結城真帆の刻苦事情(7)
次の日の朝。
教室に入る時、すごく緊張した。
入学式でもこんなに緊張しなかった。
言うことは決まってない。
ただ、伝えたい。
教室に入ると、皆の目が集まった。
立ち上がった咲ちゃんが、こっちに走ってくる。
直ぐ近くまで来て止まって、何か言いたそうな顔で私を見た。
きっと咲ちゃんも言いたいことがあるんだ。
でも、ごめんね。
私から言わせて。
「……ごめんなさい!」
思い切り頭を下げる。
手が震えてる。
口も震えてる。
勇気を出して顔を上げると、咲ちゃんは驚いた顔をしていた。
咲ちゃんだけじゃない。その後ろで、クラスの皆が同じように驚いた顔をしている。
「酷いこと言ってごめんなさい。大嫌いって言ってごめんなさい」
そもそも、咲ちゃんは私の為に怒ってくれた。
喫茶店やめよう。この言葉に一番早く文句を言ってくれたのは咲ちゃんだった。
「でも、やめない。絶対やめない。私、パティシエになりたいの! 本気なの! だからやめない! 絶対にやめない!」
ギュっと目を閉じて言う。
これが私の気持ち。
ちゃんと伝えた。
どうかな。
怖いな、目を開けるの。
「……え?」
聞こえたのは、予想とは違う、気の抜けた声だった。
おそるおそる目を開く。
ぽかーんとした表情の咲ちゃんが、そこにいた。
「ちょっと待って……やめないって、何を?」
「バイト……?」
思わず、私も疑問形。
「何の?」
「スタリナ……?」
「それなに?」
「洋菓子店……?」
「……やめないって、そこのバイトの話?」
「そうだよ……?」
「……かきまぜたり、ぬったりっていうのは?」
「生クリームのこと……?」
「……えっと、えっと…………えええええええええええええええええ!?」
クラス中が、同じような反応をしていた。
とびきり大きい咲ちゃんの声で、頭が真っ白になる。
「あの、えっと……あたしてっきり……」
「てっきり?」
「ごめんなさい!」
「えっと……え?」
どうなってるの?
「申し訳ッッ! ありまっせんでしたッッ!」
「わっ、え、なに?」
滑り込んで来た犬飼君が、床に頭を叩きつける勢いで土下座。
「僕は、なんて失礼な誤解を……っ! 許してくれッ!」
「あたしもっ! ほんと、最ッ低! 信じらんない! ごめんなさい!」
足元に、二人。
目を上げると、クラス中が土下座していた。
あ、いや、御門さんはケータイで……たぶん写真を撮ってる。
「おーい、チャイム……なんだこれ」
「……あ、先生」
少し前から続く変な視線は感じなくなった。
その代わり、新しい視線を感じるようになった。
今度の原因は分かる。
クラス全員に土下座させた女。
不名誉な二つ名を、いただいてしまった。
仲直りは出来たけど、なんか……。
ま、いっか。
以上、結城真帆の刻苦事情でした。
少しでも心がぴょんぴょんしていただけたのなら幸いです。
学園祭の話は、書き終わったら短編もしくは短期連載ものとして投稿します(12/19)