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洋菓子店の経営事情(終)

 洋菓子店スタリナは、半年ほど前にオープンした店だ。

 

 洋菓子店といっても、カフェテーブルがありコーヒーやパンも出すから、喫茶店に近い。

 評判は当店で実施したアンケートより抜粋させていただく。


 ・店員がかわいい

 ・真帆ちゃんをテイクアウトしたい

 ・華さんに踏まれたい

 ・未来ちゃんを困らせたい

 ・咲ちゃんの演劇を見たい

 ・店が綺麗

 ・ケーキが美味しい


 事務室と称した狭い部屋に、スタリナのスタッフが揃っている。

 売り上げ祭りが終わってから初めてのミーティングは、自分がアンケートを読み上げたところから始まった。

 ホワイトボードに書いた文字を見て、なんとも言えない達成感に包まれる。


 ケーキが美味しい。

 ケーキが美味しい。

 ケーキが美味しい。


 とてつもない充実感と共に振り返ると、スタッフの皆さんは何故か微妙な顔をしていた。

 いや、よく見るとにっこりしている人が居る。


「ふふ、そっかみたいのかぁ~。じゃ次は誘ってみよっかなぁ~」


 一番向こう側。自分と向き合う位置で、山本咲さんが嬉しそうな表情で言った。

 ところで、気にしないようにしているが、先ほどから矢野さんが自分のことを睨んでいる。

 どうしたものか。

 声をかけるべきか、気付いていないフリを続けるべきか。


 一筋の冷や汗が背中を綱渡りしたころ、矢野さんが溜息を吐いた。


「ま、やっぱバカしかいないってか、別に分かってたし……」

「はわわわ、真帆ちゃんはテイクアウトできません……」

「踏む……踏みあげる。つまり投資家の方でしょうか? いやですわ。私未成年ですのに」


 それに続いて、結城さんと華もそれぞれの表情で言った。

 華については、どういう意味なのだろう?


「いい、かな?」


 キッカさんが小さく挙手しながら言った。

 

「どうぞ」

「……私のこと、は?」

「アンケート、でしょうか?」

「うん」


 ……。

 自分は、そっと机に置かれた書類を手に取る。


「もう一度キッカさんの制服姿を見たい、見えるところでお菓子を作って欲しい……などの声がありましたが……すみません、この通りホワイトボードに余白が無く」

「ケーキが美味しいって大きく書き過ぎなんだよ!」

「……すみません、嬉しかったので」

「知らねぇし。ちょ、それ見せろ、まともなヤツ探すから」


 自分は少し迷ってから、矢野さんに資料を渡した。

 すると彼女の周りに華以外の三人が集まる。

 

「ちょ、狭いっつの」

「いいじゃないですか。見せてくださいよっ」

「みく、もう少し、手を伸ばして、ね?」

「…………くっ、身長が欲しい」


 仲が良いようで何より。

 そんな風に思いながら、定位置から四人を微笑ましく眺めている華に目を向けた。


「華は見なくも良いのでしょうか?」

「私は、レジでいつも見ていますので」

「……なるほど」

「はい。こうしていればてんてんが声をかけてくれるかなという下心なんて、一切ありませんので」

「……なにか、用事がありましたか?」

「思い出作り、かな」


 相変わらず華の言っていることは良く分からない。

 

「で、会議は? まだ始まんねーの?」


 おっと、何時の間にか他の皆が席に戻っていた。

 もうアンケートを読んだのだろうか?


「……なに? なんか文句ある?」

「……いいえ。矢野さんこそ、何か?」

 

 いけない、何故か険悪な感じだ。


「キッカさん」


 自分は少し慌てて、キッカさんに声をかけた。

 こくりと頷いて、手元にある資料に目を移す。


「先月、は、黒字になった、よ?」


 あっさりとした、けれども感慨深い響きに、自分は目を閉じた。

 結城さんの歓声や、拍手。

 そういった祝福に、胸がいっぱいになる。


「ま、なんたって? 売り上げ祭り二位だし?」


 そう、あの後、最終日の集計で、僅差ながらゼアレクを追い抜いたのだ。

 今でも店自体は残っているが、ダニエルは八月が終わると同時に、ドイツへ戻ったそうだ。

 いろいろ話したいこともあったが、これも何かのメッセージなのかなとは思っている。


 ……彼がドイツで一番になるよりも早く、スタリナを日本一にする。


「んで、どんくらい黒くなったの? みくボーナスとかもらえちゃう?」

「矢野さん、バイトにボーナスなんて出るわけないじゃないですか~」

「私は、しいて言うならご褒美が欲しいです」

「ぼーなすって、食べ物ですか?」


 そんな四人を順番に見て、キッカさんは静かに口を開いた。


「……五十円、だよ」

 

