夢見る乙女の恋愛事情
私は最近、何かを考える事が多い。
それはもう、かの有名な考える像の隣に飾られても違和感を与えないくらい。
だから少し前とは違う理由で、眠れない。
電気を消して、布団に入って、暫く経っても目は冴えたまま。
半年以上何も考えなかった反動が、ここにある。
八週間前に見た猫は、どこから来て、どこに行ったのだろう。
その一週間前に見た猫とは知り合いなのだろうか。
コーヒーだけど、味を決めるのは入れ方じゃなくて材料の比率なのに、どうして入れ方という表現をするのだろう。
マイナンバー制度の情報漏洩問題だけど、そもそも導入目的が「複数の情報が同一人物によるものだと特定する手間を省くため」という一般人には不要な機能なのに、一般人に公開してしまうメリットって何? テロなの?
選挙権の年齢の引き下げだけど、投票率の低い世代に関心を持たせたいのなら、生徒会に漫画のような権力を与えた方が良いのでは? これでは一票より一票(笑)が増えそう。
美しい女性の歩く姿を百合、女性同士の恋愛も百合。これを同じにしちゃった人って腐女子の方なのかしら。
あらあら、タイが曲がっていてよ?
あらあら、タイの経済が傾いていてよ?
なんか似てる。
私とてんてんの出会いって、どんな感じでしたっけ?
……うーん、やっぱり思い出せない。
思い出せるんだけど、思い出せない。
どうしてか記憶が複数ある。
現実と妄想がフュージョンしてリアルがバニッシュ。
……えっと。
出会った場所は、あの狭い場所。
私がそこにいた理由は、自暴自棄になって、知らない人についていったから……あれ、ただ迷っただけでしたっけ?
うーん。
あのとき救われたという記憶は確かに残っているのに、詳しく思い出せない。
どうしてでしょう。
……よし、ここは総当たりしましょう。
精神的に不安定で深夜徘徊を繰り返していた私は、ある日知らない人に声をかけられた。
その人に連れられて、あの場所にたどり着いた。
そこで途端に怖くなった私の前に彼が現れ、見事に助け出してくれた。
それから私のつまらない話を真剣に聞いてくれて、こう言った。
結婚しよう。
これは違いますわね。
どう考えても妄想です。
次の記憶を呼び覚ましましょう。
精神的に不安定で(中略)途端に怖くなった私は、歌い始めた。
「ぐ、ぐぁぁぁ、なんだこの歌ァァア!?」
……なに、これ。体の奥底から、歌が浮かび上がってくる。
……綺麗。本当に私の声なの?
こんなに綺麗なのに、どうして彼は苦しんでいるの?
「ぐぅぅぅ、ぉ、のれぇっ!」
そして、ついに立っていられなくなった彼は、ガクっと膝を折り、キラキラと消えた。
「……き、消えちゃった? どうして?」
「それは、彼が穢れた存在。アグリエだからさ」
「誰っ!?」
「こっちだよ」
下から聞こえた声に目を向けると、そこには猫がいた。
「……あなた、なの?」
「初めまして。ボクはテンテン。突然だけど、ボクと契約して魔法少女になってよ」
これも違いますわね。
確かタイトルは『魔法少女ハナが☆ウタう』でしたっけ?
黒歴史ですわ。
次の記憶を呼び覚ましましょう。
(前略)一人で彷徨っていた私は、壁に頭をぶつけた。
何時の間にか行き止まりだったのだ。
周りを見ると全然知らない場所で、空はスッカリ暗い。
まるで無人島に漂流したような気分になって、ポツポツと輝く星空に思いを馳せていた時、何かが聞こえてきた。
「……なに? この心躍るリズム」
足元から伝わって、心の中に響き渡るリズム。
「誰? ……誰なの?」
音の出所を探して、無我夢中で走った。
そして見つけた彼は、一心にエアドラムを奏でていた。
私に気付いた彼は顔を上げて言う。
「俺は楽器を使わねぇ。音楽ってのは、心で奏でるものなのさ」
この出会いが、私のバンド人生の――
論外ですね。
タイトルは『からおん!』でしたっけ?
