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真帆と華の試験事情

「……すみません。突然呼び出して……」

「いえ、お気になさらず」


 にっこり笑う華さん。

 なんだか前より綺麗になったような気がする。

 あれから何があったんだろう?

 気になるけど……華さんが元気ならそれでいっか。

 というか、考える余裕ない。


 今は私がピンチっ!


「では、よろしくお願いしますっ」


 月曜日の夕方。

 この前も華さんと入った喫茶店。

 私は机にノートと教科書を広げて頭を下げた。


 明日から期末テストが始まる。

 華さんを呼んだのは、苦手な数学を教えてもらうため。


「ノートを拝見してもいいですか?」

「ど、どうぞ」


 サッと差し出す。

 華さんはノートを受け取りながら、片方の手で口元を抑えて言う。


「もっと楽にしてください。こっちまで緊張してしまいます」

「す、すみません……」


 だって、華さん綺麗なんだもん。

 今の笑い方とか、他にもいろいろ……どこかのお嬢様みたい。

 背も高くてスタイルもいいし……。

 まつげ長い。手も綺麗。

 私のノートを読んでるだけなのに、なんだか見惚れちゃう。


「……三角比と二次不等式ですね。分かりました」


 華さんがコクっと頷いて、ノートを私に向ける。

 

「どの辺りが難しいと感じますか?」

「……………………ぜんぶ、です」


 あ、華さん固まっちゃった。


「分かりました。それでは、ゼロからやってみましょう」

「……はい。お願いします」

「はい。頑張りましょう」


 華さんに合わせて、ピっと背筋を伸ばす。


「まず、数学を教わるうえで大切なのは、虚心坦懐きょしんたんかいに話を聞くことです」

「きょじんたいはい?」

「野球は関係ありません。簡単に言えば、素直に聞くということです。どうして? ではなく、そうなのか、という気持ちを常に持ちましょう」

「わ、分かりましたっ」


 華さんは席を立つと、私の隣に座った。

 それからシャーペンを持って、ノートの新しいページを開く。

 ……わ、わ、なんか緊張する。


「時間が限られていますので、比較的簡単な三角比から始めましょう」

「は、はい!」


 華さんは定規も使わず、ササッと綺麗な三角形を描いた。

 いきなりすごい……。


「三角比は、直角三角形に使う概念です。サイン、コサイン、タンジェント。これらは……もう少し簡単にしますね」

「……えっ、あっ、はい」

「ここに三角形ちゃんがいます」

「はい。かわいいです」

「一辺が九十度。直角です」

「はい。カックンしてます」

「この形をした三角形ちゃんは、三辺の長さの比が決まっています」

「こんぺいとう?」

「こんぺ……あ、三辺です。三角形ちゃんを作る三つの線の事です」

「……すみません」

「いえいえ。それでは、名前を付けましょうか」


 華さんが、それぞれの辺に線を引き、名前を付ける。

 斜めの線が、ナーちゃん。

 縦の線が、ターちゃん。

 横の線が、テーちゃん。

 ……かわいい。


「この三角形ちゃんは、ターちゃんとテーちゃんが直角に繋がっていますね?」

「はい。カックンしてます」

「これをターちゃんとテーちゃんの『なす角』と呼びます。この場合は九十度です」


 コクコク頷く。

 なすって食べ物じゃなかったんだ。


「同じ要領で、今、ナーちゃんとテーちゃんのなす角は六十度です。この三角形は分かりますか?」

「えっと……あっ、1対2対ルート3ですか?」

「はい、正解です。でも、どうしてそれが分かったと思いますか?」

「……じょ、定規で測ったから」

「はい、正解です」

「そうなんですかっ?」

「はい。実際には違う方法ですが、とにかく測ってみたら、角度によって長さの比が決まる事が分かったんです」


 コクコク。


「これが三角比です。それでは、それっぽい記号を見てみましょう」


 華さんがノートにsinθ、cosθ、tanθと書いた。


「この丸っぽい記号はシータといって、角度を表す記号です」


 コクコク。


「たとえばナーちゃんとテーちゃんのなす角は六十度ですから『sin60』と書きます」

「は、はい」


 えっと、サイン六十度は……なんだっけ?

 考えている間に、華さんはsinに線を引いて、サーちゃんと書いた。


「ここで、ナーちゃんとサーちゃんを掛けると、ターちゃんになります」

「そうなんですか?」

「はい。逆に言えば、ナーちゃんをターちゃんに変える魔法のアイテムが、サーちゃんです」

「サーちゃんすごい!」

「続いて、ナーちゃんをテーちゃんに変えるのが『cos60(コーちゃん)』で、テーちゃんをターちゃんに変えるのが『tan60(タンちゃん)』です」

「コーちゃん! タンちゃん!」

「また、ターちゃんとテーちゃんの長さを交換したら、シータが三十になりますね?」

「はいっ」

「これで三十度と六十度は、いつでも思い出せますね?」

「はい!」


 すごい! すっごく分かりやすい!


「あとは、四十五度と九十度以降ですね。これには単位円――」


 こんな感じで、勉強はどんどん進んだ。

 そして――


「すごい、全部終わりました」

「はい。お疲れ様です」


 まだ七時にもなってない。


「えっと、あの、ありがとうございました!」

「いえいえ、よく頑張りました」

「えっとえっと、あのあの、何かお礼をっ」

「気にしないでください」

「でもでも」

「これは、この前のお礼です。此方こそ、感謝しています」

「そんなっ、私は何も……」


 突然、華さんが私の頬を両手で挟む。


「……華さん?」

「真帆と一緒に勉強するの、楽しかったよ? だからそれで十分」


 ……華さん、かっこいい。


「……私も、楽しかったです」

「それでは、テスト頑張ってください」

「はい! テスト頑張ります!」


 


 このあと、とたとた帰る真帆を見送って、華はふらふらと椅子に座った。

 そして呟く。


「……教えるって、こんなに大変でしたっけ?」


 すると彼女の功績を称えるようにして、周りから拍手が起こった。


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