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伊国少女の和食事情

「「いただきます」」


 日本の作法に倣って、手を合わせて言う。

 最近は箸に慣れたからか、少しだけ魚が美味しいと感じられるようになった。単純に料理の腕が上達しただけなら嬉しいけれど、彼は何も言ってくれないから分からない。

 だから特訓中。

 洋菓子や洋食では、どうやったって彼に勝てなかった。彼の作る食事を前に、私の出番なんてなかった。

 だけど、日本で奇跡の出会いをした。

 和食なら、彼に勝てる。

 そして日本には、毎朝味噌汁を作ってくれという言葉があるらしい。もう作っているけど、あえて言わせてみたい。

 ……言わせて、みたい。

 そんなことを考えていると、あっという間に朝食が終わってしまう。おかげで会話はほとんど無い。


「……今日も、ありがとうございました」


 彼が毎日律儀に言ってくれる言葉に、今でも胸が高鳴る。

 だからこのままでもいいか、なんて考えてしまうせいかな、時間の流れが早い。

 もう日本に来てから三ヶ月近く経つのに、全然そんな感じがしない。

 言葉は、頑張ったおかげか結構覚えられた。変化は確実にあるはずなのに、彼との関係だけは、あの時から変わらないような気がする。

 だからこそ、とりあえず、美味しいと、はっきり言わせてみたい。




 自由な時間。向こうにいた頃と比べると、まるで子供に戻ったかのように時間が有り余っている。

 仕事をして、次の仕事の準備をして、先の事を考えて、その準備をして、それでも余った時間で日本語を勉強する。

 でも時が経つにつれて仕事と日本語で使える時間が減り、代わりに和食に費やす時間が増えた。

 今では、ほとんどの時間を料理に使っている。


 初めて食べたのはお寿司。理由は他の食べ物を知らなかったから。

 山葵がトラウマになった。

 次に食べたのは納豆。

 臭かった。

 次はとろろご飯。

 心が折れた。


 どうして日本人は臭くてぐにゃぐにゃした生ものが好きなの?


 やけになって食べたのは卵かけご飯。

 生卵を食べるなんて自殺行為だという常識があった。

 暖かいお米に混ざって、ほんのり冷たくて甘い味。

 初めて完食した。お腹も痛くならなかった。日本ではちゃんと殺菌しているかららしい。

 それからは楽しく日本食の勉強が出来るようになった。

 調べると沢山あった。実はお寿司しか知らなかったのでビックリした。

 たこ焼き。

 お好み焼き。

 すき焼き。

 イカ焼き……は不味かった。

 なんとか焼きという食べ物が多い。そのせいでテレビでよく聞く「焼きを入れる」は食べ物に関する言葉なのかと思っていたのは少し前までの話。

 やっぱり安定して美味しいのは味噌汁で、奥も深い。

 混ぜる具とか、だしの取り方とかで大きく味が変わる。

 混ぜるといえば、和食は何かと混ぜ物が多い。お好み焼きもそうだけど、鍋とか、肉じゃがとか……。

 そんなこんなで、今はラーメンに挑戦中。

 ラーメンも奥が深い。あと美味しい。近場のお店をコンプリートして、最近ではこってりも食べられるようになった。

 最初はあの妙な臭みとかがキツかったけど、慣れると癖になる。だけど息が臭くなるのが難点。

 閑話休題、とりあえずスープ作り。

 目標は、あっさりとしていて臭みの無い美味しいスープを作って、その技術を味噌汁に応用すること。

 エプロン良し。

 材料良し。

 換気良し。

 電気式コンロの上でぐつぐつと沸騰する水をしっかり見て、いざ。


 あっさりと言えば、醤油ラーメン。

 まずは醤油を入れてみる。少しだけ色が変わった。

 ……まだ少ないかな? とりあえず味見を――


「ッ!? ――ッ!」


 水で口の中を冷やす。熱かった。当然だ。

 ちょっと火傷したかもしれない。いや、どちらかというと精神的ダメージの方が大きい気がする。

 気を取り直して。

 とりあえず醤油を足して、スプーンでスープをかき混ぜる。だいぶ色が変わった。

 もう一度味見を――


「ッ!? オォーゥ……」


 氷を口に含んでリトライ。

 味は全然分からなかったけれど、次に行こうと思う。

 あっさりしていながらも味わい深い和の味といえば……やはり鰹節だ。

 しばらくかき回して、味見を――


「ノンッ! ――ッ!」


 三度目の失敗を防ごうと、逆の手でスプーンを持つ手を叩いたら、落ちたスプーンによって飛び散った熱湯が目に入った。

 ぴちぴち水で洗浄。熱くてヒリヒリする。

 大きく溜息を吐いてもう一度。

 とりあえず、醤油と鰹節で最低限の下地は出来たはず。

 次が肝心だ。やはり何かアクセントが欲しい。

 今ある食材と喧嘩せずに、アクセントとなるもの……思い付いたのは、レモンだった。

 事前にしぼっておいたレモン汁を回しかける。

 んー、ちょっといい匂いがするかも。

 味見、は止めておこう。

 あとは基本に忠実に、ごま油やラード、酢に塩コショウといった調味料、ついでに赤ワインを少量混ぜて――


 完成したスープを適度に冷まして、いざ味見。


「……はぁ」


 あっさりというか、なんというか……これは食べさせられない。

 ぐったりと脱力して、天井を見る。日本人はここで天井のシミを数えて精神を落ち着かせるんだったか。シミってどれの事だろう。

 ゆっくり深呼吸して、頬をぺちぺちと叩く。

 もう一回。

 大丈夫、まだまだ時間はたっぷりあるんだから。

 彼の喜ぶ顔を思い浮かべ、気合を入れる。

 まずはノートを取り出して、いろいろメモ。


 頑張って、いつか絶対、美味しいって言わせてみせる。

 

 アクの強い話が多かったのでアッサリとした話を。

 前回は、なんと評価まで頂けたようで跳ね上がりました物理的に。ありがとうございます五分くらいぴょんぴょんしていましたぴょんぴょん。

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