表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

108/109

洋菓子店の経営事情(4-4)

 閉店後。

 今日も、残って話し合うらしい。

 私も流れで参加した。

 昨日と同じ、ドアの隣。

 テーブルから少し離れた位置。

 そこから、ああでもないこうでもないと話し合う四人を眺めている。


「あぁぁぁ――――!!」


 突然、真帆が大声で叫びながら立ち上がった。


「ごめんね咲ちゃんっ、明日用事あるんだよね?」

「え? なんで?」


 べつに、ないけど。


「だって、シフト外してたから」


 いや、あれは用事があるからじゃなくて……。


「えとえと、早く帰らなくて大丈夫?」


 でもそっか、そういえば明日は外してあったんだ。


 ……うん、決めた。


「……店長さんは、何処にいるのかな?」

「店長さん? 厨房だと思うけど、なんで?」

「私が、聞く、よ?」


 キッカさん。

 そういえば、あの人はバイトじゃなくて……社員さん? だっけ。

 

 私は立ち上がって、二歩机に近付いた。


「あの、明日もシフト入れてもらっていいですか?」


 どうして。

 そんな声が聞こえてきそうな表情。


「また明日って、お客さんと約束しちゃったので」


 ギャルの矢野さんは、知り合いを作った方が楽って言った。

 まさに、その通りだった。


「……うん。よろしく、だよっ」


 あーあ、私の夏休みはこれで終わりかな。

 でもいっか。

 だって、楽しいし。


「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 頭を下げると、真帆がわーと拍手してくれた。

 やめて、恥ずかしい。

 

 パンッ。

 ちょっと照れくさくて顔を上げられないで居ると、少し大きな音が聞こえた。


「提案があります」


 と華さん。


「キッカさん。明日から厨房に入ってください」

「……新商品、だね」

「どういうことですか?」


 真帆と一緒に、私も首を傾けてみる。


「ほら、咲にゃんのおかげでホールに余裕出来るっしょ? だーらキッカを厨房に入れて、例の新商品を出そうってこと」

「なるほど!」


 ……なる、ほど?


「なんだか勝てそうな気がしてきました! 打倒ゼアレクですねっ! えい、えい、おー!」


 ……。

 ……。


「おー?」

「咲ちゃん大好きです!」


 