暗黒歴史ですわ。
「……ふぁ~ぅ」
あらいけない、欠伸が。
……はぁ、結局、私とてんてんの出会いはどんな感じだったのでしょう。
とても気になります。
気になりますが……そろそろ、眠い………………。
水瀬さんが自殺した。
そう聞かされて、私のせいだと思った。
だって、それは私が学校に行かなかったことが原因だから。
もっと頑張っていれば裁判は起こらず、彼女が自殺することもなかった。
だから彼女を殺したのは私だ。
この罪は、どうやって償えば良いのだろう。
そんな方法、あるわけない。
どれだけ考えても見つからなくて、日に日に苦しくなった。
苦しくて、重たくなった。
何をすれば良いのか分からなくなって、眠れなくて、ふらふらと夜に出歩くようになった。
やがて、あの行き止まりに辿り着く。
そこには先客がいた。
私が来たことにも気付かないで、ひたすら空を見上げている人がいた。
その姿がどうしてか自分に重なって見えたから、横に並んで、独り言のように呟く。
「もしも過去に戻れたら……」
そこでようやく私に気付いたのか、彼は少しだけ驚いたような目を向けた。
「なんて、考えるだけ無駄ですよね」
返事を待たずに、自答する。
過去に戻る方法なんて無いから、考えるだけ無駄。
なのに、どうしても考えてしまうのは何故だろう。
「……そうですね」
彼は突然、納得したような声を出した。
なんだか不思議で、私は再び空を見上げた彼の横顔を見る。
「……考えて答えが出せるなら、過去に戻ろうなんて思わない。確かに、その通りです」
それは、私とは違う考え方だった。
よく分からないけど、とにかく違う。
だから、彼の考えを聞いてみたくなった。
「それなら、貴方はどうすればいいと思いますか?」
「……頑張るしか、ないと思います」
「頑張る?」
「……ええ。頑張って、ひとつひとつ乗り越えられたなら、いつか、答えが出せるかも知れません」
「いつか……いつかって、来るのかな?」
「……分かりません」
そこで、会話は途切れた。
とても静かな夜。
初めて会った人と、空の星を見上げる。
少し奇妙で、だけど心地良い時間だった。
空はとても広くて、綺麗で、だんだん心が軽くなっていった。
……そっか、無理に考えなくてもいいんだ。
肩の力が抜けたせいか、少しだけ涙がこぼれた。
それがおかしくて、静かに笑う。
「……どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません」
こっそり涙を拭きながら、ふと浮かんだ言葉で隠す。
「お仕事は何をなさっているのですか?」
「……春から、店を出します」
「お店を?」
「……はい。小さな洋菓子店で、店長になります」
「洋菓子店の、店長……ふふ」
「……何か、おかしいですか?」
「いえ、すみません。洋菓子テンのテン長、てん、てんって、なんだかリズムがあって面白くて」
「……そうですか?」
少しの間ひとりで笑って、また声をかける。
「いつか、そんな日が来るといいですね」
「……ええ」
「その日が来たら、私、応援しますね」
「……ありがとうございます。だけど少し、不安です」
「不安?」
「……はい。もしも、そんな奇跡が起こったとして、何も出来ないかもしれません」
「大丈夫。あなたならきっと、大丈夫です」
彼は少しだけ頬を緩ませると、また空を見上げる。
「……では、その日が来たら、貴女を応援します」
「え? ああ、えっと、ありがとうございます」
「……不安そうですね」
「ええ……まぁ」
不安なんて無い。
だって、そんな日は決して訪れないから。
だけど彼は、とても優しい声で呟いた。
「……貴女ならきっと、大丈夫です」
バッと、布団から飛び起きた。
「…………今の」
間違いない。
はっきりと、思い出した。
すると塞き止められていた川の水が流れ出したかのように、いろいろなことが分かった。
……てんてん、覚えてたんだ。
なんだか体中がムズムズする。
声が出ない。
動けない。
口元をギュッと閉じると、頬が震えた。
それから顔が熱くなって、息も出来なくなる。
私は布団の中に逃げ込んで、ギュッと枕を抱きしめた。
すると音が聞こえる。
それは激しくて、甘くて、優しい。
私の夢見た音だった。