表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/109

金髪少女の母親事情(9)


 最後に自分の事を私と呼んだのは、いつだっけ。

 まだ五年くらいしか経ってないはずなのに、ふと忘れてしまいそうになる。

 あの時はまだ髪が黒くて、気が弱くて、何処にでもいる内気な女の子だった。

 本が好きで、そこそこ友達がいて、親とも仲良し。食事の時間にその日学校であった出来事を話しては、にこにこした両親と笑いあった。


 変わったのは、妹が生まれた頃だ。


 私は素直に嬉しかったけれど、お父さんとお母さんは違った。

 叩いたり蹴ったりしながら、たくさん悪口を言うお父さんが怖かった。

 そのうち、お父さんは私を連れて出ていこうとした。

 理由を聞いても「あんなクズの元には置いておけない」だとか、そんな言葉しか返ってこなかった。

 だから私はお母さんのもとに残った。同時に、お父さんを恨んだ。

 それから、お母さんは私に依存するようになった。


 離れないでね、大好きだよ。


 呪いの言葉が何度も繰り返された。

 大好きな親から、こんなことを言われた子供は、よろこんで頷くしかない。

 だけど、おかしいなって思うまでに、そう時間はかからなかった。


 お母さんは、妹の世話をしなかった。

 お父さんのことでショックなのだと思ったから、暫くは私が代わりに世話をしていたけれど、やがて祖母のもとへ預けられた。

 二人になってからは、もっと依存されるようになった。その頃には、全部の家事を私がやっていた。お母さんは、虚ろな目で私にありがとうと言うだけになった。

 辛かった。

 全部お父さんのせいだと思っていた。

 でもそうじゃなかった。

 

 変化は、ゆっくりとしたものだった。

 なんだか視線を感じるようになって、こそこそ何かを言われるようになった。

 そのうち小さな声が聞こえるようになって、それがだんだん大きくなって、いつしかはっきりと聞き取れるようになった。

 

 あいつの母さん――


 悔しかった。

 大好きなお母さんのことを悪く言われて、何とも思わないわけなかった。

 そのうち、嫌がらせみたいなことも始まった。

 もともと少なかった友達も、私に近寄らなくなった。

 

 お父さんのせいに違いない。


 文句を言おうとしたけれど、居場所が分からなかった。

 どうしてこんな目に合わなきゃいけないんだろう。

 疑問の答えは、直ぐに出た。

 お母さんのお腹が大きくなった。

 流石に、それが意味することくらい理解出来た。

 それはお父さんの子じゃない。

 そして妹も、お父さんの子じゃなかった。


 全部この人が悪かったんだと悟った。

 

 だけど、だからって、お母さんを見捨てる事は出来なかった。

 お願いだから一人にしないでって泣きながら言われたら、一緒にいるって答えるしかなかった。

 それでもまだ、お母さんのことが好きだった。

 

 それから、辛い日々が始まった。

 学校では聞こえるように悪口を言われ、家では、すっかりおかしくなったお母さんの相手をする。

 どうして私が辛い思いをしなきゃいけないの? 私は何も悪くないのに。

 そう思いながらも、思うだけで、何も出来なかった。出来るわけがなかった。


 お母さんがいなくなった。

 突然だった。

 意味が分からなかった。

 一人にしないでって言ったくせに……。

 違う。

 私のせいだ。私が、お母さんを助けてあげられなかったから、いなくなっちゃったんだ。


 祖母に引き取られることになった。

 家に上がって最初に見たのは、元気な妹の姿だった。

 無邪気に笑う姿は、私に殺意に似た感情を与えた。


 そのまま一年が経った頃、ちょっとだけ嬉しい事があった。

 噂も時間が経てば忘れられるというか、徐々に私の事を悪く言う人はいなくなっていて、ついに、私に声を掛けてくれる人が現れた。

 彼はクラスの中心にいる人で、優しくて素敵な人だった。あと、かっこよかった。

 めっちゃ舞い上がった。もう本の中のヒロインになった気分だった。あの人絶対に私のこと好きだよとか思ってた。

 それから暫くは、そこそこ楽しかった。うきうきだった。


 ある日の事だ。忘れ物を取りに教室へ戻った時、こんな声が聞こえてきた。

 

 おまえ、矢野のこと好きなの?


 私はさっと扉の横に隠れた。

 ドキドキしながら、続きの言葉を待っていた。


 は? ねぇよ。まぁ強いて言うなら、体目当て的な?

 あー分かるチョロそう。

 ゲッスイなお前ら。

 ぎゃはははは。


 くらっとして、背筋がぞわってなって、強い吐き気に襲われた。

 それを必死に堪えながら家まで走って、思い切り泣いた。膝を抱えて一日中泣いた。次の日は学校に行かなかった。もう行きたくなかった。


 どうしてこんな目に合わなきゃいけないの……何も悪い事してないのに!


 散々泣いて、疲れて、だけど目元の辺りが痒くて眠れなくて、ただぼんやりと虚空を眺めていた。

 そんな時、何かが腕に触れた。

 妹だった。 

 まだ一歳の、言葉も分からない子供が、心配そうな目で私を見ていた。


 おまえのせいだ。みっともなく叫んだ。


 この子さえいなければ、こんな目には合わなかった。

 この子さえいなければ、お母さんはいなくならなかった。

 全部お前のせいだ。

 おまえが全部悪い。

 返して。

 お母さんを返して。

 お父さんを返して。

 私の家族を返して。

 普通の日々を返して。

 幸せだった日々を返して。

 返してよ!!


 無意味なのは分かっていた。

 この卑怯者が大きな声で泣き叫ぶことも予想していた。

 そのうえで、ずるいって思った。

 泣きたいのはこっちなのに、悪いのはあっちなのに。

 まるで被害者見たいに泣き叫ぶ妹が憎かった。

 近付いて、首に手を伸ばして、ぶるぶると震える腕が痺れるように痛んで、また涙が零れた。


 本当は分かってたんだ。

 悪いのは、全部お母さんだ。

 あの人のせいで何もかも滅茶苦茶になって、そのくせ謝りもしないで何処かへ消えてしまった。

 私は何も悪くない。

 この子だって、何も悪くない。

 私達子供は、何も悪くない。全部、あいつが、あいつらが勝手にやったことで、私達は巻き込まれただけだ。

 一緒になって泣いて、そのまま眠った。

 目が覚めた時、妹は私の頬をぺちぺちしていた。

 目が合うと、にっこり笑った。


 そのとき決めたんだ。

 

 パンと自分の頬を叩いて、気合を入れた。

 立ち上がって、鏡の前に立った。

 ひっどい顔をしていた。

 とりあえず滅茶苦茶に化粧をして、見た目を変えた。

 髪の毛の色も変えて、口調も変えて、とにかく強くなろうと努力した。

 二度とあんな思いをしないように、二度とあんな思いをさせないように、強くて立派な大人になろうとした。

 子供は親がいなきゃ何にも出来ないから、大人がちゃんとしなきゃいけないんだ。

 お母さんは間違ってた。

 だから私は間違えない。

 子供を守るのは、大人の役目だ。

 この子は私が……みくが守る。

 強くなって、立派に育てるんだ。

 

 突然の変化に、周りの人達は驚いた。

 見た目を変えたからって、中身まで変わるわけじゃなくて、先生にいろいろ言われて、初日から心が折れそうになった。


 悩みがあるなら言ってみなさい。

 ……ぃぇ、ぁの……。


 話を聞きながら、こんなんじゃダメだって唇を噛んだ。

 だから手始めに、思いっきり叫んだ。


 うっせーばーか!




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