夢見る乙女の青春事情(4)
とてもシリアスです。
苦手な方は注意してください。
一応、R15の警告をしておきます。
てんてんに心配されちゃった! てんてんに心配されちゃったぁ!
もぉぉおお! お兄様ったらナイスアシスト! 流石です流石ですわお兄様!
私なんかでは想像も出来ないような事をいとも容易くやってのける! まさかてんてんと話をしちゃうなんて想像出来ませんでした! 本当に流石ですわ!
……ほんと、余計なことしないでくださいよ。
このクローゼットを開けたのは、二ヶ月ぶりくらいだったか。
久しぶりに見た制服は、やはり私の呼吸を狂わせた。次々と浮かぶ鮮明な記憶が全身を蝕んで、直ぐに立っていられなくなる。
てんてんとの約束は、佐倉さんと仲直りをすることでしたっけ?
困りました。
存在しない人とは、仲直り出来ません。
どうしましょう。
はぁ、これが大好きな人に嘘を付いた罰ということなのでしょうか。あんな作り話をしてしまうなんて……。
趣味がバレたバレなかったで喧嘩? そんな可愛らしい世界、本の中にしかありませんよ。
現実は違う。
美しい友情も、気高い努力も、感動の勝利も、全て空想の産物だ。
人は勝利を求めて強者を蹴落とす。蹴落とす為に都合の良い友情を集める。
いや、蹴落とす事だけを目的とし、快感を得る人もいる。
当たり前のこと。
私は蹴落とされてしまった。それだけ。
「はぁ……本当にどうしましょう」
そういえば近々期末テストがあるから、学校には嫌でも行く事になる。
だけど答案を埋めて帰るだけでは約束を果たせない。
学校に行くだけなら、それほど難しいことではない。
少しばかりの悪意を受けながら、退屈な授業に耳を傾けていればいい。
そもそも学校へは何の為に行くのか。そんなの勉強の為に決まっている。青春なんて、本の中にしか存在しない。
勉強するだけならば学校でなくてもいい。
私にとって、学校から勉強という要素を取り除いた時、残るのは悪意だけ。
そこに何の意味があるのだろう。
「……はぁ、これが共学なら、王子様が助けてくださるのでしょうか」
呟いて、自嘲気味に笑う。
今から転校しても遅過ぎるし、王子様になら、もう出逢えたではないか。
あのとき彼と出逢えなければ、きっと私は終わっていた。そういう意味で、私はもう救われたのだ。
それに、ヒロインが「助けて」と自分から言うほど退屈な話はないと思う。
何も言わずとも助けてくれるのが王子様なのだ。
だからこそ、彼らは本の中にしかいない。
「……理想にちょとだけ近い世界? 酷い嘘ですね」
それでも、もしかしたら。
「いいえ、ありえません」
兎にも角にも、学校へは行かなければはならない。五日間も。
とんでもなく憂鬱だ。
テストなんて、一日で済ませればいいのに。
大きく息を吸って、もう一度制服に手を伸ばす。
指先は小刻みに震え、視界は歪んで目眩がする。
制服を手に取るだけで、こんなにも苦しい。
……大丈夫、まだ時間はたっぷりあります。土日でてんてん分をたっぷり補充しましょう。
大丈夫、大丈夫……大丈夫。
何時間も自分に言い聞かせて、結局、制服に触れることすら出来なかった。
布団の中で目を閉じて、なかなか訪れない眠りに何度も眉をしかめながら、心の中で願う。
今日こそ、せめて夢の中で、王子様が助けてくれますように。
ひたすら願い続けて、やがて朝を迎えた。
「……夢を見ることすら、許してくれないのですね」
ゆっくりと起き上がって、身支度をする。バイトに遅刻するわけにはいかない。あそこは、私にとって唯一の……。
ふと、年下の女の子が頭に浮かんだ。
真帆、真帆さん、真帆ちゃん。
とっても無垢で、眩しい女の子。
もしも私の通う学校にあの子がいたら……。
「私は、青春という言葉の意味を知ることが出来たのでしょうか」
呟いた言葉は誰にも届かない。
ただ無機質に、空気へと溶けていった。
それは、半年くらい前の出来事だ。
夢にまで見た高校生活に心躍らせる華を迎えたのは、様々な悪意と思惑が渦巻くドロドロとした世界だった。
それでも夢から覚めない少女は、親友を探し続けた。
多くの生徒にとって、彼女の側は居心地の良い場所だった。
学校一の人気者で、成績も一番。
この学校で最高の人物は? 生徒達に問うたならば、多くが彼女の名をあげるだろう。
多くが。
では、そうでない者は?
簡単だ。彼女を蹴落とし、自分が一番になりたい者達だ。
まずは弱い人間から標的になった。
ボロ雑巾のように痛めつけ、また次の弱者を痛めつける。それを繰り返して、なかまを増やした。
そうして、大勢で華を蹴落とそうとした。
だけど、彼女は何も言わなかった。
その多くは、彼女の友達だったからだ。彼女にとって、大切な人々だったからだ。
だから、どんどん過激になった。
これでもダメなら、もっと強く。
それでも、彼女は負けなかった。
だが、やがて彼女は家から出られなくなった。脚が震え、玄関から一歩も動けなかった。
それが原因で、弁護士である母に学校での出来事が伝わり、激怒した母は首謀者達を裁判で徹底的に裁いた。
その結果――
「そうですか。妹は、そんなことを」
華が帰った後で、直ぐに誠也さんが現れた。
また事務室に案内して、華から聞いた話を伝えると、彼は難しい表情を浮かべる。
やがて静かに深呼吸して、真剣な目で此方を見た。
「率直に申し上げます」
はっきりと空気が変わり、ぞくりと緊張する。
「その話は嘘です。おそらく、いえ、ほぼ間違いなく」
「……嘘?」
「はい。先日、ようやく母と話すことが出来まして、そこで裁判に関しては、全てを知ることが出来ました。これは確かな情報です」
彼は淡々と、事実を述べていく。
それは華の話とはまるで違う。もっと残酷で、とても冗談めかす事なんて出来ないものだった。
「そして、首謀者ですが……」
彼はそこで言葉を切ると、少しだけ目線を下げ、短く息を吐いた。
そして、ゆっくりと言う。
「判決が出た後まもなくして、自らの命を絶ったそうです」