 空気が凍ったのが分かる。


「……五十万?」

「五十円、だよ」

「……いやいや、冗談でしょ?」

「五十円、だよ……」


 五十円。八月は、五十円の黒字だった。


「ええと、スタリナだけ税率が99%だったりするのでしょうか? 良い弁護士を紹介しましょうか?」

「……いえ、そうではなく」

「んだよ? また人件費?」

「……キッカさん」

「広告費、だよ」


 先月は、皆さんの頑張りもあって莫大な売り上げがあった。

 ただ、一円でも多く売り上げることを目標にしたため……いわゆる必要経費というか、それが多かった。


「バイト代はきちんと出せるので、安心してください」


 といっても、正直ギリギリだ。

 今月を乗り切れば少しは楽になると思うけれど……大丈夫かな?


「あの、てんてん? 大丈夫ですか?」

「と、言いますと?」

「度重なる赤字と、わずかな黒字……きちんと生活出来ているのか、心配です」

「食事は、キッカさん頂けているので、なんとかなっています」


 なんだろう、なんだかチクリとした。


「てーんてん。私、次からお弁当を作って来ようと思います」

「……はい」

「みくも弁当作ろっかなぁ。食費とか? わりとデカイし?」

「……すみません。次から昼休みには、何かまかないを出すことにします」

「いらねぇ」「いりませんっ」

「えっ、えっ!? 私はケーキ欲しいです!」

「あははは……やっぱり面白いね、ここ」


 楽しそうに四人を見られる山本さんが少し羨ましい。

 自分は、嫌な汗をかきながら華と矢野さんを交互に見る。

 どうしよう。

 

 くいっ。とキッカさん。


「てんちょ、そろそろ、だよ」

「……助かりました」


 こほんと咳払いをして、


「それでは」「タンマ」

「……はい、なんでしょう」

「なにビビッテんだよ」

「いえ、そんなことは……」

「はぁ、まぁいいや。好きな食べ物とかあんの?」

「いえ、特には……」

「は?」

「玉子、でしょうか?」

「ふーん、そうなんだ。じゃ準備」「お待ちなさい」

「……なに?」

「ツンデレたって、ポイントにはなりませんので!」


 ビシっ、と華が矢野さんに指を突きつける。

 

「バカじゃねぇの?」

「いいえ。私は盲目なだけですわ。深い意味がありましてよ。では、あらためて」「待ってください!」

「あら真帆。どうかしましたか?」

「えへへ、空気を読んでみました」

「読めてません」

「ご、ごめんなさい……えと、じゃあ早く」「ストップ!」

 

 パン、と山本さんが手を叩きながら言った。


「あはははは……真帆、本当に固まってる……あははははっ…………」

「咲ちゃん!?」


 ……相変わらずというか、なんというか。

 

「てんちょ、ギリギリ、だよ?」

「ええ、分かりました」


 少し強めに咳払いをしようとして、ふと直前まで騒いでいた四人が話を止めていることに気付く。

 自分は咳する代わりに小さく笑って、口を開いた。


「それでは皆さん、本日も宜しくお願いします」




 洋菓子店スタリナ。オープンしてまだ半年にも満たないお店。

 そこでは、お菓子を作るのが大好きな店長と、

 とても魅力的で、だけどちょっぴり残念な少女達が、わいわい騒ぎながら楽しく働いている。


 以上、洋菓子店の経営事情でした。

 

 この作品は、これにて完結です。

 ここまで読んでくださった読者様。

 本当に有難うございました。

 少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。


 一言でも感想が頂けたら嬉しいです。

 それから、目次下部にアンケートのリンクを設置しました。

 よければご協力ください。


 作者的なアレコレは活動報告にて語らせて頂きます。

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