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金髪少女の母親事情(3)

「妹、そう」


 いつものように隣の部屋に住むキッカさんと二人で、いや三人で朝食。

 ともかについては、旅行中の矢野さんの妹を預かったという説明で、すんなり納得してくれた。

 一方ともかはキッカさんを警戒しているのかずっと背後に隠れている。ご飯も隠れて食べていた。

 玄関にて、昨日初めて会った時と逆の構図。不思議な気分だ。


「……このあとは、どうされますか?」

「おうちで、まったり?」

「……では、この子を」


 くい。


「なに?」

「……いえ、この子を」


 くい。

 またズボンを引っ張られた。


「……どうか、しましたか?」


 ともかは黙って首を振る。

 一瞬だけキッカさんを見ると、さっと背後に隠れてしまった。


「……すみません、シャイな子でして」


 キッカさんは気を悪くした様子も無く、ともかを見て微笑む。


「お店にいるあいだ、預かる、よ?」

「……はい、是非」


 くい。

 まただ。さっきより強い。もしかして嫌がっているのかな?


「うーん、嫌われちゃった、かな?」


 キッカさんも同じ事を感じたようで、困ったように笑う。

 なんだか申し訳ない。


「大人しい子、だから、お店にいても、いい、かな?」

「……はい、そうします。すみません」


 そんなこんなで店に連れていくことにした。

 昨日とは違い並んで歩く。

 聞いてみたいことが多々ある。

 彼女の表情を見ると、緊張が解けたせいか昨日よりも和やかで、聞けば素直な返事が期待できそうではあるが、どう言葉にするか悩む。

 結局、何も言えないまま店に着いてしまった。

 いつも通り黙々と作業を終え、開店を待つのみとなる。

 ともかは少し離れたところで静かに物珍しそうな目をしていた。大人しい。


「……」

「……」


 じーっと見る。


「なに?」


 すると何か言いたい雰囲気を感じ取ったのか首を傾げた。

 昨日と逆。


「……聞いてもいいでしょうか?」

「いいよ」


 調子が狂うくらいスムーズだ。昨日の緊張は何だったのだろう。

 さておき、


「……キッカさん、先程のお姉さんのこと、どう思いましたか?」

「いいひと。どうしてきらい?」

「……嫌い?」


 思わず聞き返す。それは此方が問うた事だ。


「だって、うそついた。わたし、いもうとじゃない」


 一切の躊躇も感じられないまま、妹でないということが確定してしまった。

 最初から分かってたよねという顔をするともか。実際そうなので何も言い返せない。

 少しだけ話題を変える事を考えて、やっぱり止めた。


「……嘘をついたから、嫌いだと?」

「そう」

「……そんなことはありません。あれは、社交辞令と言います」

「しゃこーじれー?」

「……はい。物事を円滑に進める為の作法……いえ、仲良くするための、やりかた、でしょうか?」


 言葉が難しかったかなと思い、簡単な言葉を探して言い直す。

 最後は疑問形になったからか、結局ともかは首を傾げてしまった。


「なかよくするために、うそつくの?」


 どうやら疑問点は言葉の意味ではなかったようだ。

 嘘というのが、ともかの中では大きいのだろうか。

 とりあえず頷く。

 ともかは「へんなの」と呟き、何故か笑った。


「なんでもない」


 聞く前に、ともかが首を振る。

 その顔は少しだけ寂しそうだった。


「すきなひとには、うそつかない」


 無垢な瞳が、だけど強い意思を示す。


「よくない」


 ……なんというか、難しい。

 きっと、彼女の中には何かがあるのだろう。

 だけどそれを聞く理由も、聞いて出来る事も無い。

 だからこれ以上踏み込むのは止めて、別の話題を振ることにした。


「……ケーキは、好きでしょうか?」

「たべたい」


 好き嫌いではなく、食べたい。

 子供らしい発言に何故か頬が緩んでしまう。

 本当に不思議な子だ。




「……てん、てん? その子は?」


 日が傾いた頃、裏口から現れた華が、ともかを見て鞄を落とした。そしてこの世の終わりでも見たかのような表情で、ふらふらと指を向ける。

 ともかは逃げるようにして後ろに隠れ、ぎゅっとズボンを掴んでいる。


「……わたし、産んだおぼえ、ないよ?」


 そんな記憶も事実も無い。


「誰なの……?」


 覚束ない足取りで近付いてくる。妙な迫力があって、ともかの手にも力が入った。


「誰なの!?」


 怖い怖い。胸倉を掴むのやめてください。

 そんな思いが通じたわけではないだろうが、華は手を放すとコンと頭を置いて、つんつん胸を突いてきた。


「えへへー、くっつきたかっただけでしたー」


 なら普通にしてください。いやそれもどうかと思うけど。


「それで、その子だぁれ?」

「……矢野さんの妹さんで、ともかといいます」

「矢野さん? ……へー、似てないねー。でもかわいっ」


 屈んでともかに声を掛ける。ともかは反対の脚に逃げた。警戒している。当然である。


「あはは、それじゃー着替えてくるねっ」


 拾った鞄をパッパと手で払い、にこにこ手を振りながら更衣室の扉を開いた。


「一緒にどう?」

「……遠慮しておきます」

「あははは、もー照れちゃってもー。待っててねー」


 なんだか無駄に疲れた。


「あのひと、こわい……」


 その声に心から頷きながら、一応、彼女の名誉を守る為に一言添える。


「……ああ見えて、とてもいい人なので、悪く思わないであげてください」

「うそ……?」

「……いえ、本当に」


 このあと、完璧な接客をする華を見て、ともかはただ口を開けていた。

 正直、同じ気持ちだった。二ヶ月経っても、まだ慣れない。




「あぁもぅかわいぃ……この子は、親戚か何かですか?」


 翌日、目を輝かせた結城さんがともかの頭を撫でながら言った。

 最初は逃げていたともかだが、逃げられないと悟ったのか諦めたような表情で撫でられている。不本意ながらも気持ちがいいのか、時折ぶるぶると頭を振ってはキリっと表情を引き締める。和む。


