無名職人の言語事情
週に一度の休日。
机に肘を置き頭を抱えているのは、悩みがあるからだ。
それはそれは深刻な悩みで、心地良い鳥の声や、ときおり聞こえてくるキッカさんの短い悲鳴も気にならない。
……。
…………。
………………。
日本語が分からないッ!!
ですって何なんだッ!!
あれ以来、気になって仕方がない。
なんでだ、どうして「death」なんだ!?
古来、日本には身分の違いがあった。階級社会である。
現代とは違い、身分の低い者は文字を学ぶ事すら出来ず、人の持つ教養とは即ち身分の違いであった。
貴族は思った。
下等な平民如きが我々と同じ言葉を使うなど我慢ならん。
その結果、身分によって言葉まで分かれるようになったのだ。
かくして、敬語が生まれたのである。それは現代でも日本民族に根強く残る概念だ。
即ち、敬語とは日本という歴史の象徴でもあるのだ。
だからってどうして「death」なんだ!?
目上の人に死ねと言っているじゃないか!?
なんだそれはっ、先祖様は揃って特殊な性的思考を持っていたのか!?
そんなことはない。
そもそも「です」という音になる前に紆余曲折があり、現代の「です」が定着したのは最近の事だと言えるだろう。よって特殊な性癖を持っているのは、わりと最近のご先祖様だ。フォロ―出来ていない。
アプローチを変えよう。
日本は島国であるが故、他の国の言語を知らなかったのだ。だから「death」という音を平気で採用出来たのだろう。
そもそも言語とは何処から生まれたのか。
古くは、インド・ヨーロッパ祖語から分岐する言葉に、イタリカ語というものがある。それがさらに分岐し、ラテン語が生まれた。
この頃、西ローマという大きな国は、数少ない「文字を扱える国」であった。
当時、必死に宗教を広めていたローマだが、それは羊皮紙に刻んだ文字を伝えるという方法であり、まだ文字を持っていない国に伝える為には、文字を教えなければならなかったのだ。
そのときに伝えられた文字がabc...即ちローマ字である。
だが、それが日本に伝わる前にローマが滅んだ為、日本はローマ字ではなくて平仮名という文字を独自に会得したのだ。
中国から漢字を受け取ったものの、近辺にあったインドのサンスクリット文字は伝わらず、やはり独自の文字として――
日本語って何なんだ!?
何処から生まれたんだ!?
こうなったら歴史考察はどうでもいい。
さしあたって、発生している大きな問題を解決しよう。
語尾を、どうするか。
です、が使えないのは不便だ。
はい、そうです。
ですか?
ですが……。
ただでさえ会話に難があるのに語彙まで奪われてしまったら、いったいどうすればっ!?
多くの場合は「ます」で対応しているが……。
いっそ丁寧語を止めてしまうか?
いやダメだ。敬意を忘れてはならない。
いやいや、そもそも敬意とは言葉遣いで作るものなのだろうか、いや違う。敬意とは、自然と生まれるものだ。
だが仮に自分が丁寧語を止めたとして、たとえば結城さんは言葉遣いを変えたりしないだろう。
店長さん。これどうすればいいですか?
捨てといて。
こんな失礼な扱い出来ないっ!!
どうする?
……。
…………。
………………。
ござる?
おいクソ店長、何してんの?
店の掃除でござる。
ダメだっ! ありえない!
どうしよう……。
……。
…………。
………………。
ございます?
てーんてんっ! 今日も良い天気だね☆
そうでございますね。
オネェっぽい!!
どうすれば……ッ!
……。
…………。
………………。
いっそ開き直ってしまうか……?
にゃん……とか。
「ありえないっ!」
ゴンと机に頭を叩きつけ、そのまま脱力する。
……日本語、なんて恐ろしい言語なんだ。
ここ最近、空いた時間はずっと似たような事を繰り返している。