 こうして六人目を迎えたスタリナは、直ぐそこにある祭りの終わりに向かって、全速力で駆けだした。


8月16日


「久しぶり、だね」


 厨房。

 その中央にある少し大きな作業台。

 それを挟むようにして、キッカと店長は並んでいた。


「ええ、なんだか懐かしく感じます」


 二人になったことで、お菓子の供給量は単純に二倍となる。

 唯一の問題が解消されることをキッカは確信していた。

 例の勝負にも、勝てるかもしれない。

 でも、そんなことどうでも良くなるくらいに、キッカは嬉しかった。


「ねぇ、ナーダ」

「……日本に来てから、初めてでしょうか? その名前で呼ばれるのは」

「あの頃、みたいに、喋って、みて?」

「あの頃?」

「最初の、乱暴な、英語、だよ?」

「……ああ、お恥ずかしい」

「日本語だと、どんな、感じ?」

「……それは、難しい相談だ」


 プロとして、忙しなく手を動かしながらも、二人は笑顔を浮かべて話し合う。


「ダメ、かな?」

「まぁ、出来なくはねぇけど……と、こんな感じでしょうか? なんだか子供っぽい気がします」

「……もういっかい」

「これは、困りました」


8月17日


「あれ、華ちゃん? 今日のレジはキッカさんじゃないんだ」

「はい。彼女は暫くの間、厨房に入ります。じつは、キッカさんもパティシエだったんでしょ?」

「へぇ、そうなんだ」

「彼女が作ったアマレッティ、如何ですか?」

「なにこれ、クッキー?」

「マカロンのようなものです。イタリアのお菓子なんですよ」

「そっか。じゃあ、頂戴」

「ありがとうございます」


8月18日


 ガラスの割れる音。

 それを上書きするようにして、愉快な悲鳴が店内に響き渡る。


「ごめんなさい! 直ぐ片付けます!」

「ちょっと真帆、これで今日何回目?」

「ごめんね咲ちゃんっ、気を付ける」

「もう、しっかりしてよ」

「うぅぅ、早くも先輩としての立場が……」


8月19日


「お姉さま! 遊びに来ました!」

「おー、智花と桃花も一緒じゃん」

「……ママ、久しぶり」


 子供二人を連れた桃花を見て、ふと未来は母親らしくなったなと感じた。

 そんな視線を受けて、桃花は未来に耳打ちする。


「……あの、智花様の写真をいっぱい取りたいんですけど、このお店は撮影オッケーですか?」

「勝手にしろバーカ」


8月20日


「……もう、無理」


 閉店後、咲は更衣室で制服のまま床に倒れた。


「咲ちゃんっ、寝たらダメです!」

「嘘でしょ。土日は忙しいって聞いてたけど……うそでしょ」

「…………」

「真帆? どうかしたの?」

「ふふんっ、咲ちゃんはまだ新人さんだから、この程度でクタクタになっちゃうんですねっ」


 イラっとした咲の目の前に、未来がケータイを差し出した。

 その画面に、ちょっと人に見せられないような姿の真帆が映し出されている。


「これ、何ヶ月か前に撮ったヤツ」


 咲はお腹が壊れるくらい笑った。


「なになに? 面白い画像ですか――わわわわわぁわわわ! 消してくださいって言ったじゃないですか!!」


8月21日


「あれ、今日って月曜日だよね?」

「テイクアウト、販売だけ、営業、だよ?」

「へーそうなんだ。じゃ、せっかくだし、いつものケーキひとつください」

「はい。一緒に、此方も如何、かな?」

「これは……角砂糖ですか?」


 いつか聞いたフレーズに、キッカは思わず失笑する。


「あれ、なにか、おかしかったですか?」

「いえ……此方は、当店特製、パンナコッタ、だよ?」


8月22日


「あと一週間です!」

「そうだねー」

「ラストスパートです!」

「ま、私はもう終わってるけどね」

「全然終わってません! これからです!」

「なにそれ大丈夫? 手伝おうか?」

「はい! 咲ちゃんには、本当に感謝しています!」

「……えっと、宿題の話だよね?」

「売り上げ祭りです!」


8月23日


「今日の、売り上げ、は……103万4300円、だよ」

「ひゃっくまんえん! やったぁ! 百万円です!」


 ぴょんぴょん跳びはねる真帆を見ながら、他の四人も頬を緩ませる。

 売り上げ祭りとか勝負とか良く分からない咲も、とりあえず百万という分かりやすい目標を突破した事に、素直に感動した。


「けど、これでやっとゼアレク抜いたくらいっしょ?」

「そうですね。何か、一時でも大きな売り上げが得られれば……」


8月24日


「あの、昨日気になってツイッター見てたんですけど、これ使えませんか?」

「B6? 有名なアイドルグループですね」


 これが何か? と華が問う。


「なんか、この前のイベントでスタリナのケーキ食べて美味しかったーみたいな内容でして、確かここってネット販売してましたよね? だからファンに売れば儲かるんじゃないかなーって」

「……盲点でした!」


8月25日


「ネット販売の、売り上げが、急増、だよ」

「おー、どんくらい?」

「ケーキが、足りない……よ」

「どんだけ……」


8月26日


「ははは、やっぱり咲ちゃんの話は面白いなぁ」

「えっへん。まだまだネタはありますよ~?」

「すごい記憶力だよね。どうやったらそんなに覚えられるの?」

「そうですね……なんか、一回見たら覚えます」

「へー。それじゃさ、一番面白かったのって、どんな話?」

「……お客さん、今地雷踏みましたよ」

「え?」

「いいですか? 我々にとって、一番面白いという言葉は禁句なんです。いろんなジャンルがあって、いろんな面白さがあるんです! あれは良いこれは良くないではなく、あれも良いこれも良いなんです! そういう世界なんです! そうやって多くを受け入れることで演技の幅も広がっていくんです! それと――」


8月27日


「あ、ほんとに未来がバイトしてるぅ~」

「は? ちょ、くんなつったろ!?」

「いいじゃん。で、噂の店長どこ~?」

「あいつ厨房だから。ここには出てこねぇから」

「おっけ~、厨房ね~」

「いや分かってねーし! 止まれし!」

「え~、ちょ~気になる系じゃん? だって未来のコレでしょ?」

「ふっざけんな指折るぞテメェ!」


8月28日


「ごめん、ね。パンナコッタ、売り切れ、だよ」

「そっか……じゃ、これ。アマレッティ、キッカさんが作ってるんだよね?」

「うん。そう、だよ」

「これ食感が良くて本当に好き。いっぱい残ってるけど、作るの簡単なの?」

「……売れ残ってる、だけ、だよ」

「……あの! 残ってるの全部買います!」


8月29日


「……矢野さん、ちょっといいですか?」

「あ? なに?」

「コレって、どういう意味ですか?」

「見てたのかよ! 忘れろ!」

「じゃー、あの写真消してください」

「やだし」

「華さ~ん、店長さんが矢野さんのコレ――」

「あーあーあー! わぁった消す! 消すから黙ってろバカ!」


8月30日


「あと一日!」

「ええと、少し前から三位だったよね?」

「うん! 絶対逆転しようね!」

「まだ良く分からないけど、ここまで来たら付き合うよ」

「うん! よろしくね!」


 とことこと、真帆が出入口まで小走りで近付く。


「オープンします!」


8月31日


 売り上げ祭り、最後の日。

 鳴明街へ訪れた人の数は過去最大だった。

 スタリナも例にもれず、ホールのメンバーがお客さんと話す余裕が無いくらいに繁盛している。


「ごめんなさいっ、さやかお姉ちゃんの注文とってきます!」

「あ、うん。こっちこそごめんね」


 と真帆がぴょんぴょん動くのを鬱陶しく感じながら、未来も接客を続ける。


「ねぇ、アンタとアンタ、ここで相席でもいい?」

「……」

「……どうも」

「うし、決まり。じゃ注文決まったら呼んでね」


 と振り返った未来の耳に、驚く程よく通る声が届いた。


「華さん! 追加のお菓子です!」

「ありがとうございます。そこに置いておいてください」


 レジで接客をしながら、厨房からお菓子を持ってきた咲に返事をした。


 休む暇なんて一切ない。

 いつもより会話が少ない。

 それでも、お客さんも、スタリナのスタッフ達も、楽しそうな笑顔を浮かべていた。


 一秒、一分、一時間。

 

 瞬く間に、時間が過ぎていく。

 きっと誰かが思った。

 この時間が、永遠に続けばいいと。

 だけどやっぱり、終わりが訪れる。


 そして――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