金髪少女の母親事情(3.25)
もぅムリ。大学やめよ。
マジなんの為に行ってんのか分かんねぇよ。無駄にめんどくせぇし。
就職の為? いいよみく女の子だし、専業主婦希望するし。適当に捕まえて養ってもらえばいいし。
うわなにその女、みくが男だったら絶対無理。逆にそんな女と結婚しちゃうような男とか無理。マジ無理。
そう考えるとガチで勉強してハイスペになるしか……大学がんばろ。あいつもそっちの方が、いやいや関係ねぇし!
とにかく勉強! ……べんきょーかぁ。
みくはもうガキじゃない。
べんきょーとかー? する意味ないじゃないですかー? とか言っちゃう精神からは卒業した。それ十年後の自分に向かって同じこと言えんの? って言えちゃう。
「……べんきょーとかー? 明日やればいいじゃないですかー?」
やっべ声に出た。電車の中で呟くとかマジ末期。聞かれてねぇよな? べつに聞かれたからって困らないけど。
ふと正面から視線を感じて顔を上げると、見知らぬ幼女と目があった。
やっべ睨んじゃったし。
慌てて顔を逸らして、チラッと横目で見る。なんかガン見されてる。
しばらく目を逸らして、もっかい見る。まだガン見してる。
無視。
じーっ。
我慢。
じーっ。
……。
じーっ。
ムリ。
諦めて顔を正面に戻す。
みかと同じくらいかな?
周囲に親っぽい人いねぇけど一人で何してんだろ?
おつかい?
そのぬいぐるみなに?
なんでみくのこと見てんの?
手招きしてみる。
すたっと立ち上がって、てくてく歩いてきた。
じーっ。
「どーした?」
じーっ。
「迷子?」
ふるふる。
「ママは?」
ふるふる。
「パパ?」
ふるふる。
「いねぇの?」
こくこく。
「おつかい?」
ふるふる。
「なにしてんの?」
「…………いえで」
やっと喋った。てか今なんつった? いえで……? は?
みく唖然。ぱちぱち瞬きしたところでアナウンス。降りる駅だ。
……どうしよ。マジ意味不明だけど、ほっとくわけにもいかねぇよな。
「どこで降りんの?」
「…………しらない」
なにそれ、とか思うと同時に電車が止まった。ついでにドアも開いた。
とりあえず立ち上がって、駅のホームに出る。案の定チビもセット。思わず溜息。
無駄にうるせぇ音を出しながら電車が出発したあと、ゆっくり歩き始める。
そっと振り返ると、ピッタリ後ろで歩いてた。マジでついてくるつもりっぽい。どうしよ。
……とりあえず警察かなぁ。名前とか聞いて、あとはおなしゃーすって感じで大丈夫だろ多分。
そんなことを考えながら改札を抜け、あっと思って振り返ったけど杞憂だったみたいで、チビは何時の間にか手に持っていたカードでピッ、無事に改札を通過した。マジかよ。
思わず頬が引きつるのを感じながら、人の邪魔にならない所まで移動して、しゃがむ。
「名前は?」
ふるふる。
なんでだよ。名前くらい教えろし。
「…………いいたくない」
「どうして?」
「…………けーさつ、やだ」
こいつ前科ある間違いない初めてじゃない。この年で何回も家出するとかどういうことだよ。
虐待? にしては外傷とか見当たらないし態度とか堂々としてる。見知らぬ金髪に声かけるコミュ力とか社会人レベル。
特に痩せてるわけでもないし、みかと遊ばせたらギャーギャー騒ぎそう。おかしいとこは髪の長さくらい? 切ったことないんじゃねってレベル。あと兎かな。なにそのぬいぐるみ。
「なんで家出してんの?」
俯いた。言いたくないっぽい。
「ママと喧嘩でもした?」
……こくり。
マジかよ。こんな大人しい子が母親と喧嘩して家出とか、この国大丈夫かよ。
てか、どうしようかな。この後みかを迎えに行かなきゃいけねぇし……しゃーね、ちゃちゃっと説得しますか。
「よし分かった。警察には内緒にする」
「……ほんと?」
「おぅ、約束」
小指を出す。
チビはじーっとみくの目を見たあと、指を重ねた。
やっべ緊張した。なんつうか変わった子だな。
「名前は?」
「……ともか」
「ともかはママのこと嫌いか?」
ふるふる。
「ママ、ともかのこと心配してるぞ」
俯いた。自覚はあるっぽい。首振ったらどうしよって思ったけど、これなら虐待の心配はしなくてもいいかな。
……じゃ、なんで家出してんだろ。
「きっと寂しくて泣いてるぞ?」
……こくり。
お、頷いた。いい子じゃん。マジどうして家出したんだよ。
「よし、なら帰ってママと話そ? みくがついてってやるから」
……ふるふる。
ダメか。
「……やだ」
困った。みかを迎えに行くの遅れそう。
「……かえり、たく、ない」
「ちょ、泣くなし……」
ぎゅっと抱きしめた兎に顔を埋めて、嗚咽しながら肩を震わせている。
マジ不意打ちで驚いたけど、とりま背中をさする。
「……ママ、わたしのこと、きらい……」
「んなことねぇよ。ほら泣くな」
「……だって、ママ、つらそう…わたしの、せいで、いつも……」
「……」
黙って背中をさすり続ける。とりあえず、好きなだけ泣かせてやろうと思った。
ときどき近く通る人がみく達を見て、だけど直後に目を逸らして去っていく。
ともかの嗚咽は、言葉は、わりと長いこと続いた。
やっと落ち着いた頃には、みくの考えもまとまっていた。
泣いてる子供を見て、やるべきことなんて決まっている。
ずっと前から決めてある。
「まかせとけ」
ぐすん、鼻をすすって、不思議そうな顔でみくを見る。
「みくがなんとかしてやる」
「……ほんと?」
「おぅ」
そっと、ともかの頭に手を置く。
とりあえず、一度みくの部屋に置いて、それからみかを迎えに行って……あー遅刻だ。うるさそう。まいっか。
そのあと部屋に帰って、一時間ちょっとしたらバイト。だからその間に話を聞いて、いろいろ情報収集。んで、こっそり親を探して説教してやる。
子供が泣いてる時は、絶対に大人が悪い。
だから、大人が責任を取らなきゃいけない。
みくはもう大人だ。
子供は大人に文句を言えない。だからみくが言ってやる。
みくは、子供を泣かす大人を絶対に許さない。