「……はい、ともかといいます」


 とりあえず肯定。


「店長さんの親戚、会ってみたいかもです」

「……機会があれば、ぜひ」

「はい、是非ご挨拶を……いやっ、あのっ、そういう意味じゃなくていやどういう意味なんだろうというかつまりえっとあのっ! 着替えてきます!」

「……はい」


 ダダダっと駆けていく。相変わらず元気な人だ。


「あのひと、やだ……」


 結城さんが更衣室に入ったと同時、どっと疲れた様子で呟いた。その様子は幼女というよりも老婆だった。

 だが直後に更衣室の扉が開き、ビクっと反応する。


「えっと、ともかちゃん。よかったら、どうぞ」


 手に持ったかごを差し出す。


「……なに?」

「特製スポンジクッキー! まだ特訓中だけど、食べて、感想とかくれたら嬉しいな」

「……どくみ?」

「違うよっ!?」


 思わぬ一言に目を丸くする。 

 潤んだ瞳から逃げられなかったともかは、ごくりと喉を鳴らして、かごの中に小さな手を伸ばした。

 そして一枚のクッキーをじーっと見ながらふにふにしたあと、目を閉じて口に入れる。


「……ぁ」

「ど、どうかな?」


 もぐもぐ口を動かしながら、結城さんを見ている。

 飲み込むと、結城さんを見たままかごに手を伸ばし、もう一枚。今度はすんなり食べた。

 それを見て結城さんがにっこり微笑む。ともかは恥ずかしくなったのか、後ろに隠れた。

 

「店長さんも、どうぞ」

「……ありがとうございます」


 遠慮なく一枚手に取る。なんというかぷにぷにしていて、スポンジでもクッキーでもなく、まさに中間のスポンジクッキーといった柔らかさだった。ともかが食べる前にふにふにしていた気持ちが少し分かる。

 ふと結城さんに目を移すと、なんだか緊張した様子。こっちまで緊張してしまう。まともな感想が言えなかったらどうしよう。

 まず一噛み。

 手で触っていた時のように、柔らかい生地に歯が吸い込まれていく。最初に感じたのは、この柔らかさ。

 次にスポンジから溶け出した甘味が舌に伝わる。これはバター……それと少量の砂糖が溶けているのかな? 作った人、結城さんは甘い物が好きなのだなと思わされる。

 ……美味しい。

 それと、何処かで食べたことがあるような……。


「……カントリーマアム?」

「あっ、はいそうです! 分かります?」


 呟くと、結城さんが嬉しそうに声を上げた。


「ふわふわしてるクッキーって何だろうって考えたら真っ先にそのお菓子が出てきて、それを参考に、いろいろその、頑張ってます!」


 やっぱり結城さんは真っ直ぐで眩しい。応援したくなる。


「……はい。きっと、もっと美味しく、良いものになります」

「それって……今は美味しくないってことですかぁ…………」

「いえ、そんなことは」

 

 焦って否定すると、結城さんは楽しそうに笑った。


「冗談です。それでは、着替えてきます」


 背中の辺りが痒い。からかわれてしまった。

 ぴょんぴょんと跳ねるようにして更衣室へ向かう背中を、なんとも言えない気持ちで見送る。

 

「あのひと、好き」


 呟いたともかは、いつのまにか新たなクッキーを一枚手に持っていた。

 そして幸せそうにクッキーを口に運ぶ姿はまさに年相応で、和む。

 さておき、初めてともかの口から好きという言葉を聞いてしまった。食の力恐るべしである。見習わなくては。


「お姉さま! ここですね!」


 次の瞬間、鈴の音と共に小さな女の子が走りこんできた。


「おいこら、みかっ……はぁ」


 それを追いかけてやってきた金髪の女性には見覚えがある。というか、矢野さんだった。

 お姉さま。ともかと同じくらいの年頃であろうその子は、矢野さんの事をそう呼んだ。

 矢野さんはその子の事をみかと呼んだ。

 あれが、本当の妹さんなのだろうと一目で分かってしまう。

 ここにきて、再びともかへの疑問が浮か……ぶ間もなく、みかという女の子が騒ぎ始めた。


「あなたが店長ですかっ?」


 面影がある。似ている。矢野さんが五歳くらいの時は、こんな感じだったのだろうかと思わされる。


「……はい」

「やっぱり! みかです! お姉さま! いつもお世話になってます!」

「……どうも、ご丁寧に」


 ビックリするくらい元気だ。声が大きい。

 矢野さんは後ろで頭を抱えていた。

 インパクトなら、ここ数日で一番大きいと思うのだが、ともかは珍しく隠れずにじーっと目を向けていた。


「あれ? その子は?」


 ともかを見てきょとんと首を傾げる。


「……ともか」


 おお、素直に返事をした。


「ともかちゃん! みかはみか! みかって呼んでね!」


 こくり。


「それで、ともかは? 店長とはどういう関係?」


 ともかは此方を見上げた。

 少しだけ考えて、矢野さんに目を向ける。


「……ともかとは、どういう関係なのでしょうか?」


 聞かずにはいられなかった。

 矢野さんは重たい溜息をひとつ。

 それから、あっさりと答えを口にする。


「ひろった」

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