん」
「……」
「みかたんの……みかた……ふっ」
「いやいや上手くねぇから」
得意気な顔やめろ。
「まぁいいや。さっさと始めるぞ」
「はーい!」
元気に言って、ぴょんと小さな台に飛び乗った。
こういうとこは子供っぽい。
てか飛び乗んなし。危ねぇから。
「それではシェフ、本日はどのような料理を?」
さっそく道具で遊び始めたし……まぁスプーンならいいけど。
てか、なんか目がキラキラしてる。
……はぁ、しゃーない。
「ちゃららーん。みくちゃんのぉ、三分クッキングー」
「いぇぇ!」
「まずは此方、カップラーメンをひとつ用意します」
「うんうん」
「お湯を入れて、三分待ちます」
「うん……」
「かんせー」
「お姉さま! ちょっと正座してください!」
「やだ」
「そこになおれぇ!」
うっさい叫ぶなし。
喉痛めたらどうすんだよ。
「なに? なんか文句ある?」
「あのね、レディたるもの如何なる時もインスタントであるなかれ、なんだよ?」
……まぁた変な本読んだなこいつ。
「だけど、みかはお姉さま限定でインスタントだからねっ! いつでもお持ち帰りしてね!」
「よーし、その本今すぐ処分するぞ。どこにある?」
「ずるい! 誘導尋問ずるい!」
「こら、じたばたすんな」
落ちたらどうすんだバカ。
「お姉さま!」
「なに」
「バツとしてちゃんとした料理を教えてください!」
ピっと、みくに人差し指を伸ばす。
「真実は、いつもひとつ!」
ほんと頼むから頭脳も子供になってください。
……はぁ。
「ほらほら、材料もそろってるんだよ?」
たしかに、無駄に豊富な食材が並んでいる。
人参、玉葱、ジャガイモ、キャベツ。
肉とソーセージ、椎茸に豆腐……。
なにこれ、バーベキューでもすんの?
……なに作ろうか。
「おぉ、お姉さまが本気の目をしている……」
「うっさい。ちょっと黙ってろ」
「おぉぉ、かっこいぃ」
いろいろ出来るけど……。
「ん?」
このチビにさせられる料理となると……よし。
「んじゃ、レストランの定番メニューとか?」
「おー! レストラン! プロ!」
「その名もソーセージグリル」
「それ料理じゃない! 焼くだけ!」
「初心者は火が使えりゃ十分。てか焼き加減とか分かんの?」
「……分かりません」
「んじゃ、まずはこっからだろ」
「……うぅ、それっぽい」
「ぽいじゃねぇから、マジ最重要ポイントだから」
「よく分からないから恋愛にたとえてください!」
「第一印象?」
「焼き加減は料理の全てだったっ!?」
なにその驚き具合。
てか五歳にして第一印象が全てとか悲しすぎ。
「ではお姉さま! フライパンにソーセージを乗せます!」
「おー、こぼすなよ」
「うん! あっ、油は入れなくてもいいの?」
「あー、ソーセージとかハムとかは焼いたら自然に……」
「なるほど! ではこのまま着火します!」
「たんま」
ささっと、フライパンにフタをする。
「……蒸し焼きですか?」
「おまえ顔近付けるじゃん? 油飛んだら危ねぇだろ?」
「……なるほど?」
こんな感じで、妹の記念すべき初料理が完成し……。
「おぉぉぉ! 上手に焼けました?」
「ん、まぁ合格なんじゃね?」
「わーい! 焼き加減をマスターしましたぁ!」
……たく、なんだかんだ楽しんでんじゃん。
「んじゃ、片付けはみくがやっとくよ」
「みかがやる!」
「べつにフライパン洗うだけだから。早く食っとけ」
「一緒に食べる!」
「……じゃあ、キャベツとか冷蔵庫に閉まっといて」
「分かった!」
元気良く返事をすると、小さな手で食材をひとつひとつ運んでいく。
その姿を横目に、みくは無駄に充実した調理器具を片付ける。
さじ、ヘラ、ボウル、ナイフ……。
……あんな小さい手でナイフ持つとか、五年早いっつの。
しかも、このナイフあいつの腕と長さ変わんねぇじゃねぇか。
ケガしたらどうすんだよ、ばーか。
おまけ
「せーの、いただきます!」
「ん、いただきます」
「んー! 自分で作った料理は美味しい!」
「おー、よかったな」
「お姉さま! このお礼は近いうちにしますね!」
「いやいいよ。もう貰ったから」
「ん? なにもあげてないよ?」
「ほらなんだっけ、妹と一緒に料理した思い出?」
「なんかテキトー!」
「うっさい。静かに食べろし」
「はーい」
妹が無駄に幸せそうな顔で食べる姿を見ながら、みくはこっそりケータイに意識を向ける。
お礼なら、最初に貰ったし。